【柳原学園】

□第六章
45ページ/75ページ



☆☆


「竜二…」
「何だ」


風紀室にて、綾部は多くの風紀委員の視線を受けて、ようやく相棒の名前を呼んだ。
当の御子柴は、いつものように返事をする。
ただ、その、声色が、表情が、態度が。


「ほんっとーに怖いんだけど?! どうしたの竜二ー! 柳原の生徒が"貧乏"ゆすりとかトンチが利いてるよね!!」
「うるせぇ黙れ座れ口開くな」
「あっ、ハイ…とかいつもみたいに引き下がってられないんだなー、これが。ちょっと部屋変えるよ」


綾部が御子柴の腕を引いて取調室を示しながら周りに言うと、委員たちはどうぞどうぞとどこか必死さを含みながら頷く。
綾部は内心苦笑しながら、御子柴を取調室に押し込み扉を閉じた。


「風紀委員長を取調室になんざ、偉くなったもんだな、和樹」
「むしろ中間管理職だよねー、機嫌の悪い上司とそれに怯えてどうにかしろと無言の圧力かけてくる部下」


はー、つらいなー、と言葉とは裏腹に軽そうな口調でそう言って、綾部は椅子に座った。
御子柴は"機嫌の悪い上司"が遠回しに自分のことを言っていると瞬時に気付くが、そこには触れず大人しく椅子に座る。


「…もうすぐ文化祭の警備の話のために生徒会の書記が来るだろ。こんなとこでちんたらしてる暇ねぇぞ」
「不機嫌全開の竜二に書記クン会わせろって? それは可哀想でしょー」
「不機嫌じゃねぇ」
「まぁ、書記クンは怖がったりしないとは思うけどねー。強いし」


否定の言葉を軽く流す綾部に、御子柴は眉間にシワを寄せる。
綾部はそれを見て、へらへらとしていた表情にスッと鋭さを滲ませた。


「竜二、お前を苛立たせてるのは何?」
「だから別に」
「数日前から、イライライライラ、何なら殺気みたいなのまき散らしてるの気付いてる?」
「……」
「あー、勘違いしないでよ、別に俺は責めてないからねー」


確かに怯えてる委員たちは可哀想だけど、実害はないのだ。
むやみやたらに暴力を振るっているわけでもない。
風紀を正すために喧嘩する時いつもよりちょっと強めにやっているかもしれないが、それもまだ許容範囲内だ。
つまり俺が言いたいのはー、と、綾部はトン、と机を人差し指で叩く。


「俺がどうにか出来るやつ?」
「止めろ」


その問いに、御子柴は間髪入れずにそう答える。
綾部は御子柴の視線を真っ向から受け、へらっと笑った。


「オッケーオッケー。またどこからか変なノルマ課せられたのかと思ったー」
「…そんな心配してたのか」
「風紀委員長になるにあたって、いろいろやらされたじゃーん。だから、文化祭に乗じて何かまたあったのかと思ってさー」


そっかそっかと綾部は何度も頷く。
前会長と前風紀委員長でどんな話をしたのか知らないが、次期風紀委員長に御子柴へ白羽の矢が立った。
その時にいろいろとあったのだ、最終的には綾部も巻き込んで。
俺がどうにか出来るやつ? という問いには。
俺が竜二の悩みの種を完膚なきまでに、一切の慈悲もなく、黒揚羽時代にも劣らない力で、ねじ伏せられるか、その力が要るか、と。
そういう意味を、含んでいた。
しかしそんな重くほの暗い意味を消し飛ばすように、綾部はへらっと笑う。


「じゃあ、俺がからかって良い部類のやつかー」
「もぐぞ」
「うそうそ、冗談じゃーん。…まぁでも、ちょっとはマシになったかなー?」
「…チッ」


綾部曰く、まき散らしてる殺気、というものは、今の御子柴からは感じられない。
綾部とのやり取りで少なからず力が抜けたらしい。
綾部は御子柴の眉間に人差し指を当てる。


