【柳原学園】

□第六章
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するとまた、コウさんが俺の顔をじっと見ていた。


「…コウさん?」
「あ、いや、ごめん、やっぱり見覚えがある気がして」
「やっぱり運命…」
「私たちがいながら…」
「そういうのじゃなくて。ここまで出かかってるんだけど…」


うーん? とコウさんが首を傾げていると。


「おっにーさんっ!!」
「っぅわっ!?」


がばっと、背中に誰かからか飛び掛かられた。
思わず声を上げると、上機嫌な声で謝られる。


「ごめんごめん、おにーさんの姿が見えたから思わず!」
「あ、アディ、びっくりした…」


にこにことした笑顔を向けてくるのは、アディだった。
特等席にいたから、確かに目に入りやすかったかもしれないけど。
よく飛び掛かって来る啓介とは体格が違うから、流石にたたらを踏んでしまった。
でも確かにもう回らなきゃいけない所も急ぐ仕事もないし、今からアディと文化祭回っても良いかも…。


「…銀狼?」
「あん?」
「あー、ワンワンだ」
「ワンワンだな」
「ワンワンじゃねぇし! って、コウたちじゃん。何やってんの」
「うっそでしょ、ワンワン私たちのステージ見てくれてないの!?」
「俺の目にはおにーさんしか入りませーん」


…あれ? もしかして、知り合い?
しかも、銀狼、アディの二つ名を知っていると言うことは。
そこまで至った瞬間、あー! とコウが俺を指差した。


「コウうるさーい」
「あんた! 紅龍の愛しの兄貴!!」
「んぐ…っ」
「え? 紅龍ってあの?」
「超絶ブラコンの? 星朧の?」


ブラコンが星朧より先に出て来るって…。
でもやっぱりそうか、この三人。


「紅龍のブラコン節見て面白いなと、俺たち星朧に降ったんだけど」
「なぁ、そういうの、スキャンダルとかにならないか、私たち」
「あっ」
「でもでも、あんまり喧嘩してないし…だめ?」


だめ? って言われても。
つまりこの三人、レイやアディたちと同じく街でヤンチャしてる人たちってことか。
アディの方を見ると、何となく状況が分かったのか、あー、と頭を掻きながら口を開く。


「こいつら三人幼馴染で、ミサとユキがナンパされてるのを助ける時くらいしかコウも喧嘩してないから。大丈夫だと思う」
「レイもこの三人のことは知ってるんだよな」
「うん」
「…三人も自分から俊太にそれは明かしておいた方が良いと思う。後でレイにもフォローさせるから」


そういう背景を伝えるなら初期の方が良い。
後からどうなるか分からないし。
…俊太の事だから、調べはついた上でステージに立たせたのかもしれないけど。
一応、ね。
才能を埋もれさせるには惜しい。


「分かった、ありがとう松村君」
「めちゃんこ優しくてドキドキしちゃう…」
「私も負けていられないな」
「ユキは殿堂入りの別格だから大丈夫っ」
「それは良かった」


女性の距離感ってこんな感じなんだろうか。
小学生の頃は共学だったとは言え、妙齢の女性のことはよく分からないからな…。
でも啓介もこんな感じでぐいぐい来るし、そんなもんか。


「でもそっか、君が、紅龍の…」
「あっ、コウ、俊くんが呼んでるよー」
「あぁ、今行く」


またね、と挨拶をして、ミサさんとユキさんが俊太のもとへ歩み去る。
物怖じしない態度も含めて、大成しそうな人たちだなぁ。
コウさんもじゃあ、と挨拶をしかけて逡巡し、表情を少し堅くして口を開いた。


「イキナリ何だと思うかもしれないけど」
「?」
「…紅龍には、気を付けておいた方が良いかも」
「あ? アイツが誰かに狙われてるとかそういう話か」
「逆。…さっきは面白いとか言ったけど、兄弟愛も行き過ぎたりズレたりすれば、それはもう別物だから」


ただのお節介、見当違いならそれで良いと、そう言い残してコウさんも俊太の元へと去って行った。


「…えーっと、つまり?」
「……、…まぁ、紅龍のブラコンは今に始まったことじゃないから!」
「街でいったいレイは何を言いふらしてるんだ」


詳しくそこは聞いたことないけど、ちゃんと聞く必要があるかもしれない。
ブラコンで有名って日頃から何言ってんだレイは。
俺に向ける表情とは違う、少し真剣な表情を浮かべたアディと。
何かを考え込むような桃矢。
何をそんな心配するようなことがあるんだ?
兄弟愛は、兄弟愛だろうに。
ただ妙に、コウの言葉と二人の表情が心に残った。


「そうだ、そろそろ一緒に回れそうなんだけど、そっちはどうだ?」
「え?! 良い! 全然オッケー!!」
「ってことだから、桃矢、お前も離れて良いぞ」


わーい、とはしゃぐアディの横で桃矢にそう伝える。
すると桃矢はいつもの無表情な中に少し心配そうというか、不服そうな表情を浮かべた。


「……正直、二人きりにするのは気が進まない」
「あん? 喧嘩売ってん…」
「……そういう誰にでも噛み付く態度も改めろ。一緒に回る悠里に迷惑がかかる」
「うっ…た、確かに」


こういう素直に聞くところが憎めないし、可愛い所なんだよなぁ…。


「じゃあ、もし喧嘩するような態度を取ったら、レイか綾部を呼ぶと言うことで」
「しませんしません絶対喧嘩しませんだから紅龍はともかく黒…蝶々さん呼ぶの止めてぇー!」


お願いしますー! と懇願してくるアディ。
夏祭りの時に、綾部に対して何故かおどおどしてたのを思い出して言ってみたけど…。
こんな怖がられるなんて、綾部、いったい街で何やってたんだ。
とにかく、言質は取ったということで。


「桃矢、大丈夫だ」
「……分かった。何かあったら呼んでくれ」


駆けつけるから、と心配そうな表情を残しながらも、身を翻して去って行った。
さて、とアディを見ると、何故か不貞腐れた顔を浮かべている。


「どうした?」
「アイツぜってーおにーさんのこと好きじゃん」
「んっ!? な、なんで」
「ここ男子校だから距離感バグってるのかもしんねぇけど、普通ただのダチあんな心配しねーから」


そ、そんなものか?
俺も桃矢…は大丈夫だとは思うけど、啓介とか智也とか、俊太とか、真紀とか、心配になるぞ。
それに。


「お前も、レイのこと心配して喧嘩してくれたりしてただろ?」
「そっ、それはまた、別っつーか…そこは良いんだって! この話終わり!」


ほんのりと頬を赤くして焦ったように話を断ち切る。
大事な弟への、アディの情が見えて嬉しい。
素直じゃなくても、レイもアディもお互いを大事に思ってる。


「また生温かい目を向けて来る…そういう表情も好きだけど…」
「拗ねるなよ。そう言えば、アカとアオは?」
「トイレ行きてぇって言って、俺、外で…待って…」
「待ってないな?」
「やば…おにーさんが見えたから何も言わずに…」


あわわ、とアディは青褪めた。
アカはともかく、アオのあの無表情ながらも怒る顔が思い浮かぶ。


「今すぐ連絡」
「します」


アディが電話越しに謝るのを横目で見ながら思わず苦笑する。
本当に、一直線な奴だなぁ。


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