【柳原学園】

□第六章
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(黒瀬side)


俺はよく他人から、飄々としてるとか。
無表情とか。何考えてるか分からないとか。
掴みどころがないとか。
そういう評価を受ける。
それはその通りなんだろうなぁ、と思う。


「こんにちは」


黙って離れたから、新庄さん怒るだろうな。
だって一人で女装喫茶に案内されてる図なわけで。
面白すぎて全く働かない表情筋が仕事をしそうだ。
俺は窓から見えた人物に追いついて、挨拶を口にする。
学園の裏、展示範囲外なようで文化祭の喧騒とは一線を画していた。


「こんにちはー、って、あれ?」


そんな場所を歩いていた彼は、挨拶を返してきて。
それが俺だったことに気付き首を傾げた。


「何かご用ですか? 迷ったなら案内しますよ」
「貴方に会いに来ました。見回りですか?」


俺の言葉に目を瞬かせながらも、彼はへらへらと笑顔を見せて頷いた。


「風紀委員だから、こういう所も見回るんです」
「大変ですね」
「まー、仕事だから。それより俺に何の用ですか?」


さっきの事情聴取で何か言い忘れたことでも? と。
金髪の彼、綾部と呼ばれていた風紀委員は尋ねた。
前髪を上げていて、明るい表情がひと目で分かる。
さっきの新庄さんの言葉じゃないけど。
柳原学園、どうなってるんだろうね。


「事情聴取というか、言いたいことがあって」
「言いたいこと?」
「新庄さんに殺気飛ばすの、止めて下さい」


単刀直入に伝えると、彼は瞬きをして、ブハッと吹き出した。


「んふっ、す、すみません。でもイキナリそんな」
「保健室で殺気飛ばして来たの、貴方ですよね」


保健室で紅龍兄と新庄さんと話していた時。
突然殺気が保健室の外から飛んで来て。
反射的に戦闘態勢に入っちゃったんだよ。
虫だと思ったら埃だったって誤魔化したけど、紅龍兄はともかく多分新庄さんには変に思われた。


「俺、保健室には行ってませんよ? 代わりに麗斗クンに行かせたけど…」
「紅龍兄…松村悠里ですか」
「ユーリ会長?」
「新庄さんが、松村悠里に水をかけたと、聞こえたからですか」


あの話の中で、こうも殺気を向けられる理由が、これしか思いつかなかった。
紅龍兄とどういう関係かは知らないけど。
すると彼は困ったように眉を下げる。


「えーっと、そりゃユーリ会長に水をかけた? とかびっくりはするけど…殺気とかそんな」
「──黒揚羽ですよね。族潰しの黒揚羽」


その二つ名。
数年前、街で名を馳せて姿を消し伝説のようになっているその二つ名を口にした途端。
ピタリ、と、彼の動きが止まった。


「執事喫茶に貴方が入って来て、ひと目で分かりました」
「………、…へぇ?」


口元は笑っているのに。
目が、笑っていない。


「おっかしーなー。俺、だいぶ印象変わったと思ったのにー」


その丁寧な口調が外れた言葉に、手汗を握る。
やっぱり、彼が、黒揚羽。


「…俺の元々いたチーム。貴方に潰されたので」
「あらら、ごめーん。もしかして直接喧嘩したことあったりするのかなー?」
「えぇ、ボッコボコにされましたよ」


忘れもしない、俺が中学二年。
何となくで"作った"チームがそこそこの大きさになってきた頃に。
突然アジトに現れた、黒のパーカーを来た影が。
息を吐く間もなく、俺のチームを潰し尽くした。
舎弟たちに起き上がる者はおらず、黒揚羽は興味を失ったようにアジトから出て行って。
かろうじて意識のあった俺は、あの時何を思ったのか、その後をつけた。
入って行った建物の影でフードを取った、その金髪を、俺は忘れることはない。


「俺が黒揚羽だって分かってるのに話し掛けるなんて、勇気あるぅー」
「殺気飛ばされていちいち警戒するの、疲れるので」
「ねー、何で君、アイツに付いて回ってるのかなー」


突然、そう問われ、首を傾げる。


「と、言うと?」
「だって俺の殺気にアイツは気付かないのに、君は気付いた。つまりー」


びしっ、と指を差された。


「君の方が強いよね? ってことー」


へら、と笑われるけど全然和まない。
そんなことないですよ、と口にしかけて。
俺はふーと息を吐いた。
否定してもきっと。
"嘘"だとバレる。


「別に、強い方が下についちゃ駄目っていう決まりはないでしょう」
「まぁねー」
「…貴方に潰された後、拾われたんですよ」


建物の影でそのまま気を失っていた俺は、新庄さんに助けられた。
その時から俺は、あの人について行くと決めている。


「なるほどねー。それで強いこと隠してついてるんだー」
「…隠してるって言いましたっけ」
「だってああいうタイプって、自分より強い人間下に置くの許せなさそうじゃーん」


