【霞桜学園】

□第二章
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「さて、資料は皆に行き渡ったな」


間宮から企画が固まったからミーティングをしたいと言われたのが、合同総会があってから約三週間後。
会議室には生徒会役員と風紀委員長、副委員長、そして生徒会専任特別風紀委員である神山が揃っていた。


「詳細が遅くなって悪かった。各方面と調整してようやく形になった」


今回は間宮本人が立案から実行前までほぼ一人で企画していた。
風紀委員長の山下とは最低限の相談と調整は行っていたようだが。
当の山下からは、今回の企画では神山の手を大いに借りることになると思う、としか言われていない。
何故か詳細が伏せられたまま、この企画は進行していた。


「ざっと見たところ、他校との交流会、ですか?」
「そうだ。先日の合同総会で俺が発表した内容について他校の生徒会長から申し出があった」
「かいちょーが発表した内容って?」


空の質問に、間宮は一瞬神山に視線を向けるがすぐに空に向き直る。


「生徒会専任特別風紀委員についてだ」
「あー、確かに、他校にしてみれば珍しいかもしれないねっ」
「霞桜でも神山が就任するまでいなかったしねっ」


双子だけでなくそれぞれが納得したように頷いている。
確かに神山も中学の時いくつかの高校を進学先として調べたが、特風のような役職がある学校はなかった。
間宮たちの話を聞きながらも、神山は資料を読み進める。


「その場で説明したんだが、いまいち分からなかったらしくてな」
「かいちょーの説明がド下手だったんじゃないかなっ」
「神山の役職だぞ。俺に説明漏れはねぇ」
「さす、が…かいちょ…」
「それは凄い説得力ですね、ふふ」


王子の如き笑顔なのだろうが、多分今の笑い方は本性の方だ。
内心呆れながら、企画の概要に目を通す。
なるほど。


「だから向こうの高校の奴らを迎えて、俺の仕事振りを見せるってことか」
「あぁ。百聞は一見にしかずってな」
「お言葉ですけど。当の神山先輩に一言もなかったのはどういうことですか?」


風紀副委員長、自称神山司親衛隊隊長の清水が手を挙げる。
本来ならこの企画の要となる神山に一言あるべきだった。
間宮だけなら勝手に神山が了承すると思ってどんどん企画を進めていた可能性も否定出来ないが、今回は委員長の山下も一枚噛んでいるのだ。
彼ならば確認はするはず。
そう言うと、山下は眉を下げて苦笑する。


「悪かった。ただ…」
「俺が神山には詳細を伏せてくれと頼んだ」
「でも何もないのはあんまりだから、神山の手を大いに借りることになる、とだけ伝えたんだが…」


確かに言われた。
しかし大いに、どころか、自分が要だとは思わなかった。
でも。


「山下の言うことだし、悪いことはねぇと思ってたな」
「その信頼を裏切ってしまって本当に申し訳ない…」
「お前のせいじゃねぇだろ」


気にするな、と神山はプラプラと手を振る。
大したことではないし、そんな罪悪感満々の表情で謝られたら何も言えない。
それに山下には色々と黙ってもらっている借りもある。


「でもでも、なんで神山司に黙ってたのかなっ?」
「サプライズのつもりだったのかなっ?」
「…サプ、ライズ…あんまり、嬉し、くない…」
「悪手ですね。俺たち親衛隊ならもっと上手くやります」
「報連相って知ってますか? 間宮」
「うるせーな」


次々と責められる間宮も、鬱陶しそうにシッシッと手を払う。
そして間宮は頬杖をついて、じっと神山を見つめた。


「事前に言ったら、神山は断るからだよ」
「そんなこと…」


ねぇ、と神山は言いかけて、資料の概要の下。
交流する高校の名前に目を留めた。
【照川高校】、その隣の名前。
生徒会長、須藤幸一。
風紀委員長、瀬川和久。


「……ッ」


その瞬間、突然神山の纏う空気が一変した。
重くて刺々しくて、息をするのも苦しく感じるような。
その空気に二人以外の人間は神山を見つめて唾を嚥下する。
二人以外。
当の神山と、間宮だった。
神山は微かに資料を持つ手に力を込める。
くしゃりと紙に皺が刻まれた。


