【霞桜学園】

□第二章
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(no side)



生徒会室を後にした神山と三谷は、共に校内を巡回していた。
神山が特風として馴染んで来たのと同様に、いつもその傍らにある三谷に対しても生徒たちは違和感なく挨拶を交わす。
三谷は挨拶を交わした生徒たちの背中を後ろ目に口の端を上げた。


「俺がお前の飼い犬だっての、浸透してきたじゃねぇの」
「俺は納得してねぇ」
「でも最近じゃ飼い主様っつっても訂正しねぇだろ」
「それに関しては面倒くささが勝ったんだよ」


お前がしつこすぎてな、と舌打ち交じりに言う。
しかし三谷は俺の粘り勝ち、と嬉しそうに片眉を上げた。


「そんで、今日はどのルートで行く?」
「いつも通り、外から回って校舎に行く」
「了解」


そう短い会話ながらも確実に情報共有を行なう。
こういう姿を見せるといつも睨んでくる男が一人居る。
生徒会室を後にする時も睨んで来たあの顔が、三谷は愉快で堪らなかった。
実力主義の霞桜生徒会長という座に君臨しておきながら、恋愛に四苦八苦している。
勿論三谷は本気で神山に一目惚れしているが、それはそれとして間宮の動向観察も一つの趣味だった。
これを神山に言えば、悪趣味、と言うんだろうが、そもそも本人はいまいち分かっていない。


「生徒会長も、意外と面白れぇ男じゃねぇの」
「なんだ急に」
「ああいうタイプ嫌いじゃねぇのよ、俺」
「そうか。間宮はお前の事本気で好きじゃないっつってたけどな」


神山は見回りながら、以前言っていた間宮の言葉を伝える。
三谷はそりゃ残念、と軽口で返した。
多分自分と間宮、そして神山の思う好き嫌いは種類が違う。
そこら辺をもっと突っ込んでみたいが、また悪友二人に絞られては堪らない。
龍と虎は本気で怒らせると、何をしでかすか分からないのだ。
そう考えて、三谷は話を別の方へ持って行く。


「そう言えばこの前、学外で総会あったんだろ。どうだった」
「…どうだった、って何だ」
「飼い主様は外部入学だし、一般校の奴らに懐かしさとか覚えたりしたんじゃねぇの?」


そう三谷が何気なく言うと。
神山がピタリと、足を止めた。
三谷も足を止め、後ろを振り返る。


「おい?」
「…懐かしさなんて、覚えるわけねぇだろ」
「……神山?」


神山は苦虫を噛み潰したような、苦渋の表情を浮かべていた。
そして足を進め、吐き捨てるように口を開く。


「総会なんざ、行かなかったら良かった」
「何かあったのか」
「何も」


それだけ言って、神山は黙る。
その顔を横目で見ながら、三谷は内心ふぅん? と呟いた。
何もなかった、なんてことは絶対にないだろう。
あの神山が、行かなければ良かったなんて言っているのだから。
真っ先に思い浮かぶのは、間宮に何かをされた可能性だが、先程間宮のことを話している時はいつも通りだった。
なら、その一つの可能性は消える。
もう一つ考えられることとすれば。
懐かしさを覚えるような誰かに、会った?


「司先輩!! …と、みたに……」
「井川」


元気な声が神山の名前を呼び、続いて嫌そうに三谷の名が呼ばれた。
その声の主、井川に気付いた神山は足を止める。
井川はまるで大好きなものに駆け寄る犬のように、神山に走り寄って来た。


「よぉ、井川。相変わらず飼い主様が大好きだなぁ、俺の」
「司先輩はお前の飼い主じゃない! 皆の飼い主だ!!」
「違ぇけど?」


井川と神山の言葉に、三谷はケラケラと笑い声を上げる。
このまま三谷に付き合うと良いおもちゃにされるのが目に見えている神山は、井川に視線を向けた。


「お前は今、何やってるんだ?」
「部活! の休憩中」
「部活って確か」
「パルクール部!!」


ブイ、と井川は無邪気な笑みを浮かべてVサインをする。
どうやら所謂井川事件の時、四階の食堂から逃げる時に窓から飛び出して、雨どい等を利用し降り立ったその身軽さに目に付けたパルクール部員がスカウトしたらしい。
そもそも霞桜にパルクール部なんてものがあったのにも神山は驚いたが、事件の中心であった井川をスカウトする部員の行動にも驚いた。
だが井川にとってそれは救いでもあったし、チャンスでもあった。
井川はそのスカウトを受け、頭角を現しているらしい。


「元々跳んだり登ったりするのは得意だったけど、機能的なのに魅せるように移動するっていうの難しいんだなぁって」
「それにしては楽しそうだな?」
「めっちゃくちゃ楽しい!」


二カッ、と笑った後、井川は微かに目を伏せて微笑む。


「これも、司先輩が俺を助けてくれて、そして皆が許して…いや、許そうとしてくれてるおかげだ」
「…お前、本当にあの井川優馬か? 俺がお前押さえた時、ズレてたネジ嵌ったのか?」
「俺は元々こんなんだよ! お前より司先輩の犬上手くやれる自信あるし!!」
「それはぜーったい無理だし、このポジションは譲りませぇん」
「うぅぅう、わんわんわん!!」
「はっ、子犬がきゃんきゃん鳴いてらぁ」


