【霞桜学園】

□第一章
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(井川side)



そして転入の日。
俺を助けてくれた祖父の付き人が、俺を心配して変装グッズをくれた。
もじゃもじゃカツラにビン底眼鏡という、実家での変装よりもグレードアップしてるものを。
俺でもやり過ぎだろって思ったけど、まぁ、犯されてる場面を目撃しちゃったんだから仕方ないかな。

そうして入った霞桜学園。
俺の家の資金でも成り立ってるのかと思ったら、何となく親近感が湧いた。
入口の所で待ってたら、さらさらしてる髪の真面目そうで王子みたいな人が来た。
戸高慎也、高等部の生徒会副会長らしい。
慎也の笑顔が何だか嘘っぽくて、気持ち悪いと正直に言ったら何故か気に入られた。

それから慎也に連れて行かれて、食堂で尚輝と空と海に会った。
尚輝はちょっと言葉少なめだったけど、会話は出来た。
空と海も、見たこともないくらい似てたけど雰囲気がやっぱり少し違って見分けがついた。
それが尚輝たちには衝撃的だったみたいで、慎也も含めて四人で一緒に行動するようになった。


そんな中で色々と分かった。
生徒会はすごい人気で、親衛隊っていうものがあること。
人気のある生徒と仲良くしてたら制裁という虐めみたいなのがあること。
これは実際に追い掛けられたり囲まれたりしたから本当のことだと分かる。

俺はおかしいと思った。
だって外見は隠してるけど、内面も変えた俺のことを好きになるのは当たり前で。
仲良くするのを邪魔するのが親衛隊っていうのが意味が分からなかった。
俺は正しい。
正しいから、それを大きな声で主張する。
あの時とは違って、正しいことは、正しいと。
なのに皆分かってくれない。


そんな風に過ごしていたある日、外を歩いていた俺は、校舎の中にある生徒を見かけた。
多分生徒会室の前の廊下を、歩いていた生徒。
俺から見てもすごくカッコよくて、堂々としてた。
その生徒は窓の外を見ると、何かに気付いたように足を止めて窓を開いた。
そして、裏庭の方をじっ、と見て。
目を細めて優しく微笑んだ。

それを見て、俺は時が止まったように衝撃を受けた。
だって、だって。
あんな風に、愛おし気な表情を、俺は今まで見たことがなかったから。
俺を愛していると、綺麗だと言った今までの誰も、あんな。

愛情溢れる表情は、していなかった。

そして俺は慎也に尋ねて、ようやく生徒会長の存在を認識した。
霞桜学園高等部生徒会長、間宮裕貴。
実力主義のこの霞桜を率いる男。
慎也たちに連れられて行った生徒会室で、裕貴に初めて出会った。
俺はこの人に、愛されたいと、思った。
あんな風に、俺も見てほしいと思った。

慎也は言った。
裕貴はセフレと遊んでいると。
仕事をしていないと。
だけど俺には関係なかった。
あんな愛情を俺にも向けてくれるなら、裕貴がどんな人間でも良かった。

何回も何回も裕貴にアタックしたけど、裕貴は俺を見てはくれなかった。
優馬、と親し気に呼んでくれるけど、そうじゃない。
もっと、もっと、俺を愛してよ。
あの時みたいに、俺を見てよ。



そして数ヶ月経ったあの日。
食堂で裕貴を見付けた。
そしてその隣には、俺のプラチナ色と遜色ない程の、鮮烈な赤。
裕貴の隣に生徒会以外の姿があることは初めてだった。
そいつも身体鍛えてるんだろうなってくらいカッコよくて、仲良くなりたくて。
名前を訊いたら、神山司だって教えてくれた。

司は不良だから近付くなって皆に言われたけど、俺が愛される邪魔はされたくなかった。
俺と一緒に居ようとしない司も、照れてるだけだと思った。

『──人の話や噂だけでしか人を判断しない野郎どもは黙ってろ』

その時に言われた司の言葉に、俺は実家のことを思い出した。
母さんが浮気して俺が生まれたと、根も葉もない噂を信じた分家の奴ら。
あいつらと、一緒にされたことに俺は黙らされた。


