【柳原学園】

□第三章
10ページ/43ページ



☆☆


「あ」


ある日の放課後の生徒会室で、思わずと言ったような声が聞こえた。
その珍しい声色に、智也達は作業の手を止める。


「どうかしましたか? 悠里」
「あー、いや…」
「そのプリントなぁに〜?」


啓介がトタトタと寄ってきて、俺が手にしているプリントを覗き込んだ。
そしてパチクリと目を瞬かせる。


「悠ちゃん、もしかして行ってないの? 身体測定」


その単語に、俺は困惑しながら俺様らしく眉根を寄せた。
生徒会長としての仕事が一段落して、ちょっと整理するかと普段あまり使わない引き出しを開けると、一番上に置かれていたプリントが目に入った。
それが今、俺が手にしている『生徒会役員 身体測定のお知らせ』だ。

実は生徒会役員は、一般生徒とは別の場所と別の時間で身体測定が行われる。
生徒会役員は、周知のようにとんでもない人気を誇ってる。
自分で言うのもアレだけど、廊下歩いただけでも騒がれる。
そんな俺らが、いつもとは違う緩さを醸し出す体操服に身を包んで全校生徒に混じって参加してみなさい。
確実に、スムーズに行かないだろ。
生徒も俺らの一挙一動に目が行って、外部から招いた医療関係の計測者も呆れるぐらいで、身体測定どころじゃない。
だから柳原学園では、生徒会役員のみ特別に身体測定を行ってくれる。
生徒会役員は、定められた期間中に測定すれば良い。
その期間ってのも、行事や試験がなく割りと仕事が忙しくない時に設定されてる。
至れり尽くせりのような気がするけど、柳原の運営はほとんど高等部の生徒会がやってるってことを忘れないように。


「悠ちゃんが忘れるなんて珍しいね〜」
「今から行ってきてはどうですか?」
「お前らはもう終わったのか?」
「……あぁ」
「俺ももう行きました。松村会長もさっさと行ってきて下さいよ」


仕事が疎かになったら面倒じゃないですか、と俊太にも促された。
相変わらずの面倒くさがりめ……。
でも、こういうのは早く終わらせとくに限るよな。
だってあと少ししたら試験だし。
それに、プリントを他の書類に混じらせてた俺が悪いんだしさ。
俺はそう結論付けて立ち上がった。


「じゃあ、今から行ってくる」
「は〜い」
「きちんと風紀委員も同行させて下さいよ? 悠里」
「分かってる」


生徒会役員の身体測定は外部からの測定者に任されてるんだけど、その際風紀委員を連れていくことになってる。
外部からでも、そっち系…まぁつまり、同性愛者がいる可能性があるから危ないってことらしいけど。
勿論柳原学園が厳しく審査して選抜してるはずだから、可能性はゼロに近いんだけどな。
俺は生徒会室のロッカーから体操服を取り出して更衣室で着替える。
生徒会室には更衣室まであるんだぜ?
至れり尽くせりのような気がするけど以下略、上記参照。
俺の私物は教室じゃなくて、だいたい生徒会室に置いてる。
柳原の体操服は、膝下まであるだぼっとしたズボンに、『柳原』って筆記体で刺繍されてるTシャツみたいなやつ。
冬は長ズボンと上にジャージ羽織るだけ。
ちなみに大手スポーツメーカーの特注品です。
着替え終わって何となく身体の節々を伸ばしてみる。
うん、やっぱ制服より断然動きやすいな。
今思ったんだけど、この格好って俺の部屋着に似てるような気がする。
服につられて素が出ないように気を付けなくちゃ。
ガチャリと更衣室の扉を開けて、じゃあ行ってくると声を掛けた。


「あ、はい、分かりま……」
「…わ〜」


俺の言葉に俺を見送ろうとした智也は、俺を見た瞬間不自然に言葉を切って、啓介は何故か感嘆の声を出した。
そして桃矢も俊太も声は出さないものの、俺を見て固まっている。
な、何だ? 俺の格好何か変なのか?
俺様生徒会長には体操服は似合わない、とかだったら俺にはどうしようもないんだけど……。
って言うか、体操服が似合わない高校二年生とか泣けてくる。
シーン、という沈黙が居たたまれなくて俺は不機嫌な表情で腰に手を当てた。


「…何だよ、お前ら。イキナリ黙りやがって」
「えっ、あ、す、すみません…っ」
「悠ちゃんの足、すっごくキレ〜。ほんとそそられ……」
「里中会計、自重って言葉を辞書で引いて下さい」
「小声で言ってるのに〜」
「それでも駄目です」
「………」
「…黒田書記も、ガチ無言は止めましょうよ」


と、桃矢が俊太にツッコまれてる…!!
珍しいモン見たなぁ。
つーか、何故に智也は顔を赤くして俺から視線を外したんだ?
ハッ、まさか…そんなに、見苦しいのか…!?


「…似合わないのは分かったから、コソコソするのは止めろ。不愉快だ」
「え〜? 似合ってるよ〜、悠ちゃん」
「すみません、悠里。そんなつもりはなかったのですが…」


うん? 似合ってるの?
よ、良かった…涙目になるとこだった。


「……悠里、気を付けて行けよ」
「気を付けてって…ンな戦地に赴くわけでもあるまいし…」
「その気合いで行って下さい。アンタ、新歓でチワワ軍団に追い掛けられたこと、もう忘れたとか言いませんよね」


うっ…忘れるわけないじゃんか。
大丈夫だと嘗めてたら、チワワ軍団こそが怖かったという事実。


「…チッ、うるせぇな。テメェらは自分の仕事しときゃ良いんだよ」
「はいはい、言われなくてもするんで。身体測定忘れてたお間抜けさんはさっさと行ったらどうですか」
「…お前、ほんとに口が減らねぇな」
「どうも」


俊太、お前は勇者だよ。
俺様な俺にそこまで言える奴はいない。
そして『お間抜けさん』には地味に傷付いた俺。
俊太の毒舌は的を射てるから、なかなか言い返せないんだよなぁ。
俺は如何にもイラついてます、な態度で生徒会室の扉を開けた。


「サボんじゃねーぞ。特に啓介」
「はぁい。行ってらっしゃ〜い」


ふるふると手を振って送り出してくれた啓介。
啓介ほんと可愛い…癒しだな。
そうして俺は、パタンと生徒会室の扉を閉めた。
まずは風紀室で委員を一人借り出して、そっから──保健室、だな。


綾部や森宮、もしくはレイが居たらこう言っただろう。

それ何てフラグ!? ……と。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