「険しい顔なんて、君には似合わないよ」
「何だお前、この指折られたいのか」
「えー、俺がチワワちゃん達をオトすのに使って来た洗練された技な…」
「……邪魔をする。御子柴、綾部、警備の話に……」
「生徒会書記の黒田先輩お連れしました、と言いに来たんですが」


取調室の扉を開けたのは、平風紀の竹中と連れられてきた桃矢だったのだが。
目の前に広がるのは、綾部が御子柴の眉間をツン、とつついている仲睦まじい光景。
桃矢は表情を変えずに、一つ頷いた。


「……本当に邪魔だったな。時を改めよう」
「待って待って待って、どんな勘違いをしているのかなー、書記クン?」
「……御子柴と綾部は仲が良い、ということだろう」
「んー、間違ってはないんだけど多分間違ってるかな!!」


ノックしてから入ってよと竹中に視線で訴えるが、当の竹中は忘れてましたとシレッとしている。
御子柴ははぁ…、と疲れたように息を吐き、桃矢に座れと促す。


「このままこの部屋で話し合う。良いな」
「……俺は、構わないが。良いのか、二人で何か話があったんだろう」
「いいのいいの、もう終わったからー」


はい座ってー、と桃矢の肩を押して座らせる。
竹中が失礼しました、と部屋を出て行き、部屋には三人だけになった。


「生徒会の方はどーお? やっぱ大変だよねー」
「……そうだな。さっきも教室を見回って来ると言って、悠里と風紀室の前で別れた所だ」


桃矢から出たその名前に。
御子柴はピクリと、肩を揺らした。


「…くだんねぇ話してねぇでさっさと終わらせるぞ」
「はいはーい。警備の方は予定通り、黒田グループから人員出してもらえるんだよね?」
「……あぁ。この前の話からざっとこの人数。今回細かい所まで詰めて、もし更に必要だったら調整する」
「一日目から三日目まで入場出来る人間も人数も違う。それに合わせて配置人数も変えていく」
「じゃあまず一日目から。やっぱりここには絶対必要だよねー。だから…」


机に校内見取り図を広げながら、三人は話を詰めていく。
もし生徒に警備関係の家がなければ外部から呼ぶのだが、今回は実績のある黒田グループの長男である桃矢がいる。
智也や啓介たちのようにティーカップの展示やお菓子の販売といった自分の家に関係する出し物と同様に、桃矢も力試しとして警備の話を買って出た。
徐々に話を詰めていき、これが数度目の話し合いだった。


「……こんな感じで良いか」
「うん、これなら上手く回れるんじゃないかなー」
「桐生にも確認を取る」
「亨ちゃんにも、風紀担当教員らしい仕事をしてもらいましょー」


びっしりと文字や数字が書かれた紙と見取り図を確認しながら三人は頷いた。
綾部は眉を下げて笑う。


「いやー、ごめんね書記クン。生徒会だけじゃなくて風紀にも関わらせちゃってー。ついでに怖い竜二にも付き合わせちゃってー」
「おい」
「……いや、勉強させてもっている。それにこれも仕事の内だ」
「相変わらずクールで男前だねー」


萌え萌え! と騒ぐ綾部をよそに、桃矢は資料をまとめながら少し黙り、静かに口を開いた。


「……ここからは完全に私事の話になるが」
「なになにー?」
「……俺たち生徒会役員は皆、悠里に好意を抱いている」
「ブファッ!!」


綾部の盛大な吹き出しに隠れて、ゴホッと噎せが聞こえた。
御子柴は思わず噎せた口元を拭い、珍しく少し驚きながら、目の前の表情の変わらない生徒会役員を見つめる。


「…突然なんだ、書記」
「……前置きはしたつもりだったが。驚かせたなら、悪い」
「いやいやいや、全然!! ぜんっぜん構わないよ!! むしろカモン!! てか、好意って、やっぱりラヴ? ラヴですか?」