それが俺の中で引っ掛かりつつも、生徒会室に通って裕貴を遊びに誘ったけど全然頷いてくれなかった。
ちょっと、イライラしてた。
早く、俺のことを見てほしいのに、愛してほしいのに。
そんなイライラしてる中で、尚輝がいつもみたいに言葉少なで話し掛けて来て、俺は思わず怒鳴ってしまった。
もっとハッキリ喋れよ、イライラする!! って。
そしたら尚輝は傷付いた顔をして去ってしまった。
あぁ、やっちゃった、傷付けた。
そんなつもりはなかったのに。

今度会ったら謝ろうと思ってたら海から聞かされた、尚輝は親衛隊と仲良くなったという話。
尚輝は俺を愛していたクセに、他の方に目を向けた。
俺の方をまた見て欲しかった。
だから俺は、きっと居るであろう生徒会室に突撃した。
果たして、尚輝は裕貴と一緒に仕事をしてた。
また一緒に居ようと、そういう想いをぶつけた俺に、裕貴は早く帰れと素っ気無く言った。

今までそんな風に邪険に扱われたこと無かったから、悲しかった。
何でだろうって問い詰めてたら、司が生徒会室に入って来て、俺に言った。


尚輝が自分の意思で生徒会に戻ったことは、俺にとって何が不都合なのか、と。


それを聞いた瞬間、全部見透かされたみたいでカッと頭に血が上った。
司は確実に、『井川優馬』じゃなくて。
『俺』に問いかけて来た。
愛されようと無様に足掻く、隠してきた『俺』に!!

司を怖いと思った、近付けちゃ駄目だと思った。
司と一緒に居ると、絶対に『俺』を暴かれる。
だから警戒した、威嚇した、『井川優馬』の敵にした。



そうしてたら、いつの間にか俺の周りには誰も居なくなってた。
尚輝も、空も、海も、慎也も。
潤と孝治は居るけど、あの二人の中に俺は居ない。
分かるよ、それくらい。
分かってたよ、そんなの。

知ってたんだ、全部。
『井川優馬』は分かってなかったけど。
『俺』は全部。
でも今まで通り何も知らない、分からない、考えない『井川優馬』を演じてた。
『俺』のままじゃ、母さんにすら愛されないから。


「って、思ってたけど…『井川優馬』も愛されてはないんだよなぁ〜…」


はぁ、と俺は溜息を吐く。
こんな広い倉庫に一人、昔のことを思い出している時点でそんなの察せるよな。
思い切って本当の姿を見せたのに、裕貴は微塵も俺に惹かれなかった。


「きっと裕貴の愛情は、好きな人に全振りされてんだろうなぁ」


多分あの時、俺が裕貴に愛されたいと思った時。
あの視線の先には裕貴の好きな人が居たんだ。
好きな人っていうか…まぁ、司なんだろうね。
あんなブチギレた顔で、神山に何をしたって何回も言われれば誰でも気付く。
司本人は気付かないのかもしれないけど。


「…ほんっと、ずるいよな、司は」


裕貴からあれだけの愛情を受けて、そして他の皆からも慕われて。
何が違うんだろう、何を間違ったんだろう。
愛されたいと願うことが、そんなにも罪なの?
俺は自分の身体を抱き締める。
さっきので完全に皆を敵に回した。
もうこの学園には居られない。


「このまま見つかったら、ボコボコにされんのかな…」


それは嫌だなー…痛いのあんまり好きじゃないし。
どうしようかな、といじいじと汚れたコンクリート床に『の』の字を書いていると、ふっと視界が暗くなった。
え、何、と顔を上げると、そこには。


「やぁっと見付けた、井川ゆーま君」
「っ、何だお前ら…、…ッ!?」


下卑た表情を浮かべた男たちが、俺の口を塞いだ。



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