どこを競ってるんだと神山は呆れる。
しかしきっと、この二人はこれで良いのだ。
なにせ、強姦未遂魔と被害者。
三谷は本気ではなかったものの、恐怖は本物だったはず。
それなのに今こうして、よく分からないことで言い合いが出来ている。
全部見て来た神山に、その関係性に口出しをする権利も意思もなかった。
しかし更にヒートアップしそうな気配を察した神山は、その口論には口を出す。


「三谷、必要以上に挑発するな」
「飼い主様の仰せのままにぃ」
「ぐぅぅ…っ」


犬として躾けられてるのは俺、と言わんばかりに三谷は勝ち誇った表情を浮かべる。
それに井川は悔しがるが、そこは悔しがる所じゃないだろと神山は内心ツッコんだ。
自分の犬という立場にどれだけの価値を見い出してるんだコイツらは。
神山は、で、と話を逸らす。


「井川、休憩もう終わるんじゃねぇのか」
「あっ、そうだった! 俺、これを司先輩に返そうと思って!」


そう言いながら、井川は自分の首元に手を持って行き、首に掛かっていた環から頭を抜く。


「何だコレ。シルバーリング?」
「…っ」


それを初めて見る三谷の横で、息を呑む神山。
井川はその様子に気付かず、三谷の言葉を肯定する。


「このリング、司先輩から預かってたんだ」
「へぇ。そう言や神山、よく首っつーか、胸元に手ぇ持って行ってたもんな。これ服の上から触ってたのか」
「…触ってた、か?」


三谷の言葉に尋ねると、三谷は頷く。


「頻繁にじゃねぇけどな。『今日の夜、ベッドで会おう』みたいなサインかと」
「司先輩がそんなことするわけないだろ」


鋭い井川のツッコミに、するわけなさそうな神山がそんなことしてたら滾るだろうが! と力説している。
それには一理ある、と言うように考え込む井川に神山はツッコまず、違うことを口にした。


「…それ、お前にやる」
「え!?」
「なんだ、いらねぇなら俺にくれ。二つあるし、一つだけでも良いぜ?」


そう言って三谷がそのシルバーリングを手に持ちじっくりと眺め、ふと気付く。
英字が彫ってある。
この感じからすると、イニシャル。


「K.S、と、こっちは…」
「だ、だめだめ!! 司先輩、言ってたじゃん! これは宝物だって!!」
「言ってねぇ」
「言ってた! これに、き、キスもしてた!」


返す! と神山に突き出すが、神山は受け取る気配がない。
なら、と神山は三谷に視線を移す。


「じゃあ三谷、お前にやる。捨てるなりなんなりしろ」
「じゃあ、ありがたく貰おうじゃねぇの」
「お、お前にやるくらいなら、俺がまだ預かっとく!」


シルバーリングを貰おうとした三谷の手から井川はそれを隠すように、再び首にかけた。


「司先輩、返してほしくなるまで、俺が大事に預かっとくから」
「捨てて良い」
「大事に持っとく!!」


ぎゅっと胸元を掴む井川に、好きにしろと言い置いて、神山は巡回に戻った。
三谷も神山を追おうとしたが、井川の呟きに足を止める。


「あんなに、大事にしてたのに…」
「…お前、そのシルバーリングに刻まれてるイニシャルの相手って知ってるのか」
「知らない。でもあんな…本当の本当に、大切そうに、宝物って言ってたし…」


この学園にいる誰も及ばないくらい、大切な人なんだと思う、と。
二つのシルバーリングに刻まれた、それぞれ違うイニシャル。
聞けばこれを預かったのは総会の前らしい。
そして今、総会の後には、要らない捨てろ、と。
そしてさっきまでの会話を合わせて考える。


「…総会で、懐かしい…ダチか誰かに会って、様子がおかしくなったのか…?」
「…お前、司先輩の嫌がる話とか、するなよな」
「テメェに言われなくてもしねぇよ」


嫌がられるのも嫌われるのも悪くはないが、興味がないと、切り捨てられるのは勘弁願いたい。
多分神山は、そう言う切り捨てが出来てしまう人間だ。
意識的にしろ、無意識的にしろ。


「お前、パルクールでそれ失くすなよ」
「当たり前だろ!」


それこそ言われなくても、と井川はイーッと歯を見せて部活に戻って行った。
その背を息を一つ吐いて見送って、先に行ってしまった赤い髪を追う。

確固たる信念を持った自暴自棄。
そう神山を評した、悪友の龍太郎と瑚虎の言葉が思い浮かぶ。
勘弁してくれ、と三谷は頭を掻いた。
他の奴ならどうでも良いが、一目惚れした奴が自暴自棄になるのは見たいものではない。
三谷はそうならないように願いながらも、何かが始まるような、終わるような、そんな予感を覚えていた。



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