【柳原学園】

□第三章
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綾部…何で、綾部がここに?
疑問符がいっぱいで綾部の問いに答えられなかった俺を気にすることなく、綾部はスタスタと近寄ってきた。


「ほらほら、風紀副委員長が来たからには志春ちゃんの好きにはさせないからー」
「チッ。良いところだったのによォ」
「そりゃ、押し倒して太腿触りまくってたらねぇ?」


綾部に肩を引かれた志春は、舌打ちしながらも大人しく俺の上からどいた。
腕の拘束も無くなって、ほっと息をつく。
綾部は俺の手を取って、立ち上がらせてくれた。


「綾部…お前、何でここに?」
「いやぁ、校内見回りしてたんだけどさー、何か面倒臭くなっちゃって風紀室に戻ったんだよー」


おいおい、良いのかそれで…。
そう言うと、他の奴に任せてきたから大丈夫! とウィンクされた。
もう一度言おう、良いのかそれで。


「ユーリ会長、一回風紀室来たんでしょ? それを留守番の委員から聞いてねー。格好が体操服だったって言ってたから、身体測定かなーって思って。仕方ない、俺が保健室まで様子見しに行くか、って流れで来ましたー」
「面倒臭くて見回りサボったお前がなァ?」
「ほんとだよー、俺偉くなーい?」


た、助けてもらった身分だからコメントしにくいんだけど…。
へらへら笑う綾部を、志春は目を細めて見てる。
でもそれよりも気になることが。


「…お前、いつから居た?」
「第一、好きなら優しくしろよ!! ってユーリ会長が叫んでたとこからー」


その綾部の答えに胸を撫で下ろす。
良かった…素に近かった俺のことは見聞きしてないみたいで。
綾部も腐男子ってやつだから、素がバレたら騒がれるかもしれないからな。


「それ聞いた時、おっと合意かー? とか思ったけど、何かユーリ会長怒ってたし、止めさせてもらったー」


結果オーライ、俺よくやった、と自分を褒めまくる綾部に、完全に肩の力が抜けた。
やっぱ、正直に言うと怖かったみたいだ。
腕を押さえ付けられて、キスされて。
そこに気持ちがあるのは分かってるけど、抱かれるってのは俺にとっては未知の世界だから。


「……松村」


低いながらもイロのある声が、俺の名を呼ぶ。
そちらを見ると、志春が真剣な眼差しを俺に注いでいた。


「…もう無理矢理はしねェよ」
「志春…」
「まァ、俺も男だから、理性がもつ限りはって条件が付くけどなァ」
「志春ちゃんってば狼なんだからー」
「うっせェ、黙れ。…だがな、松村。今回言ったことは本気だ」


───お前が好きなんだよ!
あの時の言葉が思い出されて、思わず口元を手で覆ってうつ向いてしまった。
そ、うだよな、俺、コクられたんだった。
こういう時ってどうすれば良いんだ?
俺は、何て言うのが正解なんだ…?
そんな考えを読んだかのように、志春は続けた。


「お前は何も言わなくて良い」
「え、でも…」
「お前は鈍すぎる。その状態でここまで来たんなら今、絶賛混乱中だろうが」


仰る通りです…。
俺様生徒会長の俺を抱きたいと思う人種がいるなんてことを、初めて知ったんだ。
しかも志春は、鈍すぎるって言った。
もしかしたら俺が知らないだけで、他にもそういう奴がいるのかもしれない。
いろんな可能性に目を向けないと。
俺は、松村グループの後継者なんだから。


「何も言わなくて良い。ただし、俺のことを今まで以上に思い出せ」
「は?」
「つっても、勝手に思い出されるだろうがなァ」


な、何だその不吉な予言は…。
ニヤリと口の端を上げる志春に言葉を返せなかったけど、そのうち何だか笑えてきて。
ニッ、と俺も笑い返す。


「簡単に、俺をモノに出来ると思うなよ?」


そのセリフに志春は目を瞬かせて、上等だと口にした。
すると今まで黙っていた綾部が、ぽんっと俺の肩に手を置く。


「じゃあユーリ会長、風紀室行こっか」
「は?」
「生徒会役員の身体測定には風紀委員を同行させること。その決まりくらい知ってたでしょー? だからぁ、お、説、教☆」


お、お説教!? 嘘だろ!?


「テメェだって見回りサボってんじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれ」
「綾部テメェ…っ」


ほらほら、行くよー、と背中を押された俺は半ば強引に保健室から出された。
そしてちょっと待っててー、と扉を閉める綾部に、風紀としての話があるのかなと大人しく廊下で待つことにした。


「んじゃあ志春ちゃん、ユーリ会長があの調子だから多分処罰はないと思うけど、これからは気を付けてねー」
「綾部」
「なにー?」


廊下に待たせている悠里のもとに行こうとした綾部を志春は呼び止めた。
その声は、何かを詰問するかのような厳しさを孕んでいて。


「お前、松村が組み敷かれても驚かねェんだな」
「えー、驚いたよー? まさか志春ちゃんがこんなに早く暴走するとは思わなかったからさー」
「へぇ? つまりテメェは、松村が下になる可能性を見出だしてたわけだ」


志春の追及に、綾部はゆっくりと振り返る。
その顔にはいつものように笑顔があった。


「腐男子ってのは、様々な可能性を妄想しては楽しむ生き物だからー」
「綾部、結構汗かいてるよな」
「えっ、イキナリどうしたの? 臭い?」
「呼吸数も、基準値よりだいぶ多い」
「何が言いたいのかなー、志春ちゃんは」


志春はドカリと椅子に座って足を組んだ。


「別に? ただ──随分と急いで保健室まで来たみてェだなと、思ってよォ」


その探るような、否。
既に志春の中では決まっているかのような口振りに綾部は。
笑顔を、崩さなかった。


「そりゃ、皆のユーリ会長がエロ魔神にヤられちゃう、ヒュー!! とか妄想爆発したら居てもたってもいられなくってさー。腐男子って萌にはヤバいくらいの闘志燃やすからねー」


綾部は扉に手をかけた。
しかし少し黙って、口を開く。


「まぁでも…無理矢理エンドは大嫌いだから、それを防ぐためなら何でもするよ、俺は」


再び扉を開けると、悠里が大人しく待っていた。
待たせてごめんねー、と謝る綾部は志春の方を見て、去り際に。


「じゃあ志春ちゃん。──…これからは、気を付けてね」


先程と同じ言葉。
でもそこに含まれてる意味が、180度変わっているような気がした。



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