【柳原学園】

□第六章
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(no side)


「では改めて…僕は桐生享と申します。この学園の教員で、こちらの霧島とは学生時代同級生でした」
「俺は三浦千秋。真尋の友人だ」
「私は八重と申します。松村家の家政婦、今は悠里様、麗斗様の別宅のお世話をしております」


悠里と別れた後、桐生、霧島、三浦、八重の四人は人通りの多い所を避けて、ある部屋に来ていた。
中には初老の男性が一人と、一つのテーブル、いくつかの椅子。
品のある初老の男性は部屋に入ってきた四人を見て、いらっしゃいませ、と頭を下げた。
霧島はコーヒー4つ、と注文し八重に椅子を引く。
八重は頭を下げて椅子に座り、三人もそれぞれ席に着いた。
それからコーヒーの香りが漂う中、自己紹介をする。
自己紹介を聞いた桐生は、三浦へ視線を向けた。


「三浦さんは、…祐一の秘書、ですよね? 松村君…悠里君と麗斗君に知られたくないというのは、祐一の息がかかった自分がいることを知られたくない、ということですか?」
「祐一は知らねぇよ、俺がここにいること」
「…仮にも上司を呼び捨てはマズくないですか…?」


そんな恐ろしいこと…と桐生が胃を押さえると、会話を聞いていた霧島が割って入る。


「僕が全部説明するから。まず桐生は祐一様がここの生徒会長だった時の風紀委員長」
「あぁ」
「で、この三浦千秋は祐一様の秘書で、且つ由美様の実兄、つまりユウ君たちの実の叔父」
「! 血縁の方だったんですか」
「ちなみにこのヤクザみたいな方が素。秘書モードの時は猫被ってるの」
「猫被ってるっつーか、願掛けっつーか、悠里と麗斗が…」


三浦は二人の名前を出すが、まぁ良いと咳払いを一つして話を戻す。


「ここで本題に入っても良いのか?」
「心配いらないよ。あ、コーヒーありがとう」


霧島がコーヒーを運んできた初老の男性にお礼を告げると頭を下げてその場から離れる。
あの人は、と三浦が顎で示すと桐生は苦笑して霧島を見た。


「彼は僕たちが学生時代の頃の寮監さんです」
「昔からコーヒーご馳走になっててね」
「霧島の発案で、文化祭の時だけ密かにここに出店なさってるんです」
「密かに?」
「当時知ってたのは祐一様と僕、桐生…くらい?」
「今の生徒会や風紀に伝えられているのかは分かりませんが」


四人は一口コーヒーを含んでほっと息を吐いた。
店を出していてもおかしくない程の味。
初めて飲んだ三浦でさえそう思うのだから、霧島や桐生もそう思っているだろう。
松村でバックアップを、と言うのはきっと野暮だ。


「元寮監という立場から様々なことをご存知ですが、口の堅さは僕が保障します」
「だから…祐一様たちのことを話しても大丈夫」


霧島のその言葉にピンと空気が張り詰めた。


「…まず情報を整理したい。どこまで知ってる」
「僕は霧島から連絡が途絶えた時から全くそちらの動向を把握していません。連絡が途絶えた、のは…」
「由美が死んでからか」


桐生が言葉を濁し霧島に視線を移すと、それだけで察した三浦がそう口にする。
実の妹の訃報だ、気を遣ってのことだったが、そんなものは不要だと言外に言われているようで。
桐生はその意図も汲んで、頷いた。


「はい」
「まぁ…由美が死んでから祐一、荒れに荒れたしな」
「…桐生に祐一様のそういう姿、言いたくなかったんだよね。ごめん」
「霧島の気持ちは、分かっていましたから。だから僕も、こちらからは関与しなかったんです」


大切な人の荒れた姿を、学生時代数少ない対等な関係を築いていた相手に言いたくなかった。
密接に関わっていたからこその、離別。


「由美が死んでから、アイツは仕事に打ち込み始めた。身体壊すぞってくらいにな」
「祐一様は教育係や私たち家政婦に悠里様と麗斗様を任せてほとんど関わらなくなってしまいました」
「霧島から連絡を貰っていた時は、大層可愛がっていたという話でしたが」
「二人を見る余裕がなかったのか、二人を見ると由美を思い出してツラかったのか」
「あるいは、両方か、だよね…」


