【柳原学園】

□第六章
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「……潰すとか、水をかけるとか、物騒な言葉が聞こえたが…?」
「それはもう解決した。お前が気にすることじゃねぇ」
「すみません、うちの新庄さんヤンチャで」
「だから…っあれはっ、……悪かっ、た」


その言葉に目を丸くする。
悪かった? 悪かったって言ったか、今。
黒瀬もパチ、とひと瞬きした。


「新庄さん、謝れるんですね」
「さっきから、テメェは俺を何だと思ってんだ?」
「同じ穴の狢である紅龍たちならともかく、確実に一般人の紅龍兄に水かけるなんて普通に暴行罪に問われますからね」
「うるせぇな。したきゃしろ」


したければしろって、訴えたいならそうしろってこと?
その覚悟があるのに謝ったってことは…つまり、本当に悪いと思って謝罪したってことだよな。
訴えられるのが嫌で謝ったってわけじゃない、と。
…へぇ。


「…ははっ」
「な、何笑ってんだよ」
「いや…そういう所嫌いじゃないぜ、スバル」


目を細めて笑うと、スバルはボッと顔を赤くした。


「へっ、変なこと言ってねぇでお前もさっさと何か頼めよ!」
「そうだった。桃矢、何がオススメだ」
「……これかこれだな。悠里の舌に合うと思う」
「じゃあこっち。お前は?」
「……俺はこちらに」


桃矢が俺の分も頼んでくれていると、黒瀬が首を傾げた。


「そちらさんは?」
「黒田桃矢。生徒会書記で…警備会社の御曹司だ」
「…警備会社の黒田? あの?」
「知ってるのか、スバル」
「うちの学校も世話になってるからな」


意外な繋がり…でもないか。
警備会社と言えば黒田、みたいな所あるしな。


「ところで気になってたんだけど、紅龍兄のその恰好何?」
「あぁ、俺のクラス、執事喫茶だから。その制服」
「ゴホッ! し、執事だぁ?! …テメェが?」


スバルが噎せながら目を剥く。
おう、と返事をすると料理が運ばれて来た。
多国籍料理ってなかなか口にしないんだよな。
自炊も母さんに作ってもらってた名残でほぼ和食だし。


「タイ料理か」
「……青パパイヤのサラダ、和牛のオイスターソース炒め、サーモンのココナッツソース、ビーフのマッサマンカレー、ジャスミンライス、だな」
「美味しそうだな。お前は?」
「……これはカオ・パット・クン…チャーハンのようなものだ」


目の前に並べられた料理の数々は、高校の文化祭とは思えないほどクオリティの高い物で。
この大盛況ぶりも頷ける。
いただきます、と言って口に運び、目を見開く。
味も文句なしだな、これ。


「お前のクラス、凄いな」
「……そう言ってもらえると、皆も喜ぶ」
「ココナッツソースも上手く使えてるな。俺も使ってみたいと思ったことはあるが…」
「紅龍兄、料理するんだ?」
「まぁ、家庭料理の範囲でなら」


その答えに、へぇ、と黒瀬は何の感嘆かそう呟く。


「紅龍兄って、ほんとに優良物件だね」
「本人目の前にして物件言うんじゃねぇよ…」
「ちなみに俺も家事炊事掃除諸々出来て優良物件なんだけど、紅龍兄、買う気ない?」
「黒瀬は俺のだからやらねぇよ残念だったなバーカ」
「そもそもいらねぇ」
「俺は俺のものですけどね」
「テメェも敵の兄貴に自分売り込んでんじゃねぇよ殴るぞ」


あいたっ、と黒瀬が足を擦る。
どうやらテーブルの下で蹴られたらしい。
黒瀬はのらりくらりしてるから、言葉を本気に捉えてはいないけど、柳原でこういうこと言ってくる人いないから新鮮だな。
料理を食べ進めていると、それにしてもとスバルは鼻で笑う。


「お前が執事なぁ…? 天下の柳原学園生徒会長様がンなこと出来んのかよ」
「俺が生徒会長って知ってんのか」
「そっ、りゃ、自分が行く学校の下調べくらい出来る男だからな、俺は!」
「紅龍兄のこと調べてここの生徒会長だと知ったから、文化祭に来れるように努力してたりし…いった。殴りましたね、誰にも殴られたことないのに」
「まるっと嘘吐くんじゃねぇ!」


