【柳原学園】

□第三章
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(智也side)


私は現在、夏希先生と桃矢と途中で別れて正門に向かっている。
別れる前、夏希先生に転校生のことを尋ねたけれど、忘れたとしかおっしゃらなかった。
どうやらその筋の生徒ではないことを確認し、安心したからそれ以上見なかったようですね。
その自由な振る舞いには本当に憧れます。
…私は己を律しすぎる気性なので。
悠里のおかげで以前よりは感情を素直に出せるようにはなりましたが。

桃矢は生徒会室から少し離れた所で剣道部顧問に会った。
顧問は桃矢に部活に関するプリントを渡そうと、御自分で生徒会室に向かっていたようで。
桃矢を呼んだものの、生徒会の忙しさを気遣ったからでしょうね。
素晴らしい先生です。

さて、と私は正門が見えてきた所で気を引き締めた。
結局分かったのは、転校生が普通の生徒だということだけ。
柳原学園に転校するぐらいですからどこかの社長の御子息だということは間違いないとは思うのですが…いかんせん、情報が少ない。
彼に…悠里に、迷惑を掛けるような者ではないことを祈るばかりです。
正門に近付くと、人影が見える。
あれが、転校生のようですね…。
赤茶色の髪を一つに細く束ねた、悠里よりは身長が高そうな青年。
桃矢よりは低そうですが、目付きが桃矢に似ている──戦える者の、目。
その目が私に向けられると、彼は二、三度、目を瞬かせた。


「あれ…もしかして俺のお迎えですか?」
「はい。私は副会長の工藤智也と言います」
「副会長…マリモヘアーと瓶底眼鏡で来なくて良かった…」


ぶつぶつと何かを呟いた彼を見て内心安堵した。
敬語も使えるし、喧嘩腰でもない。
悠里に迷惑を掛けるような者ではないようです。


「失礼ですが…貴方の名前を伺っても?」
「? 知らないんですか?」
「すみません、手違いがあって貴方の資料が生徒会まで来ていないんです」
「あぁ、成る程。どうりで副会長が来たわけだ」


納得したように彼は頷いた。
私にはその言葉の真意が分からない。
そういう表情が出ていたのか、彼はにっと笑みを浮かべる。


「俺のことはとりあえず転校生とでも呼んで下さい」
「それはどういう…」
「いえいえ、ちょっと」


サプライズにぴったりだと思って、とだけ彼は告げた。
サプライズ…? 誰に対してのでしょう…。
首を傾げた私を、じゃあ理事長室まで案内して下さいと彼は促してきた。
ひとまず、役目を果たした方が良さそうですね。
そうして私は『転校生』と名乗った彼を理事長室まで案内した。








転校生を理事長室に入室させてから私は部屋の前で暫く待っていると、彼が出てきた。
では、と頭を礼儀正しく下げて扉を閉めた彼は私に申し訳なさそうな視線を向ける。


「待たせてすみません」
「構いませんよ。では次は寮に……」
「その前に挨拶に行きたい所があるんですけど」
「挨拶に? 職員室ですか?」


転校生が挨拶に行きたいとなれば職員室かと思って口に出すと、彼は首を横に振る。


「生徒会室に、です」
「……生徒会室?」


彼が示した場所は私が慣れ親しんだ生徒会室。
私はつい、警戒した。
転校生は生徒会に挨拶する義務はないし、挨拶しなかったからと言って機嫌を損ねることもない。
逆に、挨拶されたからと言って会社同士の取引が円滑になるということもない。
何の為に、と少し眉をひそめてしまう。
すると彼はにこりと口元を柔らかく上げた。
その笑顔に目を見開く。
彼のその笑みが、どこか『彼』に、似ていて──。


「別に生徒会役員に良い顔しとこうってんじゃないですよ? ただ、会っておきたいだけで」


彼の私の危惧を否定する言葉に、呆然としていた私はハッとした。
素直に感情を出せるようになったというのも、こういう時困りますね……。
私は彼に向かって微笑む。


「分かりました。案内しますね」
「ありがとうございます」


転校生を疑いの眼差しで見るなんて言語道断ですね。
それに彼は一年生らしいですし、有意義な学園生活を送れるようにするのが私達生徒会の役目なんですから。
彼と生徒会室に向かう道中、生徒会役員について訊かれた。
当たり障りのない簡単な紹介をすると、双子はいないのかと残念そうに呟いた。
双子が見たかったんでしょうか……不思議な青年ですね。
生徒会室に着いて扉を開けると、桃矢も既に戻ってきていて生徒会役員は全員いた。
書類にハンコを捺し終わった様子の悠里が顔を上げて私を見る。


「終わったのか、智也」
「お疲れ様〜、智ちゃんっ」
「その筋の息子じゃありませんでしたか、工藤副会長」
「……ケガは、してないか」


言葉はバラバラだけれど、私を労う気持ちに笑みを浮かべる。
しかし転校生が私の後ろに潜んでいるのを思い出して、紹介するために口を開こうとした時、悠里がいつものように不遜な態度で言い放った。


「楯突いて来たんなら家ごと潰してやれば良いんだよ」
「ゆ……っ!」
「───それはマズいんじゃないの、生徒会長さん」


居ることに気付いていないとは言え、本人の前で語るのは都合が悪いので慌てて悠里に止めようと口を出す前に、声が割って入った。
それは明らかに私の背後から聞こえてきて。


「誰かいるの〜?」
「は、い……私達に挨拶がしたい、と言ったので」
「どうも、転校生です」


堂々と生徒会室に足を踏み入れた彼は、そう挨拶した。
そんなきちんとしていない挨拶をすると悠里の機嫌が……。
冷たい言葉が転校生に投げ掛けられる前に悠里を止めようと彼に目線を移すと。
悠里は、転校生を見て目を見開いていた。
言葉を無くしている様子の悠里に、悠里と転校生以外の皆は目を瞬かせる。
そんな中、転校生は生徒会長席に歩み寄った。
そして愛しい人に向ける視線を悠里に向けて。


「久し振り、ユウ」
「───……レイ?」


レイ。
それが新歓の前に悠里が好きだと電話をしていた名だと理解した私達は、一瞬にして時が止まった。



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