【柳原学園】

□第六章
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「…なるほどなぁ」


慣れ親しんだ生徒会に、前生徒会長の声が静かに波紋する。
俺はズビッと鼻を啜り、涙をティッシュで拭った。


「松村の母親が亡くなってからの、社長の…父親の豹変。過呼吸になるくらいの暗闇へのトラウマ…」
「…はい。親父本人は、過呼吸になることは知らないんですけど…」
「それから柳原学園への入学、後継者への条件、生徒会長、それに伴う」


俺様演技。
その単語に、俺は申し訳なさ過ぎて項垂れる。
粗方説明したけど、その演技について説明する時が一番緊張した。
先輩にはほとんど素を出していたけれど、演技をして騙していたことには変わりない。
どう思われるのか、怖い。
先輩はうーんと唸って、俺の様子を見てあぁ、と声を出す。


「演技について、俺はどうのこうの言うつもりはねぇよ」
「…でも、俺皆を騙してるんですよ」
「騙してるって言ってもな…お前、自分が思ってる程、俺様俺様してねぇよ?」
「え」


え。
声と思考が完全に一致した。
俺様俺様してない…?


「あんま関わってない人間なら知らねぇけど、親しい人間にはそんな簡単に素を隠せるもんじゃねぇだろ」
「でも俺様っぽくて自信満々だから、皆ついてきてくれてるんじゃないんですか?」
「…あー、なるほど、数年来の疑問が解消された」


数年来の疑問?
なんのことだろう。
首を傾げると、先輩は額を押さえる。


「お前、何か人の好意に疎いなと思ってたが、それは演技してる自分への好意だから、自分自身は何とも思われてないって勘違いしてるからだろ」
「勘違いもなにも…」
「お前の口調や態度が演技なのは分かった。それなら行動や気持ちも演技だったか?」


行動や気持ちも、演技?
俺様っぽく見えるように演技した覚えはあるけど…。
よく分かっていないのを察したのか、先輩はあー、と思い出すように腕を組んだ。


「例えば、引き継ぎの期間、紅茶について調べたりしてただろ」
「!? な、何で知って…」
「それは工藤が紅茶を淹れてくれてたからだ。そこに偽りの気持ちはあったか?」


そんなのあるわけない。
智也が淹れてくれる紅茶が美味しくて、少しでも知りたかったから調べた。
俺がそうしたかったから。


「それなら里中。危ない目に遭っている里中を助けるために暴漢を殴り飛ばした。そこに演技が入る余地はあったか?」
「なんでそれも知って…いや、そんな演技とか考えてる余裕なんて…」
「島崎の毒舌に対して、お前はそれはアイツの個性だと言っていたな。そこに演技は?」
「ないです。本心だし…」
「黒田に対してはどうだ。お前、黒田が密かに剣道を練習してた場所、守ってやってただろ」
「何でそんなことまで知ってるんですか!?」


いや、確かにそんなこともしてたけど!!
今はそんなことどうでも良い、演技はしてたのか、なんて。
どうでも良くないですよ…。


「いや、まぁ、演技はしてないです。俺がしたいようにしてただけで…」
「アイツら、そういう演技抜きのお前自身の行動や気持ちを知って、付いて来てるんだと思うぞ」
「え、でも俺、啓介は置いておいて、他の奴らにそんな素を見せるようなこと…」
「俺でも知ってるんだから、アイツらも知ってておかしくないだろ」


そうはっきりと言われて、びしりと固まる。
…そう言えば、智也に告白された時、俺が密かに紅茶について調べてたのを知ってたって言われたな。
え、うそ、もしかして啓介のこと天使って言ってたりしてたのも知られてるかもしれないってこと…!?
それはとんでもなく道化では!?


「本物の俺様って言ったら、志春先生くらいじゃねぇの?」
「し、志春……」
「…志春先生についても何かあるんだな、その反応」


ぐ…、流石に告白されたとは言えないけど…。
でも思えば、志春ほどの人間が、俺の演技を見抜けないで告白なんてするか?


