【一ノ宮学園】
□第二章
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「そう言えば、生徒会と風紀、やっぱ仲が悪いようだな。F組は他クラスから恐れられてるようだし」
「そっか、難しいなぁ…」
「俺、二年B組の学級委員長になったからそこからも攻めてみる。ちょうど今度学級委員長会があるようだしな」
「え、もうクラスのトップに君臨したの? 流石ハル…」
トップに君臨って、言い方。
遥は少し笑って違うと手を振る。
「担任の碓氷が面倒くさがりで、俺に押し付けただけだ。で、それに俺は乗った」
「なるほど」
「それから色々あって碓氷も仲間…とまでは言わないが、協力してくれることになった」
「え、無償で?」
「お前の碓氷への懐疑心はなんなんだ。まぁ、無償じゃなくて俺の素顔を条件に…」
「見せたの!?」
ガタッ、と椅子を鳴らして勢いよく立った忍に遥は目を瞬かせる。
その真剣な表情、もしかして素顔を見せることはそれ程までにタブーだったのか。
「えっと…見せた。どうしても見たいって」
「水瀬、碓氷修哉を辞めさせよう」
「ちょっと待て、碓氷は良い人間だと思うぞ? ちゃんと見極めたから」
「ハルにそこまで言わせるなんて…許すまじ」
「おい、シーノー?」
忍がこんな歪んだ顔を見せるのは、高校の修学旅行でもう一人の親友の幹彦が遥を押し倒した時以来かもしれない。
幹彦はちょっとしたおふざけだとニヤニヤ笑っていたが、その後の修学旅行期間はなかなか忍が遥から離れなかったものだ。
しかしここまで怒るとは、碓氷にキスされたことは黙っていた方が良さそうだ。
言ったらきっと危ない、碓氷の首が。
社会的にも、物理的にも。
「忍様、落ち着きなさいませ。遥様が驚かれていますよ」
「む…だって、ハルの本当の姿見たら絶対好きになるもん…」
「そんな物好きはお前とミキくらいだ」
「中学も高校もモッテモテだったくせに!」
それはお前もだろ、と言うと、そういうことじゃなーいー!! と叫ばれた。
もしかしてこのワイン、度数が高いのだろうか。
遥はアルコールに強い方だからよく分からない。
しかしこれ以上酔うと真面目な話は出来ないだろう。
遥が水瀬に目線をやると心得ているように水瀬は微笑んだ。
テーブルに突っ伏している忍に気付かれないようにそっと遥の耳に口を寄せる。
「遥様もこれ以上、お飲みになられないようお願い致します」
「?」
水瀬の言葉の真意が分からなかったが、こくりと頷くと水瀬は頭を下げて静かに下がった。
「で、シノ、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「俺、明日から出張…ハルに会えない…」
「そうか。頑張れ、ってしか言えないな」
「ハルぅ…」
べそ、っとボロボロ泣きだした忍。
…これは何かあったな。
大方慣れない仕事のストレスや社会の舞台に出たことへの不安。
理事長としての挨拶回りへの疲れ、と言ったところだろう。
ふぅ、と遥は息を吐いて椅子を引き、ぽんぽんと自分の太腿を叩いた。
すると忍はよたよたと寄って来て、ちょこんと遥の足の上に乗った。
忍が落ちないように腰を引いてやる。
「ほんっと、お前は甘えただな」
「ハルにしか甘えないもん…」
「存分に甘えろ、受け入れてやるから」
ぽたりと忍の涙が遥の頬に落ちて来た。
顔が赤いのは酔っているからか、それとも。
忍はゆっくりと遥の首に腕を回した。
「ハル、…キス、したい」
「…どうした? この学園に感化されたのか?」
「ハル、碓氷ともキスしたでしょ」
遥は目を見開いた。
そういう素振りは一切見せなかったつもりだったのに。
しかしその反応で確信を得た忍は目を兎のように赤くして、やっぱりと呟く。
「お仕置き」
「シ…っん…!」
ぐい、と忍は遥を抱き寄せ唇を重ね合わせた。
遥は驚いて忍の腰を支えていた手を離しそうになったが、そうすると忍は背中から落ちて頭を打つ可能性がある。
「ん…はる…っ遥…っ」
「ぁ、ふっ…ん」
キス自体は優しいものだったけれど、忍の遥の名を呼ぶ声はどこか必死さを孕んでいて。
様子が変だ、どうしたのだろうか。
──まぁ、良いか。
忍が満足、するのなら。
そう思った途端、忍の唇が離れた。
つ、と銀色の糸が二人の口を繋ぐ。
「やっぱり…やっぱりそうなんだ…」
「…シノ?」
「何で、抵抗しないの。何で、なんで…」
ぎゅっと抱き付く忍の背を、ぽんぽんと撫でる。
忍のこの情緒不安定は昔からだ。
そしてこの不安定さの根本には、大体遥の姿がある。
「抵抗するわけないだろ、お前が困ってんだから」
「…っ、そんなんだから、ハルがそんなんだから…うぅぅ…っ」
「よく分からんが、よしよし」
優しく頭を撫でるとぐりぐりと頭を擦り付けて来る。
時間が経つと鼻を啜っていた音は寝息へと変わった。
しょうがないヤツだな、と遥は苦笑して忍を抱き上げて閉まった扉に向かって声を掛ける。
「水瀬さん」
「はい。…寝てしまわれましたか」
「随分と、荒れてましたね。何かあったんですか?」
「実は、幹彦坊ちゃ…幹彦様に遥様のことを報告した際、口喧嘩になったようでして」
「ミキと? …だからか」
中学高校で共にヤンチャをしていた三人。
しかし遥バカの忍と幹彦は度々ぶつかることがった。
それはほとんどがじゃれ合いのようなものだったのだが、そのせいで仲良しこよしとは言えない。
だからこそ今回再び遥を巡って大きな喧嘩をしてしまったのだろう。
「ミキは俺に過保護だからなぁ」
「大切になされているのですよ、お二人とも」
「俺も二人が大切なんだがな」
存じておりますとも、と水瀬は微笑む。
昔から、見て来たのだから。
「じゃあ、後は頼んでも良いですか?」
「はい。今宵はありがとうございました遥様」
「いや、こちらこそ。美味しかったです、ご馳走様でした」
また良いのが手に入ったら呼んで下さい、と再び変装をしながら冗談交じりに言って遥はその部屋を去った。
外を歩くと夜空には星が瞬いている。
「仲直り、させてやらないとなぁ…」
しかしこちらから連絡すると何だか怖いことになりそうだ。
かと言ってこのまま遥から連絡がなくても怖いことになる。
幹彦を蚊帳の外にしてしまっていた自分を少し悔いながら寮へと足を進めた。
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