前者はほんとなのに…と黒瀬は殴られた頭を擦りながら呟く。
スバルは違うからな! と何故か顔を真っ赤にしながら否定。
そんな必死に言わなくても分かってるって。
でもそんなこと出来んのかよ、って煽られたままじゃ生徒会長の名が廃るよな。
食べ終わってごちそうさまでした、と口にした後、二人を見る。


「お前ら、この後の予定は?」
「特に。ぶらぶら見て回ろうかなって」
「じゃあ、執事喫茶来いよ」
「はぁ?」


席を立ちながら言うと、スバルは片眉を上げる。


「今から俺もスタッフとして顔出しするから」
「な、何で俺らが…」
「執事なんて出来るのか、ってこの俺に言ったこと、後悔させてやるよ、スバル」


ニッ、と口の端を上げて見上げると、スバルはへぇ、と面白そうな表情を浮かべる。


「そこまで言うならご奉仕させてやるよ」
「と、余裕ぶっこいてられるのもこの時だけであった」
「変なモノローグ入れんな」


そんなやり取りをしながら出口に向かうと、寺野が他の客を案内していた。


「あっ、もうお帰り? ありがとうございました」
「あぁ、美味かった」
「じゃあ生徒会長、書記大絶賛って宣伝して良い?」


お前もか、別に良いけど。


「……俺の名前まで入れると自作自演のようじゃないか?」
「確かに。お前このクラスだもんな」


なら生徒会長の名前だけでも、とご機嫌で業務に戻って行った。
気軽と言うか気心知れたというか。


「お前もクラスにちゃんと友人がいたんだな…」
「……友人でもあるが、寺野は俺の親衛隊副隊長だ」
「?!」
「……剣道部副部長でもあって、そうした意味では関わり深い」


寺野、お前…! そんな大事なポジションだったのか…!
親衛隊副隊長…俺と真紀とはまた違った関係性なんだな。


「親衛隊って何?」
「対象の学園生活整えたり、守ったり、時々交流会したり…」
「ファンクラブみたいなもん?」
「そうだな」
「ファンクラブって…ただの高校生の分際で…マジかよ…」


スバルが顔を引き攣らせて引いた声を出す。
そういう反応、新鮮だなぁ…こういうのを見ると、柳原も特別な環境なんだと再認識する。


「ただの高校生、だったら良かったんだが」
「…まぁ、大企業の御曹司、しかも容姿良しともくればねぇ」
「声を大にして言えねぇけど、こういう閉鎖的な環境で人気が出るってのは色々危なくてな」
「例えば?」


生徒会業務引き継ぎの時に、九条先輩から聞いたことがある。


「親衛隊制度がなかった昔、襲われる生徒が続出してたらしい」
「男なら殴り返せ」
「全部の男がそういうのに慣れてると思うなよ。…多対一ってもあったみたいだしな」
「人気のある生徒リンチっておかしくない? 嫉妬のあまりの暴虐?」


スバルと黒瀬の反応に俺も首を傾げかけて、ハッとする。
そうか、これも柳原独特のことか。


「襲うってのは殴るだリンチだってこともだけど…抱くとか、そういう方のことだ」
「…強姦とか、そういう話?」
「そうだな」


あららー、と黒瀬は肩を竦める。
そうだよな、男が男を、っていうのが続出なんて、なかなか思わないよな。
この反応を見た限り、スバルたちの学校は共学っぽいし。
その話を聞いていたスバルが眉根を潜める。


「それ、テメェはヤ……大丈夫なのかよ」
「え? あぁ、何代か前の生徒会長によって親衛隊制度が出来て、前生徒会長が完璧にその制度の見直しを行なったからな」


何代か前の生徒会長も、九条先輩も凄いよな。
こういう体制を作るって、どれだけ努力したんだろう。
おかげで俺たちは平和に過ごすことが出来る。
そうかよ、とスバルは鼻を鳴らした。
…まさか心配してくれた…? そんなわけないか。
もしかして襲われる側としてじゃなくて、襲う側としての心配だったり。
…それだと甚だ心外だけど。



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