「志春先生と何があったかは知らねぇが、演技を見抜かれるようなことでもしたことあるんじゃないか」
「いや、ない…はず……」


ない、よな。
ふと垂れて来た髪の房をハーフアップに結んでいるゴムに入れ込む。
…そう言えば、このゴム、貰ったんだよな。
高等部に上がって、ちゃんと生徒会長になれるのか、いろいろ悩んでたら声を掛けられた。
窓を挟んだ向こう側、お互い顔が見えなくて。
顔が見えないからって、ちゃんとやれるのか不安だとポロッと見知らぬ人に零したら。
そんな俯いたら顔隠れるような髪型してっから、鬱々としてんじゃねぇか、って。
ぽいっとゴムを投げ渡された。
それからだ、俺がハーフアップにして堂々と顔を上げられるようになったのは。
……待てよ、なんか、あの時の声、聞き覚えがあるような。
それに俺がいつもうじうじ悩んでた場所。
…あそこ、保健室の外……いや、いやいやいやいや!!
勘違い、それこそ勘違い!!
去年のことなんて俺詳しく覚えてないし、悩んでた場所はきっと別の所!!


「俺の道化っぷりを笑って下さい…ッ!!」
「何か傷を抉ったみたいで悪いな」


思い返すといろいろ、あれ? と思うことが次々と出て来てしまう。
花梨のこととか、真紀のこととか、夏希のこととか。
綾部とか、他にもいろいろやらかしてる可能性がある…っ。


「皆に演技がバレてるなんて、俺もう恥ずかしくて顔見せ出来ません…っ」
「…なんつーか、素のお前って本当に素直なんだな」
「…社長業に向いてないのは分かってます。だから俺、演技して…」
「いや、素直だから向いてないとは思わねぇ。策略巡らせるのは周りの奴らがやれば良いんだから」


うぅ…と顔を覆っていると、九条先輩がフォローしてくれる。
先輩、相変わらず優しい…。


「まぁ、素であろうとなかろうと、カリスマ性があるなら周りの奴らは勝手について来る」
「九条先輩みたいにですか」
「俺は元々対等な良い仲間がいただけの話。清水とか篠原とか」


前副会長と、前風紀委員長。
たしかにあの三人は、独特な雰囲気があった気がする。


「それで?」
「え?」
「そんな風に固く決心してたお前が、何で今になって自分がブレてんだ?」


ぐ、と俺は言葉を詰まらせる。
ここまでは松村のこと。
その先は、俺の、自分自身のこと。
指を組んで、少しうつむく。


「あの、俺…」
「うん」
「九条先輩が聞いたら、何そんな甘いことをって思うかもしれないんですけど」
「聞いてやるから言ってみろ」


そんなこと言わねぇよ、と言わない所がこの人らしい。
実際に見聞きして判断する。
慰めもお世辞も言わない、だからこそ俺はここまで信頼して、尊敬している。
安心して、言える。


「俺、…好きな人が、出来ました」


その言葉が静かに波紋して。
その後の沈黙。
何も言わない先輩に流石に不思議に思って、俺はそっと顔を上げる。
九条先輩は見たことないくらい、目を見開いていた。


「く、九条先輩?」
「…いや、悪い、予想外の言葉で」
「すみません…」
「いや、…いや」


先輩は繰り返して、口元を手で覆い、何かを考え込むように目線を逸らす。
その手の内で、そうか、と小さい呟きが聞こえた。
それ、どういう感情なんですか…?
やっぱり俺のこと、甘ちゃんだと思ってるのかな…。
ここにきて色恋沙汰かよ一昨日来やがれ! みたいな…。
何かを考え終えたのか、よし、と先輩が頷いて再び俺の方を見た。


「好きな奴が出来た、ってことが悩みに繋がるのか」
「…相手は男です。柳原の。俺は松村の後継者で、俺も"家族"を作らなければいけないのに」
「あぁ、なるほどな。後継者ってのは付いて回るしな」


ぐ、と拳を握りしめる。
でも、と俺は全部吐き出す。


「俺はそういう意味で人を好きになったのが初めてで…忘れようと、松村としてあろうとしても、全然、忘れられなくて」
「…あぁ」
「むしろどんどん募って。アイツを傷付けてでも離れようとした。でもいざ突き放されると、苦しくて」


取るに足りないという言葉を聞かれて。
助けてくれる奴らがいて良かったなと。
俺の助けなんていらないんじゃねぇの、と。
拒絶された時、俺は身勝手にも、苦しいと思ってしまって。


