【柳原学園】

□第四章
30ページ/56ページ





「えっ、じゃあここで合宿するの?」


レイがくるんっと卵焼きを巻きながら驚いたように振り返った。
その反応に味噌汁の味見をしていた俺は動きを止める。
只今朝食を俺とレイで調理中でございます。
母さんは社長夫人なのに毎朝朝食を作ってくれてて、それを手伝っていた俺たちは人並みに料理が出来るようになった。
八重はそれを知っているから調理中はここに居ない。
基本的に、自分で出来ることは自分でやるってのが母さんの方針だったからね。
柳原学園での俺とレイを知っている人たちは、誰も俺たち兄弟がエプロンしながら朝食作ってるなんて想像しないんだろうなぁ。
レイがお皿に卵焼きを乗せて俺は味噌汁をお椀に注ぐ。


「えっと…ごめん、言ってなかったっけ」
「生徒会役員と風紀のトップ二人に生徒会担当教員での懇談合宿があるってのは初めて知った」
「…ほんとごめん、言いそびれてた」


ほかほかの白米を茶碗によそってテーブルに持って行く。
そして席に着き、いただきますと二人同時に口にした。


「夏休みには毎年、懇談合宿があるんだよ。二学期からは行事が盛り沢山だから連携を更に上手く取れるように」
「へぇ、毎年…」
「ほら、俺が寝込んでた時に俺がサイン忘れてた企画書あったろ? 皆で俺の部屋に突撃訪問した時の。あれってその懇談合宿のやつだったんだ」


つまり懇談合宿は紛れもなく柳原学園の大事な行事の一つ。
ちなみに風紀担当教員が来ないのは、その先生が非常にビビリだからだ。
御子柴の舎弟が半分以上で構成されている風紀の担当教員になってしまった可哀想な先生なんだ…。
だから風紀にはなるべく関わりたくないらしく、夏希に拝み倒して引率を辞退したらしい。
いや懇談の意味考えようよと思わなくもないけど、あの人ほんとに胃に穴あきそうで強く言えない。
もう俺にでさえビビるビビる…こっちが泣きそうになるからね。


「合宿所は参加メンバーが所持する家ってことになっててさ。くじで決めたら…」
「ここになった、と。それはまた…でも良いの? ここにはいろいろとマズいモノがあるでしょ、俺様生徒会長さん」
「う…それは、そうなんだけど…でも少しくらいなら本当の俺がバレても良いかなって、今は思ってる」
「まぁ、今回兄弟喧嘩に多大に巻き込んだしね」


納得したような言葉を言いながらも、むすっと頬を膨らませている。
や、やっぱり怒ってるのか。


「合宿中はレイも居て良いから」
「あ、いや、そこは気にしなくて良いよ。俺、ちょっと瑞希とイベント行くことになってるから」
「い、イベント? 森宮と? 何か仕事の繋がりあったっけ…」
「今回のは仕事と全く関係ない、完全プライベート、遊びってこと。だから合宿中は俺は居ないことになるね」


同室者の森宮と順調に友情を築けているようで安心した。
でもなら何で頬を膨らませてるんだよ。
卵焼きを口に入れると、程よい甘さが口の中に広がる。
ん、母さんと同じ味だ。


「…柳原の人たちにあんまり見せないでよ、本当の自分」
「そりゃ、完全に俺様演技を止めるつもりはないけど…何でそんなこと言うんだ?」
「…本当のユウは、俺だけが知っていたい」


な、か…可愛すぎる…っ!!
何この弟、誰の弟!? 俺のだけどね!!
怒ってるんじゃなくて拗ねてるのか。
もう何言ってるんだか、レイは。


「本当の俺なんて、レイと八重くらいにしか見せてないけど?」
「今のところは、でしょ…工藤先輩とか御子柴先輩とか怪しい感じだし…志春先生もか…」


ブツブツと何か言ってたみたいだけど、味噌汁に口を付けたから聞き取れなかった。
でもそっか、レイは合宿中居ないのか…ヘマしないようにしないとな。
朝食を食べ終わって、ごちそうさまと挨拶して食器を流し台に持って行く。
俺はスポンジに洗剤をつけて数回揉んで泡立てて皿を洗う。
レイは台拭きを濡らして固く絞り、テーブルを拭き始めた。


「あのさ、ユウ。俺もドタバタしてて言ってなかったことがあるんだけど」
「ん、何?」
「俺の仲間に会ってくれない?」
「仲間? 友達か?」
「友達って言うか…不良殲滅を手伝ってくれた仲間」


ツルッと手が滑って食器がシンクに落ちてしまった。
俺は慌てて拾い上げて確認すると、幸いなことに割れていなかった…危ない危ない。
えっと、つまり不良さん…?
そ、そっかー、不良さんかぁー。
レイは全然怖くないけど他の子たちは…いや、でも弟が世話になったんだから。
それに何より、レイが俺に紹介したいって言ってるんだから断る理由はないよな。


「ん、分かった。いつだ?」
「とりあえず今日溜り場に行って色々説明して…話が付いてから、かな。明日は無理かもしれないし、明後日になると思う」
「了解。あの…俺あんまり喧嘩強くないから」
「大丈夫大丈夫。俺の大切な人に手を出す馬鹿は存在しない…ってか──俺が許さない」


すっ…と目付きが鋭くなって眼光が見えた。
おぉ、迫力が凄い。
これが不良モードのレイか…と言うか、レイの言い方からして、もしかしてレイはそれなりの地位にいたりするんだろうか。
…まぁ、それも明後日になれば分かるはず。


「今日は帰って来ないから。久々の顔見せだし、多分はっちゃける」
「無理するなよ? 警察沙汰だけは勘弁なー」
「ははっ、そんなヘマしないって。じゃあ、明日の昼か夜には帰る」
「おー。楽しんで来い」


にっ、と笑ってレイに言う。
さてさて、じゃあ俺は松村グループの勉強でもしておこうかね。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