【柳原学園中等部】

□第二章
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ふぅ、と綾部は落胆の溜息を吐きながら、今日は昼の街を歩いていた。
そろそろ黒揚羽と呼ばれ始めて一年が経とうとしている。
一年間もずっと大なり小なり徒党を組んでいる者たちを潰し続けていれば、流石にもう見かけなくなっていた。


「…族じゃなくてもう個人に狙いを付けるしかないか…?」


昼の街、金髪を靡かせる一人の男の呟きを誰も聞いてはいない。
族を狙っていたのは、初めて喧嘩をした相手が偶々どこかの族のトップだった流れからである。
あと徒党を組んでいる不良たちは気が大きくなりがちで喧嘩っ早く、やりやすかったから。
個人の不良でも良いが、やはり数が少ない分こちらが不完全燃焼になりやすい。
黒揚羽として有名になった彼にタイマンで勝てる不良は、この街には既にいなくなっていた。


「個人…個人か……」


やはり無理だな、と一人首を振る。
自分が少し強いだけなら他の不良たちも、イイ気になりやがって、と喧嘩を売りやすいのだろうが。
黒のパーカーに金髪、というだけで今では顔を背けられる始末。


「そろそろこの格好も止めて……」


パーカーの首もとを軽く引っ張ってそう呟く。
格好が変われば、また喧嘩を売ってくるようになるかもしれない。
それに成長期に差し掛かったのかそろそろこのパーカーも小さくなってきた。
……本当の母親を見付けて、呆然としたまま肌寒さを感じて買った黒のパーカー。
良い思い出なんてあるはずもなく、手放しても全く問題ないはずなのに。
これを手放すと、自分だけが知っているあの絶望を湛えた一年前の自身を、見捨てるような気持ちになって。


「あ、おーい! 金髪くーん!」


その聞き慣れた声に、ふ、と意識が浮上する。
声の主を探すと、女がこちらに手を振っていた。
綾部は溜め息を吐いてその女の元へ行く。


「お前な、大声で呼ぶの止めろ。目立つ」
「ごめんねー。それより、ホテル行かなーい?」
「…まぁ、暇してたし良いけど」
「やったー」


こっちこっちー、と語尾を延ばして綾部の腕を引く女。
以前お小遣いあげると言い誘ってきたクセに、自分とそう年齢の変わらなかったこの女とは、あれから何度かベッドを共にした。
最初は大人の女を装っていたが、今では素で話しかけてくるまでになった。
顔を背けられるこの街では稀有な人間。


ホテルに着き、雰囲気なんてないままお互いの欲を処理して。
ピロートークなんてものもなく、いつものように服を着ていた時、未だ一糸まとわずベッドの上で横になっている女が、綾部のその様子を見て口を開いた。


「金髪君ってさー、いつも黒のパーカー着てるけど、何か拘りでもあるのかなー?」
「…なんだ、突然」


綾部は一瞬動きを止めるが、着替えを再開する。
綾部と女はお互いの名前すら知らない、踏み込んだ会話もしない間柄。
セックスフレンド、とさえも言えるのか怪しい関係。
そんな女がそのような質問をしてくることは初めてだった。


「んー。何かさっき、自分のパーカー見ながらムズカシー顔してたからー」


見てたのか、と口にしそうになって綾部は黙る。
なんとなくその難しい顔をしていた自分を認めたくなかった。
しかし女の質問には答えてやろうと思い口を開く。


「拘りなんて、別に」
「ふーん? 金髪君は顔が良いし、なんでも似合いそー」
「そりゃどうも」
「たとえばー」


ホテルの備え付けか自分のものか知らないが、どこからともなく紙とペンを取り出し何かを描き出した。
少し経って、女は満足そうな表情をして、その紙に描いたものを見せてきた。