前のめり気味に尋ねる綾部に退くことなく、桃矢は答える。


「……劣等感、嫉妬、反発、そんな感情すら上回る、愛情、慈愛。綾部の言うものが肉欲も含んでいるとしても、肯定できる所はあるのかもしれない」
「うっわー、やっぱりそうだったんだ…!」
「だから何の話を…」
「ちなみに書記クンはなんでユーリ会長が好きなの?」
「おい、和樹」


御子柴の制止の声も腐男子の前では儚く、綾部のシーッという声に一蹴されてしまった。
桃矢はそんなことを尋ねられるとは思っていなかったのか、一つ目を瞬かせて少し目元を和らげる。


「……劇的でも何でもない。ただ黒田の長男として必要だ、という存在でしかなかった剣道が、本当は好きだったんだと、生きがいでもあったんだと気付かせてくれたのが、悠里だったというだけだ」
「…あぁ、なるほど。書記クン、価値観を、変えられたんだね。それは。それは…」


好きになっても、おかしくないね、と。
ほんの少しの本音が混ざった声に、御子柴と桃矢は気付かない。


「何でそんな話を俺らにする」
「……その悠里が、何か悩んでいるらしい」
「ユーリ会長が?」
「……俺たち生徒会は、悠里が悩みを打ち明けるのには距離が近すぎる。お前たちは丁度いいかもしれない。特に、御子柴」
「あー、喧嘩腰でぽろっと言ったり…」
「お門違いだぜ、書記」


ハッ、と。
不機嫌さを隠すこともなく、御子柴は鼻で嗤った。
その表情に綾部は小さく目を見開き。
桃矢はじっと見つめる。
御子柴は背もたれにもたれかかり、足を組みながら嘲笑した。


「取るに足らないんだと」
「え?」
「俺様生徒会長様にとって、俺は取るに足らないんだとよ」
「……悠里が、そう言ったのか」
「親衛隊隊長と話してたのを偶然聞いた」
「…ユーリ会長が……?」


呆然と呟く綾部の横で、桃矢は顎に手を当てる。
さらりと、髪がひと房肩に流れた。


「取るに足らねぇから必要最低限の会話しかしねぇんだと」
「何かの間違いじゃ…聞き間違いとか」
「はっきり聞いた。…分かっただろ、書記。悩みを聞けと俺に頼むのはお門違いだ。そもそも義理もねぇ。悩みで潰れるなら勝手に潰れろとでも言っておけ」
「竜二…」


立ち上がって扉を開けようとした御子柴の背中に、待てと声がかけられる。
その声に足を止めた。


「……御子柴、悠里は、花梨先輩とそれを話していたのか」
「そうだっつってんだろ」
「……そうか、分かった。悪かった、忙しいのに変な話をして。綾部も」
「…いやいやー、萌えるお話ありがとねー、書記クン」


へらへらと、重い空気を切り替えるように、わざと明るい声を出した。
桃矢も席を立ち、最後にと御子柴に問う。


「……『悩みで潰れるなら勝手に潰れろ』、それを悠里に伝えろと言うのなら、俺は伝える。…それが、本心なら」
「………」


それに渋面を浮かべ答えない御子柴に、桃矢は真っ直ぐに伝えた。


「……何が本心なのか、他人にも、時には自分にも分からない。悠里の言葉も」
「何が言いたい」
「……何が言いたいんだろうな。聞き流してくれて構わない」


警備の話でまた何かあればいつでも言ってくれという言葉を最後に、桃矢は風紀室を後にした。
その背中を見送って、綾部ははー、と感心したような息を吐く。


「書記クンって達観してるよねー。ユーリ会長への想いも、ラヴとか簡単な言葉では表せなさそー」
「…クソッ、見回り行ってくる。桐生にはお前から話通しとけ」
「えー仕方ないなー。余計な問題起こさないでねー」


うるせぇ、と御子柴は言い捨てながら風紀室を出る。
好きだ何だと、どいつもこいつも。
好きな奴から取るに足らないと、その他大勢扱いされた苛立ちで。
あの日からずっと、燻っている心はどうしたら良い。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