【柳原学園】

□第三章
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綾部はえっとねー、と語り出す。


「その本の主人公は、かっちゃんと呼ばれる少年でね。…かっちゃんの家はそれなりにお金持ちなんだけど、かっちゃんは周りの人から疎まれてたわけ」
「何故」
「かっちゃんは、愛人さんの息子だったんだよー」


また…重いストーリーを持ち出してきたな。
俺は黙って先を促す。


「最初はかっちゃんも頑張ってたんだけど、なかなか上手く行かなくて。んで、何かどうでもよくなったかっちゃんは、全寮制の男子中学に入れられたにも関わらず、昼は目立たないように学園生活を送って、夜、街に出て不良街道まっしぐら生活を送ってたんだよー」
「つまりグレた、と?」
「そうそう。街では周りから怖がれるわ同類から喧嘩売られるわ、荒れまくって。うん…見てられなかったよね」


目を伏せる綾部に、意外な気持ちを抱く。
こんなに感情移入するタイプだったんだな、綾部って。


「でもある日ね、かっちゃんに話し掛けてきた同学年の不良がいたんだよ。ソイツはかっちゃんと同じように如何にも不良な感じなのに、周りからは慕われてんの。ソイツの名前は…りっちゃん。りっちゃんは…ぶはっ」
「い、イキナリどうしたお前…」
「ごめ…、あまりにも似合わなくて…ぶふっ」


似合わないって…りっちゃんって名前が?
そんなに強面の中学生として描かれてたのかな。
笑いを収めた綾部は再び謝って続ける。


「えっと、りっちゃんはね、かっちゃんに言ったんだよ。一緒に学園荒らす馬鹿共をボコろうぜって」
「…成敗しようぜ、ってニュアンスで良いんだよな、それ」
「うん、そうだねー。それが中学二年生の春。でもかっちゃんは意味分かんねぇよ、ってりっちゃんを殴ろうとしたわけ。でも逆にボッコボコにされちゃってー」


笑えるよねー、という綾部に前言撤回したい。
コイツ、全然感情移入するタイプじゃなかったわ。


「そしたらりっちゃんは言ったんだよ。どうせ燻るなら、結果的に良い方に向かうように力を振るえ…って」
「へぇ…。暴れるの止めろ、じゃなくて、どうせ暴れるなら悪い奴らをボコれ、って?」
「そう。綺麗事じゃなくて、現実的な提案だった。りっちゃんはかっちゃんに、逃げ道を作ってくれたんだよ」


綾部は背もたれに頭を乗せて天井を仰いだ。
逃げ道、か…逃げ道すらなかったんだな、かっちゃんとやらには。


「そんなことされたら、もう惚れるしかないよねー。あ、勿論仲間としてね。BL本の全部が全部バリバリ恋愛ってわけじゃないからー」
「ふーん、で? かっちゃんとやらはそれからどうしたんだよ」
「かっちゃんはりっちゃんと共に学園の不良たちを成敗しましたとも。でもねー、かっちゃんがねー」
「何だよ」
「いやー、何か、次は性的な方に走っちゃって」
「…はぁ?」


綾部が言うには、かっちゃんは可愛い系男子を性的な意味で食いまくったらしい。
以前の不良としての暴力は街でのことだったから学校ではあまり噂にはならなかったらしいけど、その食いまくった相手は当然ながら学校の男子生徒たちだったわけで。
合意だったけど、それでかっちゃんは下半身ゆるっゆると噂されるチャラ男認定されたらしい。
かっちゃん…お前…。


「まぁまぁ、まだ続きがあるからそんな目しないでよー。傷付くじゃーん」
「傷付くって…、お前がかっちゃんとやらじゃあるまいし」
「っ、いやっ、そうなんだけどねっ!! ほら、俺、かっちゃん派だからっ」


妙に慌ててかっちゃんを弁護し出した綾部に、好きなキャラは大切にしたいってことかと納得した。


「そ、それでね、かっちゃんは中二の冬にちょっと修羅場っちゃってー」
「修羅場?」
「かっちゃんは一人一回しか抱かないようにしてたんだけど、一度抱いたことのある男の子が、また抱いてって粘ってきてさー。断ったら逆ギレされて、殴られた」


そしてそんまま走り去られた、と綾部は言った。
か、可愛い系の子がなんともアグレッシブな…。
やっぱチワワは馬鹿にしちゃダメだな。


「冬で寒い時に殴るとかないよねー。痛さ倍増…」
「まるで経験したかのような言い方だな」
「…って書いてあったんだよ。でね、…ある子に、その場面見られてたんだよねー」


チラリと見てくる綾部の視線に、誰だと問う。
綾部は肩を軽くすくめて続けた。


「…ゆっちゃん、っていう同学年の子。その子ってりっちゃんと仲悪くてさー、かっちゃんはその子嫌いだったんだよねー。だから二人が喧嘩してる時はなるべく遠くで見てたんだよ。だから、会った時は最悪だと思った…みたいだよ、かっちゃんは」
「じゃあ、かっちゃんとゆっちゃんは、ある意味初対面だったってことか?」
「うん。で、なんやかんや喋ってー」
「そこは省くなよ」
「良いの良いのー、気にしないでよ」


かっちゃんとゆっちゃんのやり取りを言いたくない、のか…?
BLのことになると興奮する生き物らしい腐男子が言いにくい内容って…こわっ。


「かっちゃんはりっちゃんに会う前みたいに、チャラ男じゃなくて不良モードでゆっちゃんを追い返そうとしたんだけどさー…その時ゆっちゃんが、言ったんだよ」
「何て?」
「『お前は本気で好きな奴には、優しくなれるんだろうな』…って」


へぇ、と言いかけて、何か引っ掛かった。
何か…ん〜? 聞いたことある、ような…?
思い出す前に綾部が話し始めて、思考を中断させる。


「それでまた一悶着あったんだけどさ、そのゆっちゃんの言葉の数々にいつの間にか…救われてる自分に、気が付いた」
「救われた…」
「そう。本当に好きな人が出来れば、俺は進めるのかな、ってかっちゃんは思った。分かる? ユーリ会長。りっちゃんは逃げ道を作ってくれた。でもゆっちゃんは…進む道を、示してくれたんだよ」


優しい目で俺を見る綾部に。
俺は、何も言えなかった。



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