【霞桜学園】

□第二章
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(間宮side)


車が発進すると神山は行きとは違い、窓の外を静かに眺めていた。
霞桜の、最恐不良と呼ばれる神山とも、特風の神山とも違う。
何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか、俺にはまだ分からない。


「葉月。今更だが、神山の家までのルートは知ってるんだよな」
「はい。事前に頭に入れております」


葉月に限って抜けはないか。


「そう言えば俺が総会に出ていた間、お前たちは何してたんだ?」
「私について少々お話を」
「葉月について?」
「はい。中等部高等部の専属の運転手であることや、私の娘についてなどを」


娘について話したのか。
それはまた…葉月は結構親バカだから、聞き続けるにはツラい所もあったんじゃないのか。
その話から脱するために俺を迎えに来た可能性すらあるな。
車は迷うことなく走り、段々と住宅街に入っていく。
そして暫く入った所で、車は停まった。


「神山様、到着致しました」
「…ありがとうございます。ちょっと行ってくる」
「俺もついて行こうか?」
「絶対来んな」


まぁ、神山の家に行くのは婚前挨拶の時で良いか。
その思考を読んだかのように、神山が俺を半眼で睨んでくる。
神山が外に出るのと同時に俺もドアを開けた。


「葉月、俺が一応車の外に立っておく」
「それは私が…」
「外で神山の家直接見たいんだよ。察しろ」


そう言うと葉月は、なるほど、と微笑ましそうに頷き、ではお願いしますと頭を下げる。
俺すらもそんな父性溢れる表情で見るんだから、実の娘なんて察するに余りあるよな。
神山は俺も外に出たことに、もしかして本当について来るつもりかと顔を顰める。


「違ぇよ。こんな車がこんな住宅街に停まってたら不審に思われるから、一応説明係として立っておくんだよ」
「あぁ…金持ちの車は大変だな」
「こっちは気にせずのんびりしてくれば良い」
「多分今の時間家に誰もいねぇけどな」


一応行ってくる、と神山は言って自宅に入って行った。
その姿を見送って、俺は改めて家を眺める。
表札には、神山。
壁はクリーム色で、庭の花壇や植木鉢には色とりどりの花が植えられている。
華やかでも、寂れてもいない、まさしく一般的な家。


「ここで、神山は育ったのか」


何となく感慨深い。
好きな相手のことを知れるのは、この上ない幸せだ。
自慢したい気持ちと、誰にも言わず秘密にしておきたい気持ちがせめぎ合う。
神山のことなら、生徒会長の権限を使えばいくらでも情報を知ることが出来るだろうが…。
やはりただの間宮裕貴として知りたいし、神山から教えてもらいたいところでもある。
教えても良いと、思ってほしい。
そこまで心を開いてほしい。


「少なくとも、ここまで同行しても良いと思われるくらいには許されてるよな」


そんな深いこと思っているわけではないかもしれないが、俺はそう思っておく。
神山相手にはポジティブに行かないと駄目だ。
俺に対しては特に塩対応が凄いからな。
尚輝にはデレるくせに。
……尚輝の仕事、増やすか……。
そんなことを画策していると、ザリ、と地面を踏みしめる音がした。
そちらに視線を向けると、同い年くらいの男がこちらを不審そうに見ている。
やはり不審に見えるよな。
こんにちは、と挨拶をすると、こんにちは…と向こうも返す。
ほんの少しだけ、不審そうな顔が和らいだ。


「道を狭くして悪い」
「いや…って言うか、俺の家、ここなんで」
「ここ、って…」


男が示す先は、先程神山が入って行った家。
思わず目を瞬かせる。


「…神山?」
「まぁ。…俺の家に何か用ですか」
「そうだったのか。実は今、訳あって神山…神山司をこの家に送り届けた所だ」
「!! …兄貴を? 今、家に居るのか」


兄貴ってことは、コイツは神山の弟か。
弟なんていたんだな。
制服に鞄…時間的に下校して来た感じか。


「…こんな所まで付き添ってるアンタは、兄貴の何だ?」
「友人のようなそうでもないような関係だな」
「友人はないだろ」


そんなハッキリ言わなくても良いだろ。
間宮裕貴には塩対応しろって神山家の遺伝子にでも刻み込まれてんのか。
すると神山弟は無表情だったその顔を微かに不快そうに顰める。


