【霞桜学園】

□第一章
60ページ/64ページ



(no side)


井川が全てを話し終えた後、言葉を発することが出来なかった。
普通とは違う『色』で産まれたことから始まる、井川の今までの人生は波乱に満ちていて。
井川家長男としての暮らし、分家との確執。
起こってしまった二回の悲劇。
それらが終息すると、井川の母親は精神を病んでしまって。
けれどそれを語る井川は淡々としていた。
まるで懸命に、感情を押し殺そうとしているようで。
神山は何も言わずに、そっと井川の頭を抱き寄せた。
プラチナ色の髪をゆっくりと梳くと、井川の緊張した身体から徐々に力が抜けていく。


「…よく、話してくれたな」
「…うん」
「ツラかったな」
「…うん…っ」
「寂しかったな」
「っ、う、ん…っ!!」


返事の声が震え、じわりと神山の服が濡れる。
ひっく、ひっく、と響く声に神山は抱き締める力を強めた。
こういう過程を経て作り上げられたのが、あの『井川優馬』であったのだ。
愛されたくて、懸命に考えて、破天荒な性格を作り上げた。
しかしそれもまた、愛されるには至らず。
こうして暴走してしまったのだろう。


「お前、ちょっと方向間違えたな」
「わがっでる…!!」
「つーか、本当のお前でもここでは嫌われなかったと思うけどな」
「だっで、がぁさん…」
「それはお前もお前の母親も悪くねぇだろ。なぁ? 山下」
「ひとえに分家の長男のせいだな。他家の悪口は言いたくはないが」
「そいつら井川家から追い出されたんだろ? 他家の悪口とかそんなん気にすんなよ」


ずびっと鼻を啜る井川に、山下がティッシュを渡す。
ありがとう、とお礼を言って井川は鼻をかんだ。
井川はぐぬぬ、と顔を盛大に顰める。


「あんなクソ長男居なくなってせいせいした」
「ふはっ。言うな、お前」
「他の大人たちもベッタベタ触って来て…そんなに欲求不満なら、お互い触り合ってろって思ってた」
「へぇ、それで?」
「あいつら、セックス下手過ぎる!! めっちゃ痛かったし!!」
「だから不倫されるんだよな」
「そう! もっとテクニック磨いて出直して来いっての!! 門前払いするけど!!」


今まで溜まっていた分を吐き出すように、井川は叫ぶ。
神山は止めるどころか相槌を打ってそれを引き出していた。
出せるなら、出した方が良いのだ、こういうものは。
それに感情的な方が、素の井川が見れる。


「俺も好きでこんな色に生まれたんじゃないのに、周りがごちゃごちゃ言うから!!」
「遺伝子上でも井川家の血を引いてたんなら、堂々としてれば良かったのにな」
「っ、そうだよ!! なのに父さんも母さんも、俺の色を隠そうとして…っ」
「それを隠した原因が、また分家なんだよな」
「爺ちゃんも当主なんだから、もっと早く膿を出しとけよな!!」
「そうだな」
「母さんも…っ、母さんも、自信もって、私の子どもですって、言ってくれれば…良かったのに…っ!!」


語尾が震え、再び井川は泣きだした。
母親から愛情を受けたい。
やはり井川の想いは全てそこに帰結する。


「俺が、こんな色に生まれたから…っ」
「あんま自分の色、卑下すんなよ。なぁ井川、少し思い出してみろ」
「な、ひっく、なにを…?」
「お前の色、母親は一度も、綺麗だと、言ったことはないのか?」
「母さんが…?」
「お前に向かって綺麗だって、愛してるって、ただの一度も、言ったことはねぇのか」
「そんなの…」
「ちゃんと思い出せ。きっとあるはずだ」


井川は俯いて、過去に思いを馳せる。
あんたなんかが居るからと、悲痛な声で叫んだ母の姿。
それは分家の長男に井川の本当の姿がバレた後のこと。
それより、前。
それより前は、どうだった?
徐々に、徐々に、思い出す。昔の光景を。
子どもの頃。
色を隠すために、ひっそりとした部屋で。
母の膝に頭を乗せて寝転がり、ゆっくりと、その髪を撫でられるその感触。