霧島の脳裏に焼き付いている。
由美の葬式、学生時代やそれ以降でも、一度も見たことがなかった。
虚ろを見つめる瞳から、頬を流れるひと雫。


「この前の命日、悠里と麗斗が墓参り来てたこと伝えたら、私語は慎めとお叱りを頂いた」
「…祐一は何を考えているんでしょうか…」
「さぁな。昔は突いたらすぐ本音零してたもんだが、今は全くだ」


義理の兄でさえこうなのだ。
きっと祐一の本心を知る者は、いない。
何を言わずとも本心を汲み取り支えていた女性は、もういない。
さて、と再びコーヒーに口を付けてひと息つく。
霧島は桐生に顔を向けた。


「で、桐生は何で僕に突然連絡してきたの」
「さっき、こちらからはあえて連絡しなかった、っつってただろ?」
「悠里様の様子が少しおかしい、という話を霧島様から伺いましたが…」


八重の顔には心配そうな表情がありありと浮かんでいた。
幼い頃から見ていた子どもだ、本当の子のように想っているのだろう。
桐生は、霧島に連絡を取る理由となったあの悠里の姿を思い出す。
あの、表情を。


「…悠里君、とても、苦しそうで」
「苦しそう?」
「…悠里君が、祐一と長らく会っても喋ってもない、と言ったんです」
「まぁ、連絡は全部秘書の俺とやってるしな」
「その表情が、諦め…冷めた…いえ、感情を抑制した、もののようで」


自分が知っている、我が子を溺愛していたままであれば、凡そ子どもが浮かべるはずのない表情。
そこで思ったのだ。
いったい彼らは、どうなってしまったのかと。
桐生は拳を握る。


「由美さんが亡くなられてから、そのようなことになっていたとは…気付くのが遅くなってしまって、情けない限りです」
「それを言うなら義兄の俺でさえどうにもなってないんだから、仕様がねぇよ」
「それなら僕だって…親衛隊隊長なんて、口ばかり。大事な時に何も出来てない」


霧島はいつもの涼やかな柳眉を潜め唇を噛み締める。
その様子を見ていた八重は、小さく首を振った。


「そう責めてはいけません。…貴方たちの気持ちは解決に至らずとも、支えにはなっていたはずです」
「そうだと、…良いですね」


霧島たちは眉を下げて笑う。
ここで自分たちを責めても、どうにもならない。
これからどうするか、だ。
すると桐生が、あと…と言い澱みながら続けた。


「実は…悠里君と、現風紀委員長の御子柴君がどうにも…何か、あるようで」
「イジメか。しばく」
「千秋、落ち着いて。何かあるって、何?」
「僕にも詳しくは分からないのですが…」


御子柴へ向ける、悠里のあの表情を何と言ったら良いのか。
祐一へ向けるものとはまた違う感情。
御子柴と対面する時だけ、感情が揺れていた。
桐生が言葉を探しているのを待っている中。
コンコンコン、と三回。
扉がノックされた。
四人は顔を見合わせ、初老の男性へと視線を向ける。
男性はその視線を受けて、扉を開けた。
そこには一人の、生徒ではない青年が立ってる。


