【柳原学園】

□第四章
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じゃあ行ってきます、と言ったレイを見送ったのは昼前のこと。
いやー、何だか近所の洒落た店に行くような上品で爽やかな笑みだった。
まさか溜り場とやらに行くとは誰も思うまい…。
いつもはあまり気にならない、一つに細く結ばれた赤茶色の髪が妙に印象に残ったな。
俺はのびーっと背筋を伸ばして腰に手を当てた。


「さて、と」


小さく呟いて階段を上って、一番奥の部屋のドアノブに手を掛ける。
ドアを開けると、そこにはシンプルにまとめられた俺の部屋。
小六で母さんが居なくなってからこの部屋は使ってなかったのに、八重が中学生、高校生と成長段階に合わせて部屋の模様替えをやっててくれてたらしい。
精神的な発熱があった俺はこの家には帰って来れなくて、随分と心配を掛けてしまった。
俺は机の前に座ってパソコンを起動してパスワードを打ち込む。
すると直ぐに起ち上がり、ファイルを開いた。
同じように何度かクリックを繰り返すとズラーッと文字列が浮かび上がる。
そこには松村グループが現在進行している企画と提携している会社名の数々。
だいたい覚えてはいるけど、復習もしておかなきゃだからね。

その中には、勿論見知った名前もある。
工藤、里中、黒田、島崎を始めとして、早乙女なんかも表示されている。
生徒会役員は見た目の人気から選ばれるようにはなってるけど、総じて家柄も良いんだよなぁ。
工藤家は食器関連、里中家はお菓子関連、黒田家は警備関連、島崎家は人材発掘関連、早乙女家は美容関連。
そして松村家はと言うと手広く事業は展開しているものの、主なものは実は広告関連だったりする。
だから松村家はいろんな会社と関わるんだ。
そしてあまり言いたいことでないけれど、松村家の方が他家よりも立場が上だったりする。
だって広告してもらわないことには売れないわけで、結果的にそうなっちゃうんだよなぁ。
だから分かるだろ、俺たち生徒会役員が互いのプライベートな話をあまりしたがらない理由が。
勿論弱味握られたからって皆がそんな手段を使ってくるとは思ってないけど、どこでどう転ぶか分からない競争社会だからな。
一番下までスクロールすると、新たな名前がそこにあった。


「ん、国木田か…スポーツ関連だな」


国木田、どっかで聞いたことのある…あ。
そうだ、確か新歓の時に鬼側で二位だった奴だ。
啓介に抱き付いてほしいってお願いしたんだったか。
そんなことを思い出しながら眉根を寄せる。
資料が足りないな…三浦さんに頼むか。
三浦さんって言うのは、親父の秘書だ。
長年親父の秘書をしているらしいけど、俺はあまり会ったことはない。
だたその少ない機会で見た感想として、爽やかで真面目そうって所かな。
俺に対しても敬語を崩さないし、親父の代わりに電話でやり取りしている今でも誠実に対応してくれている。
でもプライベートな面が一切見れないんだよな、あの人。


「えーっと…国木田との企画データを送って下さい、で良いかな」


挨拶を前置きしてから要望を伝えて送信。
それから暫くして返信が来た。
うわ、早っ…流石三浦さん、仕事が早い。
メール文を開くといつもの丁寧な挨拶と共にデータは添付したとの旨。
ありがたい、そう思って返信しようと思ったら。


「あれ、まだ下に何かある…」


まだスクロール出来ることに気付いて、下に書かれている文が見えた。
珍しいな、三浦さんが…何かあったのか?
そしてそこに目を通し、目を見開いた。

***

先日、奥様の墓前にて悠里様と麗斗様をお見掛け致しました。
お邪魔になるかと思いご挨拶が出来なかったこと、お詫び申し上げます。
また、そのことを社長にお伝えしたところ大変驚きになられておりました。
悠里様とお会い出来て、奥様もお喜びになられたことでしょう。
本当に、ありがとうございました。

P.S.
これは完全に私のプライベートなメールですので、社長に言わないで頂けると助かります。

***

そんな追伸まで何度も何度も読み直してしまう。
え、ちょっと待って…ちょっと待って、俺どっからツッコめば良いんだ。
え、何、三浦さんあの時あの場に居たの?
しかも俺がお墓参りしたこと親父に言って、そしたら親父が驚いてた? …んな馬鹿な。
しかも何で三浦さんがお礼を言うんだよ。
俺の母さんのお墓参りしてくれた三浦さんに俺が言うべきじゃないのか。
しかも親父に言わないでって、…何このお茶目な文章。
ちょっと謎が深まってしまったぞ、三浦さん。
俺は少し困惑しながら当たり障りのないメールを送信した。
こんなの初めてだ、三浦さんが親父のことをわざわざ言ってくるのは。
一体何があったんだろうか…しかも親父が驚くなんて意味が分からない。
俺のプライベートには一切興味を示さなくなったのに、今更…三浦さんの見間違いじゃないのか。
そんなことを思いながらも、胸に広がるのは俺に興味を示してくれたことへの小さな喜びで。


「うー…気分転換!! 気分転換に散歩しよう、うん!!」


何故だかそれに俺自身戸惑ってしまって、それを誤魔化す為に勢いよく立ちあがる。
そうして俺は八重に外出を告げてから自宅を出た。
そんな気もそぞろなまま外出したから、失念していたんだ。
自分がどんな容姿をしているかを。
そしてここは柳原学園という男ばかりの環境でなく女性もいるということを。
まぁつまり、何が言いたいかと言うと。

行く先々で女性に絡まれて、結果暗くなるまで隠れる羽目になったってことです、ハイ。

…泣いて良いかな。



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