「…誰かを守っている所を見ると嫉妬して。悲しそうな顔をしていると、抱きしめたくなる」


木下を庇って階段から落ちた御子柴。
嫉妬と言う感情を初めて知った。
頼ってくれるようになったと思ったのに、それは勘違いだったのかと夢うつつで吐露した御子柴。
その寂しそうな声に、愛おしさと切なさが湧きだして。


「…好きなんです」


つ、と勝手に涙が流れ落ちる。
自分をどれだけ偽ろうと、もう無理だった。


「松村を捨ててしまいたいと願うほどに」


好きで好きで、たまらない。
いつも助けてくれた。
何も言わなくても、気付いてくれた。
幻滅しないと、言ってくれた。
暗闇で、手を握ってくれた。


「どうしようもなく、俺は、御子柴が好きなんです」


涙が伝う瞳と、先輩の瞳が真っ直ぐに交わる。
先輩は真剣な表情で、俺の言葉を聞いてくれていた。
それが一瞬だったのか、もっと時間が経っていたのか。
先輩は、分かったとだけ言った。


「松村の後継者問題と、お前自身の気持ちの板挟みになってるってことだろ」
「…はい」
「前者に対してお前はずっとそのために努力してきた。後者は理性なんかでどうにかできるものじゃない、と」


俺のぐちゃぐちゃな言葉を、整理してくれてる。
はい、と再び頷くと先輩は突然立ち上がった。


「先輩…?」
「松村、俺に時間をくれ。どうにかしてやる」
「え…?」


どうにかしてやるって、…どうにか?
こんなの、どうにか出来るものなのか?


「さっきチラッと目に入った…あの人は多分…」
「あの…どうにかって、どうにか出来るものじゃないでしょ?」
「お前が御子柴を好きだっていう気持ちは知らん。思う存分青春してくれ」


いや、だからその青春が出来ないから…。
…ちょっと待って、その言い方、まさか。


「後継者云々の方をどうにかするつもりですか? …弟に全部丸投げするとか、俺は許容できませんよ」
「分かってる。弟を守るためにお前はやってきたんだろ」


お前の努力は無駄にはしねぇよ、と簡単に言ってくれる。
それなら何をどうして…。


「急用が出来た。案内はもう良い」
「え、ちょっと、先輩?」
「確か文化祭最終日の次の日って休みだよな」


片付けとか、お疲れ様の意味を込めて、確かに文化祭最終日の次の日は全員休みだけど。
珍しく生徒会の仕事も休みだけど。
それがどうしたんだ?


「その日、予定空けとけ」
「それは、構いませんけど…本当に何をするつもりなんです?」
「秘密」


先輩はニッと笑って、俺の頭を荒っぽく撫でた。
また…髪型が崩れるのに…っ。
照れ隠しに少し唇を尖らせると、先輩は今度は優しく頭を撫でて来た。


「松村、大丈夫だ。俺に任せろ」


俺に任せろ、なんてあの九条先輩に言われたら。
納得するしかない。


「…よく分かりませんけど、分かりました。でも無理しないで下さい」
「あぁ」
「…俺、こうして素で、こんな悩みを打ち明けられただけで、今、心が軽いんです」


一人でどうにかしないと、これだけはと。
ずっと重くて堪らなかったものが、今は随分と軽い。
少しではあるけど、前向きになれた気がする。
俺は目元を和らげた。


「先輩が来てくれて、良かった。ありがとうございます」
「そのお礼はお前の悩みが解決した暁にまた言ってもらうわ」


九条先輩が生徒会室から出ようとして、それについて行こうとすると、ストップをかけられた。


「お前泣きましたって顔で出て行くのはマズいだろ」
「あ…」
「冷やして落ち着いてから、また顔出せ」


また連絡する、と何の未練もないように生徒会室から先輩は出ていった。
一人になった俺は、はぁー、と深い息を吐いてソファに座り込んだ。
本当に、心が軽い。
鬱々としていたものが、流れ出したような気分。


「九条先輩……」


俺の、心から尊敬する、唯一の人。
熱を帯びているようなその声を、口元で合わせた手の中へ閉じ込める。
貴方のおかげで、文化祭の最終日を憂いもなく、迎えられそうです。


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