【柳原学園】

□第三章
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☆☆


お茶会の数日後、レイに関する新聞が掲示された。
どうやら公に俺の弟だと知れ渡ったおかげで制裁云々の話は消え失せたらしい。
報告してくれた早乙女兄弟には感謝しないとな。
ただ、「まぁ、タチの悪い輩は脅し…」「黙っときなさい」っていう早乙女と花梨の会話には首を傾げてしまったけど。

そして今、俺はレイと二人で化学教官室の前に立っていた。
夏希に会わせておこうかと思ってさ。
レイに何かあった時、連絡が通りやすいように。
過保護かもしんないけどレイも、逆に俺も助かるよ、なんて言ってるから構わないだろ。
何が逆に、なのかは分からないけど。
コンコン、と扉を叩く。
御子柴みたいにイキナリ開けたりはしない俺。
すると入れ、と声が聞こえた。
あれ、夏希の声にしては低くないか? とか思ったけど、ガラッと扉を開けた。
そして。


「……邪魔したな」
「ちょっと待てや、松村ァ」


閉めようとしたが、強引にその声の主に引きずり込まれた。
俺の腕を掴んだ予想外の男を睨み付ける。


「……何でテメェがいるんだよ、志春」
「ご挨拶じゃねェか」
「兄貴、放してやれよ」


化学教官室に居たのは、夏希と志春だった。
夏希は居て当然なんだけど、保健医がいる理由が思い浮かばない。
つか志春に最後に会ったのって、新歓前の保健室でセクハラされた時だよな…。
志春は弟の夏希の言葉通りに俺の腕を放してくれた。
ふぅ…ちょっと身構えちゃったじゃん。
志春はニヤリと口の端を上げる。


「弟の所に遊びに来て、何が悪い?」
「……お前らそんな仲良かったか?」
「気持ち悪いウソつくなよ、兄貴。化学実験の安全上の話だ。まぁ、今終わったけどな」


……ちゃんと仕事、してたんだ…何かごめん。
心の中で謝る俺に、夏希が椅子をくるりと回してこっちを向いた。


「で? お前はどうしたんだ?」
「コイツ紹介しとこうかと思って」
「コイツ? …あぁ、噂の弟か」
「初めまして、松村麗斗です」
「気合い入った髪色してんじゃねェか、松村弟」


レイの赤い髪に触れながら言った志春に、レイはどうも、とにこやかに返す。
ああー、そんな笑顔見せたら志春のターゲットになるかもしれないから!!
志春にセクハラされるレイとか…許せん。
俺はさっさと進める。


「レイ。こっちの眼鏡の白衣が柿崎夏希。化学教師で生徒会担当、そして転校生の…お前の資料を風紀室に忘れるとかいうワケ分からんことをしでかした奴だ」
「…もうちょい他の紹介の仕方なかったのか」
「あぁ、貴方が…」
「納得しちゃってるじゃねーかよ」
「くくっ…相変わらず抜けてやがんなァ、お前は」


苦い笑みを浮かべる夏希に、肩を震わせる志春。
他の紹介の仕方?
志春の伝言をしなかった奴、とかか。
…根に持つの情けないから言うの止めとこう。
そして、と俺は志春を示す。


「こっちの眼鏡なしの白衣が夏希の兄貴の柿崎志春。保健医で……保健医だ」
「待てやコラ。何で俺の紹介がそんだけなんだ」
「保健医二回言ってるよ、ユウ」
「他に言うことなかったんじゃねーの?」


いやいや、だって変なこと言ったらまたセクハラされるかもしんないし。
少し目を逸らした俺に、志春はニヤリと企んでいるような笑みを浮かべた。


「何だ、一ヶ月も経ってんのにまだ怒ってんのか? ──保健室でのことをよォ」
「なっ……!?」


コイツ…よりにもよって、レイの前で蒸し返しやがった…!
せっかく俺が言わなかったのに!


「…そのことは、何があったか詳しく知りたかったんだよな、俺」
「何か、あったの? ユウ」


夏希はにこやかにコーヒーを飲み、レイは微笑みながら首を傾げる。
な、何か二人の笑顔が恐いんだけど気のせいだよな、うん、気のせいだ。


「……、別に、ちょっとした喧嘩? みてぇなモン…」
「おいおい、可愛い声聞かせてくれたじゃねェか」
「あれは…っ」
「お前、意外と腰細ェよなァ」
「志春お前もう黙れ!!」


しんっじらんねぇ…!
いや、怒るのは後回しだ、誤解を解かなきゃ。


「…レイ、誤解すんな。ただ壁ドンされて、服の上から腰触られて、首筋舐められただけだ」
「……それ、誤解じゃないよね」
「……どうりで、首押さえてたわけだ」


はっ…! まさか失言してしまった感じか、俺。
やばい、レイと夏希のオーラが黒い。
つか、楽しそうに笑ってんじゃねぇよ、志春!
俺様をきちんと演じられてなかった俺はレイに怒られると思ってたんだけど、レイが視線を向けたのは志春だった。


「生徒に手を出すのは、どうかと思うんですけど?」
「突っ込んでねェだろうが」
「っ、ごほっ! お、おま、突っ込むって…っ」


俺に対してなら冗談にも程があるだろ…!
つか、レイの教育に悪い!


「ユウって、柳原じゃ抱かれたいって意味で人気なんですよね? そんなユウをそんな目で見るなんて、悪趣味なんじゃないですか?」


れ、レイの口から抱かれたいとか…突っ込むとかにも反応ないし…。
俺のHPが削られて行ってる気がするよ……って、そんなことより志春に喧嘩売るなんて危ないって。
志春は俺や御子柴を遥かに凌ぐ本物の俺様なんだから。


「おい、レイ。もう終わったことなんだから、お前が口出しすることじゃねぇ」
「って、オニイチャンも言ってるぜ?」
「俺ブラコンなんで、ユウにちょっかい出されるのは気分が悪い」


うっ…きゅんとしてしまった。
何だこの可愛い生き物!
髪の毛わしゃわしゃしたい、今すぐ。
すると今まで口出ししなかった夏希が、口を開いた。


「松村兄弟、俺もちょっとオニイチャンと話したいから、今日は帰ってくれるか?」


夏希の言うオニイチャンって、志春のことだよな。
…志春、羨ましい。
俺なんてたまにしか、レイに兄って呼ばれないのに。
志春と話って、化学実験の件でまだ話したいことがあったのかな。
それなら邪魔しちゃ悪いよな。


「分かった。化学だけじゃなくて生徒会の方もちゃんとしろよ、夏希」
「悪い悪い、気を付ける」


夏希は爽やかな笑顔を振り撒く。
イケメンなことを認めざるを得ないな、うん。
なのに志春はそんな夏希の表情を見て、眉根を寄せてる。
そんな怒んじゃねェよ、とぼそりと呟いた志春に内心首を傾げた。
怒るって…どう見ても笑顔じゃん、夏希。
柿崎兄弟を見ていたレイは、ふぅ、と息をはいた。


「…分かりました。これからよろしくお願いします」
「おー」


志春の返事はなく、夏希の返事のみに背を押されて化学教官室から出た。
扉を閉める直前夏希の顔から一切の笑みが無くなったような…見間違いかな。
すると横でレイが疲れたように肩を落とした。


「はぁ…意外と多いな」
「紹介したいのは、これで最後だぞ?」


そんな多かったかな、と言う俺にレイは曖昧に笑って。


「俺様でも滲み出ちゃうんだろうなぁ…」


そう、呟いた。


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