「こんな感じの服とか!」
「……服……?」


じゃん、と突き出された紙には、へろへろの線と、かろうじて人間だと分かるような何かが描いてあった。
じっと目を細めてそれを見る綾部に、女は頬を膨らませる。


「服だよ! これが金髪君でー、これが上着、これがパンツでー」
「これが服着た人間って言われても十人中十人が首を傾げる」
「うっ…自覚はある、かなー…」


目に見えてしゅん、と落ち込んでしまった女の旋毛を見て綾部は溜息を吐く。
そして女が持っていた紙とペンを取り、女が描いたものの横にサラサラと何かを描き出した。


「これが上着…これがこの装飾か…? このパンツは……」
「うぅ…金髪君?」
「……お前が言いたいのはこんな感じの服か?」


そう言って綾部が見せた紙には、明確に人間と分かる素体が男物の服を着たデザイン画が描いてあった。
それを見て女は目を輝かせる。


「わー! えっ、凄いよ金髪君! 私が思い描いた通りの服!」
「これくらい普通だろ」
「普通じゃないよ! じゃあじゃあ、女物の服とかも描ける?」
「女物?」
「私に似合いそうな服!」
「お前に…」


なんで俺が、と言おうと思ったがあまりにもキラキラとした目で見てくるものだから。
綾部は半眼になって口をへの字にしながらも、綾部は再度ペンを取る。
女物の服なんて知らないが。
多分綾部に似合いそうな服、と描いてくれた系統の服がコイツの好みなのだろう。
それならこれを女物に少しアレンジして、且つ大人ではなく、年相応に見えるような。


「…これでどうだ。文句は受け付けない」
「わ、わー!」


ぺい、と荒く渡された紙に女は顔を輝かせる。
キラキラキラキラ。
瞳の中に星が散ったような。


「すごい、私これ好き!」
「はいはい」
「金髪君、服のデザインの才能あるよ!」
「これくらい誰でも」
「出来ない! これ証拠!」


これ、と示されたのは先ほど女が描いたデザイン画。
何とも言えない顔をしていると、女はじっと紙を見つめる。


「…そんなに言う程のモンか?」
「…うん。すごく素敵だよー。なにより私を、…素の私を見て考えてくれた」
「それは…」
「嬉しい。私、これ宝物にする」


ありがとう、金髪君、と。
嬉しそうに、渋々描いたデザイン画を胸に抱く。
その表情に綾部は瞬かせ、顔を背け。
そこらに放り出された女の服を投げ渡した。


「いい加減服を着ろ。そろそろ外も寒い時期だ」
「わ、ありがとー」
「…それと」
「ん?」


服を着なおす女の顔を見ずに、綾部は口を開く。


「…お前の画力はともかく、デザインは良いんじゃないか」
「! …えへへ、ありがとー。やっぱり金髪君は優しいねぇ」


くふくふと笑う女に変な気まずさを感じる。
自分とこの変な女の関係性。
友達でもないし、恋人でも勿論ない。
お互いのことを何も知らないが、セフレというにはもっと深い何か。
期待されたくない女と、期待されない家族の中で異物である自分。
期待される女と、されない自分。
ありのままに見てほしいという共通の欲を持った同志。
そう、まるで、自分を見ているような。


「じゃあ俺は戻る。お前も…大人しくしとけよ」
「はーい。またねー、金髪君」


ひらひらと手を振る女に軽く手を上げて返し、ホテルを後にする。
またね、と再会を願う言葉を言われることはそうない。
街では二度と見たくないツラだと言われるし、学園では浅い付き合いしかしていない。


「…このパーカーも、変えて良いかもな」


このパーカーを捨てても、きっとあの一年前の絶望した自分を見捨てることにはならない。
そんな気がする。
綾部はそう呟いて、学園へと戻るべく足を進める。


意識が散漫になっていた綾部は、この時ホテルから出てくる姿を。
もっと言えば、ホテルに入る前、女と共にいた姿を。
ずっと見ていた複数の男たちがいたことに、気付かなかった。



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