「こんにちは。やっぱり今年もやってましたね」
「これは…お久し振りでございます、九条様」
「お久し振りです。お元気そうですね」


九条咲良はニコリと好青年の表情で微笑む。
桐生はその姿を認め、目を見開いた。


「九条君…! お久し振りです。君もここを知っていたんですね」
「お久し振りです、桐生先生。俺の悪友に、情報に強い奴がいたので」
「誰だ?」


三浦に問われた桐生は、慌てて紹介する。


「彼は九条咲良君。二年連続で生徒会長を務めた卒業生です」
「へぇ、二年連続…優秀だね」
「ありがとうございます」


謙遜するでもなく、お礼を言う。
祐一もそうだったが、柳原の生徒会長は自信に溢れている者が多い。
三浦はその紹介を受けて、九条へ告げた。


「九条君、申し訳ないが今大事な話をしていてな。もう少し時間を置いてまたコーヒーを…」
「松村悠里の話ですか?」


三浦の言葉を遮り、九条は切り込む。
その名前に三浦は目を鋭くさせた。


「…何故?」
「松村グループの秘書の貴方がいるということは、松村の話。加えて桐生先生もいるということは、この学園の生徒、松村悠里の話でしょう」
「…へぇ」


三浦は凶悪な笑みを浮かべるが、九条は怯むことなくそれを受け止める。
先程霧島はヤクザみたいな方が素だと言っていたが、本職ではないのかと思う程。
桐生は若干胃がキリキリするのを誤魔化しながら、二人を見つめる。
三浦は頬杖をついて、九条を見上げた。


「それで、悠里の話だとして、それがなんだと?」
「俺にも加わらせて下さい」
「馬鹿言う…」
「助けてくれますかと、言われました」


三浦は言葉を切り、他の三人は目を見開いた。
九条は真っ直ぐに三浦たちを見据える。


「松村に、助けてと。助けを、求められました」
「…悠里に?」
「事情は全部聞きました。松村の置かれている状況、松村の今の気持ち。全てを」


生徒会室で、あの悠里が、涙を流して。
助けてくれますか、と。


「話すだけで気持ちが軽くなったと松村は言った。でも、俺はそれだけで終わらせるつもりはありません」
「お前は悠里のなんだ」
「松村の前の生徒会長です」
「じゃあ、悠里はお前のなんだ」
「松村は俺の後輩です」
「それだけか?」


それだけなら関わるな、と言われているようで。
九条は苦笑を浮かべて、少しの本音を見せる。


「…松村は俺の、大事な、後輩です」
「ハッ、ただの先輩ってだけで俺の大事な大事な甥っ子の問題に関わりたいなんざ、笑止千万」
「……」
「…と、言いてぇとこだが」


トン、と三浦は指でテーブルを叩きニヤリと口の端を上げた。


「気に入った。お前も加われ」
「…良いんですか?」
「ただの好奇心で関わりたいのなら、関係性をいくらでも盛れば良い。悠里が尊敬する先輩だとか、何ならただならぬ関係とか?」
「ただならぬ関係って…」
「でもお前は飾らなかった。そういう奴は口が堅いし、信用できる」


三浦の目配せで霧島は苦笑し、空いていた椅子を引いた。
どうぞ、と微笑まれた九条は目を瞬かせて頭を下げて座る。


「ありがとうございま…」
「信用できても、信頼はしねぇけどな」
「…それは、これからの俺の働きで、いくらでも」


九条の真っ直ぐな言葉に三浦は鼻を鳴らして笑った。


「千秋。あんまり僕らの後輩に意地悪しないで」
「意地悪なんざしてねぇだろ」
「筋金入りなんですね…うっ、胃が…」
「ほんとすぐに胃痛なるね、桐生は」
「胃痛の始まりは君たちですからね、霧島…」


キリキリとする胃を押さえていると、元寮監が新たに湯気の立つカップを桐生の前に置いた。
優しそうな目じりを和らげて何も言わずに去る。


「胃に優しいものを…相変わらずお優しい…」
「やっぱり僕の喫茶店で働いてくれないかな。一回断られてるけど」
「僕たちの密かな楽しみ、で良いんじゃないですか?」
「…まぁ、そうだよね」


新たに運ばれて来たコーヒーを九条も口に含み、皆ひと息つく。


「…で? あの、"食品メーカー最大手の九条グループ御曹司"が持ってきた情報はなんだ?」
「うわ、九条君のこと知ってたんだ…」
「流石祐一の秘書であり霧島のご友人…」
「どういう意味それ」
「…"松村悠里の先輩である俺"から、お願いがあります」


九条のそのおもむろに出されたお願いに、四人は目を見開き。


「分かった。俺がなんとかする」
「私も、お手伝い致します。お任せくださいませ」


三浦と八重は涼しい顔で頷いた。



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