──優馬の色は、本当に綺麗ねぇ。
──きれいー?
──とっても綺麗よ。お母さん、優馬の色…

その優しい声色に乗せられた言葉が、井川の口から突いて出た。


「…好きよ、って」
「ん」
「優馬の色、好きよ、って…綺麗って、言ってた」
「そうか」
「俺のことも、好きって…っ」
「ちゃんと愛されてんじゃねぇか」
「今も…っ、好きでいてくれてるかなぁ…っ?」
「…これは、俺の母親が言ってたことなんだが」


井川は顔を上げて、神山の顔を見上げた。
神山はどこか遠くを見つめるように目を細める。


「…霞桜で俺の噂が多くあるけど、唯一中学時代に暴力事件起こしたっつーのが本当なんだよな」
「え…?」
「まぁ、こういう…所謂不良ってやつになって、環境とか人間関係とかいろいろ変わったんだが」


思い出す、あの時の母親を。
両親共に医者で、息子が不良になったなんて醜聞でしかなかっただろうに。


「『司がどうであれ簡単に親の愛情は覆らないものだから、母さんたちを信頼しなさい』ってな」


そう言い切った。
生徒会長枠で有名公立高校への推薦が決まっていたのに、それも取り消されて。
私立にしか行くことが出来なくなったのに、母の夕と父の治は、愛情を途切れさせる事無く注いだのだ。


「俺とお前じゃだいぶ状況は違うが、親ってのはそういうもんなんじゃねーの?」
「そう、かな…」
「怖がるなよ、親を。親が好きなら、お前がまず信頼してやれ」
「そう、だな…うん、そうする。ありがとう、司!!」
「先輩」
「つ、司先輩」


すかさず注意する神山に、井川はうぐっと唸る。
井川はスッキリした様子で、山下は神山の手腕に内心感心していた。
本音を引き出し、フォローする。
間宮以上のカリスマ性を見い出し、山下はごくりと喉を鳴らした。
これが、鷹宮中学を改革し、あの間宮に憧憬の念を抱かせた生徒会長か。


「…なぁ、なぁってば!!」
「!! な、何だ?」
「あのさ、俺の処分ってどうなる?」
「それは…」


井川の処分。
今回の強姦未遂事件については、井川は完全な被害者である。
しかし今までの風紀の乱しようを考えれば、何らかの処分を下した方が丸く収まるのも事実。
そんな複雑な胸中を察したのか、井川はじっと山下を見つめた。


「あのさ、俺のこと、実家謹慎に出来ないかな?」
「実家謹慎って…自室謹慎ではなく?」
「そう」


井川の目は何かを思案しているように真剣だった。
今までの『井川優馬』には、なかったものだ。


「今回俺は襲われた立場だけど、俺が転入してから今までの、風紀を乱したことに対する処分が必要だと思う」
「それは…」
「そうでもしないと、きっとどこかでしこりが残る。実家謹慎くらいしないと皆納得しない」
「そうだが、しかし…」
「どうせ俺の事情を聞いて、重い処分は…、とか思ってるんだろ? 甘いなー」


図星を突かれて言葉に窮する。


「考え方を変えてみてよ」
「どんな風に?」
「俺は実家でケリを付けたい。だからそのために実家謹慎にする…って」
「!! …なるほど、実家謹慎にすることによって、"風紀を乱した井川優馬"において生徒たちを納得させ、"被害者である井川優馬"において実家でケリをつけさせる、と」


それならば、両者が納得する運びとなる。
井川がここまでの思考力を持っていることに驚いた。
神山の言う通り、本当の井川は普通よりも頭の回転が速いのかもしれない。


「でも、お前学園経営関係者の親族なんだろ?」
「霞桜に資金援助してるだけ。でもそこは心配いらないよ。俺、一応次々代の後継者だから」


他の奴らにごちゃごちゃ言わせない、と。
にししと笑った井川に、そうかと返す神山の瞳はどこか眩しそうであった。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