【霞桜学園】

□第一章
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大塚の早く来てって言葉に駆けつけてみれば、プラチナ色の髪の生徒を戸高たちが囲んでいた。
俺は直ぐにあの井川だと分かった。
何故か固まっているあいつらにぼさっとすんなと叫んだら、あのマリモ窓から飛び降りやがって、俺も下りようとしたら必死に止められた。
学校改革するために不良と毎日のように喧嘩してた中学時代には窓から雨どいとかを伝って下りるなんて日常茶飯事だったから大丈夫だってのに。
地面に下りて走った井川は直ぐに見えなくなった。


「あのマリモえらい身軽だな…猿かよ」
「猿って…」
「まぁ良い、一応山下にも話つけてきたから風紀も動いてくれてる。勿論俺たちも追うけどな」
「神山、無事か」
「あ?」


一刻を争う事態だってのに、まるで焦っていないかのように俺の無事を問う間宮に思わず低い声が出た。
言い合うのも面倒だから、大丈夫だと一言返すと間宮はじっと俺を見つめる。


「やはりお前にも護衛をつけておくべきだった」
「あ゛? お前まだンなこと言ってんのか」
「井川とやり合ったんだろう」
「土投げられる盾になってもらうってか? アホか」


こいつの過保護っぷりは何なんだ、面倒くせぇ。
すると空がおずおずと俺の袖を引っ張って来た。


「ね、ねぇ神山、優馬のこと殴ろうとしたりしてないよね…?」
「はぁ? 引き止めるためだけに殴るわけねぇだろ」
「私もその場に居ましたが、神山は本当に手は出していませんよ。岸谷先生や一年の篠崎君も証言してくれます」


片眉を上げて心底不思議そうに返す俺とそれに付け加える戸高の言葉に、空たちはホッとした表情を浮かべる。
…あぁ、なるほど。
どうやら井川はまた俺のあることないことを言いふらしたらしい。
まぁ、別に良いけどな、慣れてるし。


「…そうか」
「あん? 何だテメェ、お前まで俺のこと疑ってたのか?」
「いや、疑ってはねぇよ」


すっ、と目を細めて言う間宮に違和感を抱く。
静かすぎる、っつーか…言い方がいちいち意味深だ。
お前今、何考えてんだ。


「っ、間宮様!! 皆さんも、無事ですか!?」
「曾根崎」


息を切らして食堂に現れたのは曾根崎だった。
曾根崎はどうやら隊員からある程度話は聞いているらしい。


「遅くなりました。生徒会役員親衛隊隊長が全員動けないと聞いたので、私の方で貴方たちの副隊長に指示を出しておきました」
「え、マジか」
「はい。なので今貴方たち隊長が一言『良し』と言えば直ぐにでも井川優馬の捜索が…」
「捜索はしなくて良い」


曾根崎の台詞を遮るその言葉に、皆が信じられないように目を見開く。
しかもその声の主が、生徒会会長…間宮だったから、尚更。
何…言ってんだコイツ。
曾根崎は戸惑ったように眉を下げる。


「捜索はしなくて良い、とは…」
「言葉の通りだ。全生徒会親衛隊は捜索に手を出すな」
「な…、何言ってんのかいちょー…」
「優馬って、崖っぷちなんでしょ?」
「捜さな、いと、危ない…」
「風紀も動いてるんだろ? ならそれで十分だ」


空たちの言葉すら切って捨てるような言い様。
戸高は演技じゃなくてでも少し怒っているように間宮の前に進み出た。


「貴方も見たでしょう、優馬の本当の姿を。そして私たち全員との衝突を。一人になった優馬に、何が起きてもおかしくありません」
「僕らがGoサイン出さないと、親衛隊たちも動けないんだよ?」
「何故、俺たちがアイツを助ける必要がある」
「え…?」


は? だから危ないからだって何回言えば良いんだ馬鹿かよ。
…って、ことじゃ、ねぇんだろうな。
間宮の言葉の意味が分かって来た。


「間宮お前、何でそんな考えになった? さっきまでは井川を守ることに同意してたよな」
「か、神山神山、そんな考えって…?」
「コイツ、井川が助かろうが助からなかろうがどっちでも良くなってんだよ」
「えぇ!? 何でっ!?」
「別に助ける気がないわけじゃない。ただ俺たちは…俺は、手を貸したくない」


きっぱりと断言した間宮に皆は絶句する。
俺は盛大に舌打ちした。
俺の居ない間に何があったんだよ。
すると戸高は、ハッとしたように顔を上げた。


「間宮…もしかして、優馬が神山のことを悪く言ったり攻撃したから、ではないですよね…」
「だから何だ?」
「……、……はぁ?」
「神山は俺たち生徒会を再結束に導いてくれた、それはお前たちも感謝してるだろう」
「そりゃ、まぁ…」
「それに俺個人として、神山を傷付けられてまで助ける気は起きない」


つまり? 間宮は俺が井川にどうたらこうたらされたから怒ってる、と?
…マジでお前さぁ…ほんと…駄目だな。


「おい間宮、歯ァ食いしばれ」
「は、っ…!!」


ぱぁんっ、と乾いた音が食堂に響いた。
間宮は衝撃で左を向いたまま、大きく目を見開いている。
周りの奴らもあんぐりと口を開けていた。
はっ、拳で殴らなかっただけありがたく思え。
間宮のくそったれた面を引っ叩いてやった。