「兄貴はもう、友人は作らないはずだ」
「…作らない?」
「…知らないのか」
「ダチは要らない、っていう話は聞いたことあるが」


すると神山弟は直ぐにまた無表情に戻って、ふぅんと呟く。


「アンタ、兄貴のこと大して知らないんだな」
「…何だと?」
「家に来るくらいだから相当仲良いと思ったけど、思い違いだった」


もう話すことはないとばかりに、神山弟は玄関に向かう。
その時玄関が開き、中から神山が出て来た。


「旭…」
「…帰ってくるなんて聞いてないんだけど」
「…誰も居ない頃に着くと思ってたからな」
「誰かが不法侵入したと俺たちが思ったらどうしたわけ? 考え無し過ぎる」
「もう戻る。母さんたちにはお前から言っておけ」
「あんなことしでかしといて、俺に命令? 図々しい」


忌々しげに神山を見ている。
あれは、兄弟を見るような目付きじゃない気がする。
しかし神山は慣れているようにそれを流した。


「お前が俺を嫌いなのは分かってるから。そう目くじらを立てるな」
「っ、アンタは、いつも…っ」
「間宮。待たせたな」
「弟との語らいはもう良いのか」
「語らいなんて微笑ましいもんじゃないのは一目瞭然だろ」
「そいつ。霞桜生徒会長の、間宮家長男の間宮裕貴だろ」


突然俺のことを言いだした神山弟に、俺も神山も足を止める。
何で知ってるんだ、そんなこと。
…まぁ、霞桜のHPを見れば生徒会長である俺の顔写真も載ってはいるか。


「年下にも呼び捨てされるって、お前嘗められ体質だな」
「お前の弟と井川が特殊なんだよ。俺は基本的に崇められ体質だ」
「お前はお前で世間嘗め過ぎだろ」
「…そうやっていつも、俺の話も、コウ君たちの話も、聞かないよな」
「真剣に聞いてどうなる? 聞いたところで俺は変わらない」


もう帰って良いか、と神山は興味無さそうに車のドアに手を掛ける。
すると神山弟は視線を俺に移して、馬鹿にしたように見下してきた。


「…兄貴みたいな不良とつるむなんて、御曹司って言ってもたかが知れるな」
「旭」


その瞬間、その短い言葉に圧すら感じる声が、神山から発せられた。
神山弟は、反射的にビクリと肩を震わせたように見える。
さっきまで興味なさげに流していた神山は一転、鋭い目付きで弟を睨みつけていた。


「俺のことは好きに言っても構わない。だが、間宮にもその矛先を向けるのは筋違いだ」
「な、何…」
「俺の人間性と間宮の人間性は関係ないはずだ。賢いお前なら分かるだろ」
「っ、他人のことには怒るんだ? どれだけ俺が兄貴を責めても、反論すらしなかったくせに?」


ギリ…と神山弟は歯を食いしばる。
別に俺は怒ってはいないんだが、口出しするべきではなさそうだ。
神山と俺の怒るポイントが違うことは承知してるしな。
神山は黙って弟を見つめ続けていたが、神山弟がついに我慢出来なくなったらしい。


「そういうところがムカつくんだよ!! ずっと独りきりでいれば良い!! ばーかばーか!!」


そう言い捨てて、神山弟は荒く玄関を閉めてしまった。
何というか…幼い精一杯の罵詈雑言って感じだったな。
最後のが素なのかもしれない。
神山はふぅ、と呆れたように息を吐いた。


「弟が悪かった」
「いや、気にしてねぇ」
「どうにも幼さが残ってるんだよな、旭は…」


あんな悪態をつかれても、今の神山は兄らしい。
車に乗り込んで、葉月に車出してくれと頼む。


「お前、弟いたのか」
「あぁ。俺とは比べ物にならないくらい、優秀なやつだ」
「高く評価してるんだな。向こうはすげぇトゲトゲしかったが」
「昔はもっと可愛げあったんだけどな。まぁ…仕方ねぇと言えば、仕方ねぇよ」


ふっ、と。
神山はまた変な表情を浮かべる。
学園でも時々見る、何を見ているのか分からない顔。
何が仕方ないのか、今訊いても答えないんだろうな。
だが、一つだけ。


「…ずっと独りきりってのは間違ってるよな、弟」
「あ?」
「俺はお前を、独りきりにさせるつもりはねぇから安心しろ」


そう言うと神山は先程の弟の言葉を思い出したのか、目を瞬かせた。
そして少し口の端を上げて、ばぁか、と呟く。
それを見て俺は窓の外に視線を移した。
独りきりにさせるつもりはない。
この言葉をただの表面的なものにするつもりは、毛頭ない。
合同総会で再会した須藤の姿を思い浮かべる。
俺の一存で約束した、『アレ』。
あーあ、マジで神山に嫌われるかもしんねぇなぁ…。
ごん、と窓に頭をぶつけた俺に神山は目を瞬かせていた。



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