【柳原学園】

□第三章
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風紀室から生徒会室へと戻った俺が扉を開くと、智也達も仕事が終わったようで片付けをしていた。
うん、綾部とは違って真面目で良かった良かった。
俺に気付いた智也が柔らかく笑う。


「お帰りなさい、悠里。身体測定は無事に終わりましたか?」
「…、あぁ」


一瞬の沈黙の後、俺は頷く。
無事…字の如く、事が無かったとは言い難いけどそういうことにしておこう。
そんな俺の態度に首を傾げた智也は、はたと気付いたように手を伸ばしてきた。


「悠里、髪型が少し崩れ……」
「…っ」


智也の手が俺の髪に触れた途端、ビクリと肩を震わせてしまった。
智也は悠里…? と俺の名を呼ぶが、俺も自分の行動に驚いた。
何で俺、智也に髪を触られただけでビビってるんだ?
保健室で崩れたらしい髪を綺麗にしようとしてくれただけなのに。


「ゆっうちゃ〜ん!」


微妙な空気が流れたのもつかの間、イキナリ横からタックルされた。
見ると啓介が懲りもせずに、俺に抱きついてきている。
啓介は少し背伸びをして、俺の首元に腕を回した。


「悠ちゃん、僕もちゃんとお仕事したんだよ〜。偉い〜?」


啓介がこうしてくっついてくるのはいつものことだ。
いつものこと…のはずなのに。


「け、いすけ…離れろ」
「え〜? ……、え?」


きっといつものやり取り通りに、啓介はイヤだ〜、と駄々をこねるつもりだったんだろう。
でも。


「っ、里中会計! アンタ、松村会長に何したんですか!」


ばっ、と俊太が珍しく声を荒げて俺から啓介を剥がした。
その怒鳴り声に近い声に、啓介は狼狽える。


「なっ、何もしてないよっ。俊ちゃん達も見てたでしょ!?」
「なら、何で松村会長がこんな赤くなってんですか!!」


俊太の言葉で、顔が熱いと感じたことが気のせいではなかったと証明された。
顔、赤くなって…何で俺、こんな…っ。
俊太が怒った表情で啓介から俺へと視線を移す。


「だいたい、松村会長も嫌なら嫌ってハッキリ…ちょっと、聞いてんですか?」


何でかさっきから、触れられると変な風に動悸が速まる。
おかしい、どう考えても、おかしい。
内心困惑していると、話を聞いていない俺に痺れを切らしたのか、俊太が俺の手首をがっと掴んだ。


「松村会長!」
「…っ!」
「……は?」
「き、着替えるから放せ!」


俺は慌てて更衣室へと逃げ込み、俊太に掴まれた手首に触れる。
どうしよう、絶対また顔赤くなった。
絶対変に思われた。

制服に着替えながら、考える。
ここまで来ると、この変な状態になった理由にも気付いていた。
誰が何と言おうと、志春のせいだ。
襲われるなんて微塵も考えたことなかったのに、今までのセクハラがそういう意味を含んでいたと知った。
そして、俺を押し倒すような男がいると知った。
その上志春は、他にも俺をそういう目で見ている奴がいる、ってなことを示唆する言葉を掛けてきた。
だから、警戒心が今半端ないことになってるんだ。

それにしても俺、智也たちに何てひどいことを…。
智也は清廉な王子だし、啓介は天使だし、桃矢は侍だし、俊太はあの毒舌。
そんなあいつらに関しては、俺を襲うかも、なんてこと考えなくて良いだろうに。
自意識過剰な生徒会長を許してくれよ、皆…大丈夫だ、今混乱してるだけだから。
きっと深呼吸をしたら、いつも通りの俺様に戻ってるからさ。

着替え終わった俺は、更衣室の扉の前で深呼吸をした。
…よし、もう大丈夫だ。
満を持して更衣室から出る。
何故か探るように俺をガン見している智也たちが目に入ったが、俺はホッとしていた。
ほらな、もう変な動悸もしなくなってる。
しかしその時、気が弛んでしまっていたのか俺は、ガンッと棚の角で足の小指をぶつけた。
そりゃあ、もう、結構な音がしましたよ?
俺様の演技をしていようが、痛覚までは誤魔化せるわけもなく。


「〜〜っ」


しゃがみこんで、小指を押さえてしまう。
いや、これは仕方ないよ、だって小指だよ? すげぇ痛いんだよ? 分かるだろ?
それでも情けない声を出さなかった俺を褒めてくれ。
すると床が少し暗くなった。
痛さのあまりゆっくりと顔を上げると、桃矢が立っていて。


「……大丈夫か?」
「え、…あ、だい、じょうぶ……」


です、とノリで丁寧語を言いかけて慌てて引っ込めた。
あ、危ない危ない、痛さのせいでちょっと素が出そうだった。
舌っ足らずな口調になっていたことに気付かなかった俺は、それに息を呑んだ四人にも気付けなかった。
一瞬目を揺らした桃矢が、次には心配そうな表情をして。


「……悠里、もしかして熱でもあるんじゃないか?」


そっと、優しく俺の額に手のひらを当ててきた。
いやいや、これが啓介とかならまだしもさ?
生徒会で唯一俺より背が高くて、俺が時々心の中で兄貴!! って呼んでる桃矢が触れてきたらさ?


「あ……」


ぶわぁぁぁっと、羞恥の熱が顔に再燃するのも仕方ないわけで。
俺は小指の痛みも忘れて、勢いよく立ち上がった。


「ぐ、具合悪いから今日はもう戻る! お、お前らは片付けやって施錠しとけ!」


ごめん、ほんっとごめん!
時間が経てば多分戻るから、今日は勘弁して下さい!
心の中で謝りながら、生徒会室から脱兎の如く逃げ出しました。

そんな生徒会長の姿を見送った生徒会役員たち。
少しの沈黙の後、啓介が口を開く。


「…多分『熱』があったんじゃなくて〜…」
「『何か』があったんでしょうね…、松村会長に」


どうして目を離すと、いつも何かしら起きてしまうのか。
いや、自分で起こしていると言っても良いかもしれない。
あの鈍感という、武器としては最強で、防具としては最弱な性質を装備している松村悠里自身が。


「何があったか探った方が良いんでしょうか…」
「……いや、今は何もしない方が良い」


智也の呟きに、桃矢は首を振った。
下手につつくと、近寄ってすらくれなくなるかもしれないという懸念故だ。


「あれって、僕たちを男として認識してるってことなのかな〜」
「知りませんよ、そんなこと」
「も〜、またそんなこと言って〜。…でも不思議と、前に進めた感じはしないんだよね〜…」
「…とりあえず、様子見ましょう」
「そうですね。私たちはいつも通りに」
「……分かった」


こうして結論が出て頷き合っていると、啓介はぽそりと。


「顔赤くした悠ちゃんと二人きりだったらな〜」
「各々、決して松村会長と二人きりにはならないように」


新たな結論が付け加えられた。


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