人間性見抜かれてますよ、新庄さん。
分かりやすいからなぁ、あの人。
彼はふぅん、とどこか含みのある声を漏らした。


「少し共感できる所もあるし、まー、積極的に喧嘩売りたいわけでもないし、別に良いんだけどねー」
「そ…」
「でもさ」


とん、と。
指で胸の所を差される。
その表情に、ぶわっと冷や汗が噴き出した。
これは、あの時と同じ。


「…俺はお前の言う一件を詳しくは知らない。本人がお前らに礼を伝えるくらいだ、確執はないんだろう」
「……っ」
「…でもまた、松村悠里に危害を加えてみろ。俺は、お前も、新庄昴も、潰す。今度は再起できないほど、徹底的に」


族潰しの黒揚羽。
かつて名を馳せ伝説となった男。
中学生の時のことが否が応にも思い出される。
分かりました、と渇いた口で答えると、その指がそっと離れていった。


「まっ、ユーリ会長が良いなら、俺はこれ以上口出ししないけどねー」


へらり、と先程の切りつけるような、息が詰まる雰囲気を霧散させて、彼は笑った。
こんなのを飼い慣らしてるなんて、紅龍兄が一番恐ろしいんじゃないの。


「まだまだ現役じゃないですか…」
「違いますー。もう無闇に暴力奮ってませーん、ってうわっ」


彼が突然驚いたような声を出し、ポケットからスマホを取り出した。
ブーブー、と小刻みに震えていて、どこからか電話が掛かって来たらしい。
何だろ、と小さく呟いて彼は電話に出た。


「はいはーい、皆のアイドル綾部くんでーす」
『テメェ何客に脅しかけてんだ』
「えっ!? どっから見てたの!?」
『上』


彼は慌てたように校舎を見上げ、上の階の窓にいる人影を見付けて、ひえっと声を漏らした。


「や、やだー、覗き見なんて竜二のえっちー」
『否定しねぇってことは、本気で脅してたんだな』
「違いますー!! 中等部の頃の知り合いに会ったから喋ってただけですー!」
『…中等部って、お前…』


ボコボコにした相手を、さも友人かのように紹介するって凄い神経してるな。
流石黒揚羽、常人とは格が違う。
それにしても。
あの黒揚羽がこんなに焦るなんて、彼は一体何者?


『…さっさと見回りに戻れ』
「りょーかい。竜二もよそ見して階段から落ちないよーにね!」


ぶちっ、と電話が切れたと同時に、窓の奥の彼も姿が見えなくなった。
ふぃー、と黒揚羽は額の汗をぬぐう。


「危ない危ない、しばかれる所だったー」
「しばかれるって…彼は誰なんです?」
「我らが柳原学園の誇る風紀委員長、御子柴竜二でーす」
「…彼も新庄さんと同じく、自分より強い人間を下に置くのは許せなさそうなタイプに見えましたけど」


貴方が黒揚羽だと知らないんですか、と言外に伝えると。
彼はニヤリと笑って。


「黒揚羽全盛期だった時、俺は竜二にボコボコにされてるんだよー」
「……、……えっ」
「ちなみに今何か拗れてるっぽいけど、竜二は俺以上にユーリ会長大事にしてるからー」


ほんとに気を付けてねー、とへらっと笑って彼は見回りに戻って行った。
風紀副委員長があの黒揚羽で。
信じられないことにそれより強い人間が、風紀委員長。


「どうなってんの、柳原…」
「てンめぇ、黒瀬ェ!! こんな所でなにやってんだよ!!」
「あ、新庄さん」


黒揚羽が去った方から、新庄さんが怒りながらやってきた。


「金髪の彼と会いませんでした?」
「あ? あぁ、『向こうの方にお連れさんがいましたよ』って…てかいつの間に離れてんだよ!」


ほんとに新庄さんに手を出さなかったんだ。
あの感じだと、出会いがしら殴られてもおかしくないかなと思ってたんだけど。
何て言うか、あの頃よりは丸くなったんだなぁ…。
俺たちを潰してた頃の黒揚羽とは。


「おい、何ボケッとしてんだ」
「あ、すみません。お腹すきました」
「昼飯もケーキも食ったのにか」


若干引いたような表情を浮かべられる。
そして、ふぅと小さく溜息を吐いた。


「帰るか」
「え」
「顔色が悪ぃ。慣れねぇ場所で疲れたか。軟弱だなテメェは」


俺の顔色が悪い。
まぁ…半ばトラウマみたいのものと再会したからそうなるのも頷けるけど。
それで帰るか、なんて。


「そういう所ですよ、新庄さん」
「あ?」


金で繋がっていたかつての新庄さんの舎弟たちは知らない。
本当に懐に入れたものは、大事にしてくれることを。
悲しむ顔や、疲れた顔を見たくないと、そう思えるような人だ。
本人は絶対に口にしないだろうけど。
そういう所が面白くて。
一度潰された俺には、居心地が良くて。


「大丈夫です、外の空気吸ったら良くなりました」
「そうかよ」
「そう言えば新庄さん、女装喫茶には行かなかったんですか」
「そうだお前のせいで、一人で女装喫茶に案内される男って注目されたんだからな!」


しかも案内人が紅龍と生徒会長だからね。
いろんな意味で注目浴びただろうね。


「ドンマイ」
「どの口が…っ!」
「あ、新庄さんここに行きましょう。生徒会会計の里中ブース」
「だから甘いモン苦手だっつってんだろうが!」


本当にからかいがいのある人だ。
まぁ、俺は一生離れる気はないし。
いつまでも面白い貴方でいて下さい。


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