「…間宮」
「なんだ」
「俺が断ると知って、この企画を立案したのか」
「企画自体は須藤が持ってきた。アイツはお前に会う前から特風に興味があったみたいだな」
「交流会をしたいと言ったのは向こうか」
「そうだ」
「お前は」
「俺は?」
「お前は何でこの企画を受けた」
「他校との交流は霞桜の発展に繋がると思ったからだ」


神山と間宮の矢継ぎ早な会話に誰も口を挟めない。
間宮がはっきりとそう口にした後、神山は少し黙る。
そして息を吐こうとした瞬間、間宮がただ、と続けた。


「相手が照川高校で、須藤で、お前らの言動を聞いて」
「……」
「企画立案にお前のことが全く過らなかったと言えば、嘘になる」
「…他意がある、と」
「正直、ある」


キッパリと言い切った間宮に、戸高たちはバカー!と内心叫ぶ。
よく分からないが神山の様子から、そこは無かった、と言った方が良かったはずだ。
ヒィ〜、と身体が大きく安定感のある大塚へ、双子と戸高は身体を寄せる。
清水も山下も思わず黙って成り行きを見守ってしまうが、ここは自分しかいないと山下が神山に声をかけようとして。
ふっ、と威圧感が霧散した。
目を瞬かせて発信源を見ると、神山は軽く息を吐いている。


「…はぁ。分かった。引き受ける」
「…やってくれるのか?」
「そのつもりで持って来たんだろ。ただし、やり方もこいつらへの接し方も口出しするな」


それが条件だ、と言いながら神山は立ち上がる。
その様子に、間宮は思わず肩の力を抜いた。


「絶対殴られると思った」
「殴りはしねぇ。…テメェが気にしてんのは分かってたしな」


合同総会で神山と須藤のやり取りを見た間宮。
何故か最初から過保護気味だった間宮のことだ。
あの後すぐに問いただしたかったに違いない。
しかし口に出すことはしなかった。


「まぁ、そう…」
「だから今、もし他意なんて無いっつったら、俺は霞桜中退して、また姿くらませようかと思ってたんだが」
「……え」
「その馬鹿正直さに免じて受けてやる。交流会と俺の問題は別モンだしな」


ひら、と資料を示しながら神山は扉へと向かう。
そして、でもな、と振り向きざまに口を開いた。
それはもう、今までに見たことがないほどの、所謂『ブチ切れ顔』で。


「これ以上余計な真似しやがったら殺す」


手にかけた扉がミシミシと音を立て、神山は会議室を後にした。
しん、という沈黙が会議室を覆う。
皆はそっと間宮を見た。
額を押さえて、一筋汗を流している。


「…ああ見えて口が達者な神山司が、ストレートに殺すって…」
「ガチだよ、かいちょー…病院送りじゃなくて霊安室送りだよ…」
「……ちょっと、だけ…怖かった…」
「何があったのか聞きたいのは山々なんですが、知ってしまうと私達まで余計な真似をしそうですね…」


情報に強い戸高だからこそ、知らない方が良い情報もあることを知っている。
多分知っているだけで、神山から警戒の対象として見られてしまうはずだ。
今の間宮のように釘を刺される。


「本当に余計な真似しないで下さいよ。親衛隊が非公認から公認になる前に対象者に中退されたら困ります。そうなる前に俺がヤる」
「清水、余計にややこしくなるだろう」


あの威圧感から解放されて、各々好き勝手に物を言う。
そんな中、間宮は内心長い長い息を吐いていた。


「今までの人生で一番の綱渡りだった……」


順風満帆、困難も努力で乗り越えてきた間宮。
しかし先程のやり取りで、少しでも間違えば想い人を失うところだった。
多分、神山は本気だ。
中退も本気だし、殺すと言った言葉も本気だろう。
自分の悪運の強さに感謝しながらも、間宮は次のことに頭を巡らせる。

悪いな神山。
余計な真似上等。
神山のためなんて言わない。
俺が俺のために、神山を助けたいだけだ。
好きだから。救われたから。
今度は俺が。

間宮はグッと、拳を握った。


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