「利き腕じゃなくて左で叩いてやったんだから感謝しろ」
「…神山」
「あのさ、お前さっきから何ワケ分かんねぇことほざいてんだ?」
「っ、お前は何で怒らねぇんだよ…っ」
「お前だってセフレと遊んでるとか言われてても何も言わなかっただろ」
「あれは誰も信じていないことが分かっていたからで、お前のはそうじゃないだろ」


確かに誰も信じていなかったな。
それとは逆に俺の悪いことは信じられるってか。
でもなぁ…。


「俺、本当に何にも思っちゃいねぇんだよ。他人が俺のことをどんな風に思っても。だから怒りとか全然ねぇんだ」
「それでも…っ」
「まぁお前とか、ここに居る奴らが俺のこと悪く言ってたら、は? とか思うけど」


間宮や戸高、生徒会役員。
親衛隊や山下。
少し前ならコイツらも『他人』ってカテゴリーだったから、何とも思わなかった。
実際井川の取り巻きしてた頃のコイツらに散々言われたけど何も思わなかったし。


「でも、お前ら多分俺のこと悪く言わねぇだろ? 」
「……」
「本当は俺のことをクソみそ悪く思ってても、お前ら優しいから少なくとも俺の耳に入る範囲じゃ」


優しいっつーか甘いっつーか。
学園最恐不良とか言われてる俺を交えて親衛隊と会合するくらいだしな。


「俺は井川に何言われようがされようが怒ってないから、お前も変に暴走せずにさっさと井川捜索に…って、おい、何ぼけっとしてんだ」


見ると何故か皆変な…もにゅもにゅした顔をしていた。
いったい何があった。
すると寒川と坂木がふるふると震えて両手で口元を覆う。


「か…神山君が…デレた…!!」
「俺ら神山君にとって他人じゃなかった…!!」
「は?」
「か、神山司は、僕らに悪口言われるとムカつくの?」
「ムカつくな」
「神山僕らのこと優しいって思ってくれてたの?」
「? お前ら見てれば誰でも分かる」
「かみ、やま、俺、友達…」
「あー…いや、ダチは作らねぇけど…まぁ、気に掛ける存在ではあるな」


何で俺にひっついてくるんだよ、離れろ。
さっさと間宮を説得して井川を捜しに行かなきゃなんねぇのに、わちゃわちゃすんな。


「分かっただろ、俺は何も思ってないって。だから俺を理由に我儘言うな」
「……」
「…お前、憧れてる生徒会長居るんだろ?」
「!! それは…」


こうなりゃ最終手段だ。
勿論それが俺だってのは告げねぇけど、発破かけるくらい出来るだろ。


「学校改革した生徒会長。そいつ多分、誰かを見捨てるような真似は絶対しなかっただろうぜ」
「…っ」
「誰かを簡単に見捨てるような奴に、お前が憧れるわけもねぇしな」


俺はさっき叩いた間宮の右頬に手を当てて、じっと目を見つめた。
俺は見捨てなかった、誰一人。
四階の窓から下に降りることが日常茶飯事なくらいに追い掛けられもした。
だけど学校改革は成された、そして皆俺を慕ってくれるようになった。
お前は、そんな俺に…『昔の俺』に、憧れてくれたんだろ?
なら、頼むから。


「お前も、見捨てるような人間にはなるんじゃねぇ」
「──ッッ!!」


くっ、と間宮は目を見張り息を詰めた。
そしてふっ、と小さく息を吐いて目を閉じ。
次に開けた時、間宮の瞳には真っ直ぐな光が宿っていた。
それを見て俺は口元を上げる。
ったく、手間掛けさせやがって。


「…あの人に、顔向けできねぇとこだった。ありがとな、神山」
「目ぇ覚めたようで何よりだよ」
「…お前ら、各親衛隊に井川の捜索をさせろ。その際、怪しい奴が居ないかも目を光らせろ」
「「──はいッ!!」」


間宮の言葉に、隊長たちは連絡をしたり食堂から出たりと各々動き出した。
俺はパッと辺りを見回すと、大衆の中に不良染みた生徒の姿が一切見えなくなっていた。
チッ…やっぱりそっちも動き出してんな。
今までの時間ロスがどう繋がるか分からないが、俺としても井川は見捨てたくない。
アイツは多分、全部全部、分かっているだろうから。


「私は情報収集に努めます。私の親衛隊は、情報に強いですから」


戸高が俺に分かるくらいに、意味深長に笑った。
あー、腐男子だから生徒や教師の人間関係とか死角とかお手の物だもんな、お前ら。
分かった、と頷いてやると戸高はこの場を去る。


「僕と海は風紀室に居るよ」
「行っても足手まといだと思うし」
「分かった。大塚は…生徒会室に居て、もし井川が来たら足止めしてくれるか?」
「わかっ、た、頑張、る」


こくりと力強く頷く大塚に、ん、と笑い掛けてやれば嬉しそうにに花を舞わせた。
ほんとお前は犬みたいな奴だな。
そして俺は、間宮に視線を移した。
間宮は俺をじっと見ている。


「お前も、生徒会室で待ってろ…と言いたいが」
「俺はお前と一緒に行く」
「ふっ、言うと思った。…分かった、来いよ」
「!! 神山…」
「その代わり、少しでも遅れたら置いて行く」
「…俺を誰だと思ってんだ?」


生徒会長様だぞ、なんて言う間宮の腹を軽く殴ってやった。
調子乗んな、ばぁか。



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