短編・中編

□生徒会長と紙袋さん
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「清春くん、お疲れだねぇ」
「えぇ、まぁ。行事が多い時期ですから」


はぁ、と溜息を吐く俺に、お疲れ様というその優しい声に俺は幸せを噛み締めた。
そして横に座る人物に、目をちらりと向ける。
そこには、茶色の紙袋を被った男が一人座っていた。


この永城学園<ナガシロガクエン>には注目される人物がそれなりに居る。
例えば陰陽師の家系の教師とか、誰とも馴れ合わない一匹狼とか、屋上を陣取って宇宙と交信してるらしい不思議君とか。
そいつらは触らぬ神に何とやら、と他の奴らから遠巻きにされてる。
でも逆に、人気者も居るわけだ。
例えば生徒会役員、特に生徒会長の俺、永城清春。
家柄良し、容姿良し、性格もまぁそこそこ良しの三拍子、流石俺。
でももしかしたら俺よりも人気者かもしれない人。
それがこの、通称紙袋さん。

永城学園は初等部、中等部、高等部、大学部の共学だ。
勿論途中編入も受け入れていて、逆に他の学校への転校も許可されている。
寮もあり、寮から通う生徒も居れば自宅から通う生徒も居る。

永城、という学園の名前と俺の苗字からも分かるように、俺の親父がこの学園の理事長だった。
俺の親父はどうにも面白い物事が大好きで、だからこそ陰陽師の末裔を教員採用したり一匹狼とか不思議君とかの入学を許可した。
まぁ、そこら辺の性格はもう直らないと諦めてはいる。
あ、ちなみに俺が人気なのは七光りだけじゃないから、実力だから。
…とか、今だからこそ言えるけど、最初からこんな自信満々だったわけじゃない。


初等部に俺が入学した時、俺は周囲の期待を背負っていた。
理事長の息子、嫌でも注目を浴びる。
一挙一動が全部評価されてるみたいで、ひどく疲れていた。
だから一人になりたくて、桜がひらひら舞ってる裏庭をブラブラ歩いてたら出会ったのだ。
紙袋を被った少年に。

その紙袋を被った少年は桜の木々の間に佇んでいて、俺に気付いたのか「あの」と声を掛けて来た。
でも紙袋を被るという異様な少年に俺は一瞬固まった後、全力で逃げ出した。
逃げようと、した。
だけど逃げようとした俺の足元に木の根がちょうど出っ張っていて、それはもう綺麗に引っ掛かってズシャーっと転んだ。
痛みを覚えて起き上がれば膝からは血が出てるわ汚れてるわで散々だった。
でも理事長の息子、泣くわけにはいかない。
そうして我慢していると、視界に足が入って来た。
そう、あの紙袋の少年だ。

逆光で更に怖い雰囲気を醸し出していたその少年は、俺の前に屈みこんだ。
よく見ればオロオロしているように見える。
そしてその少年は、血が出ている膝に恐る恐る手を翳して言ったのだ。


「いたいのいたいの、飛んでいけー」
「……」


まさかの行動に目を丸くしていると、その少年はガサリと紙袋を鳴らして首を傾げた。


「…や、やっぱり、痛いよね? ごめんね、驚かせちゃったね」
「…ぷっ」
「え?」


一人であたふたしてるソイツを見てたら、何か笑いが出て来てつい噴き出した。
それと同時に、どばっと涙が出て来て止められなくなった。
その時に、少年はジッと俺を見つめた後、頭を撫でて言った。


「今まで我慢出来て、偉かったね」


それはきっと怪我のことだったんだろうけど、俺には周りからの期待に押し潰されないように頑張ったね、という風に聞こえて。
大声で泣き喚いたのはいい思い出だ。

それから周りの噂によれば、その紙袋の少年は一年前から現れたらしい。
気が優しく、裏庭に居ることが多いため皆の話し相手になってくれる、と。
どうやら極度の恥ずかしがり屋らしく、紙袋を被ることで落ち着くのだそうだ。
一年前ということは二年生かなとあたりを付けて、俺はそれから毎日のように会いに行った。
会えない日もあったけど、会える日は俺の話を聞いてもらったり相談に乗って貰ったりした。
一度大声で泣き喚いてしまった相手、今更取り繕うことはないと思っていた。

でも年月を経て、お互い声変わりを果たした頃に俺は自分の中のとある感情に気付いた。
そう、いつの間にか俺はこの紙袋さんに恋情を抱いていたのだ。
小学一年生から積もりに積もったこの感情は、見事花開いたというわけだ。

それからはこのままじゃ駄目だと、高校一年生で生徒会長になり、カッコいい所を見せようとちょっとキャラを変えてみたりした。
まぁ、紙袋さんは生徒会長になった俺に「凄いね、清春くん!」とあの時と変わらず頭を撫でてくれたのだが。

顔も分からない、本当の名前も知らない。
それなのに恋をしているというのは変なのかもしれない。
だけどそれでも良い。
永城学園は大学部まであるのだから、まだまだ時間はある。
と、思っていたんだが。


「俺、大学は他の所行くかも」
「は?」


まさかの告白である。



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