【霞桜学園】

□第一章
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「──うっせぇんだよ、テメェら」
「!? 神山…!?」
「かっ、神山…先輩…っ!?」


突然現れた俺を見て、教師と生徒は同時に驚いた声を上げた。
俺のことを『先輩』呼びする生徒初めて見たかもしんねぇわ。
まぁそもそも、今まで霞桜学園で年下と関わったのはこの井川だけだしな。
授業受けたことねぇけど流石に教師は俺のことを知っていたらしく、直ぐに自分の背後に生徒と井川を庇う。
ふーん…生徒だけじゃなくて井川までちゃんと庇ってる所は好感持てる。


「…何でお前がこんな所に居るんだ? 神山」
「ここも俺のお気に入りの場所だっての、噂流れてねぇのか?」
「そうか、悪かったな。邪魔して」


ほら行くぞ、と教師は二人の背中を押す。
まぁ、これで一時的にでもキスだの何だのという話は流れただろ。
と、楽観視出来ないのがマリモクオリティ。
予想通り、ガンッと足を一歩進めて来た姿。
怒りに頬を染めた井川だった。


「司…っ!! 何でいつもいつも邪魔するんだよ!!」
「おい、井川!」
「いつも邪魔…?」


焦る教師と井川の言葉に眉を顰め俺の方を見て来る生徒。
あーぁ…大人しく下がっておけば、今以上に怒りを覚える必要もなかったのにな。
俺は井川のことを面倒くさい奴だという認識をしているが、傷付けたり怒らせたりしたいわけではない。
むしろ穏便に事を終わらせたい、流したい。
それは井川にとっても一番良いはずなんだ。
でもそれを本人は察することが出来ない、察していたとしてもそれに流されることが出来ない。
そしてその性質のせいで、自分が思っている以上に崖っぷちの状態だと気付いていない。


「お前の…っお前のせいで…っ!!」
「おい、井川…?」
「どうしたの優馬…」


こうして顔を赤くして憎々しげに誰かを見る井川を見たことがなかったんだろうな。
教師と生徒はその様子をみて困惑している。


「司が暴力で脅してるから、裕貴も、尚輝もっ…皆っ!!」
「皆?」
「ッ裕貴も尚輝も慎也も空も海も!! 皆俺から取ったくせに!!」


…ん?
その叫びを聞いて、俺は違和感を覚えた。
井川からあいつらを取ったとか、そこじゃなくて。
間宮も大塚も…『戸高も樋口も』…?
ちょっと待て、コイツ。


「お前、生徒会役員が全員離れて行ったこと、自覚してたのか…?」
「ッ!!」


その瞬間、カッと顔を赤くする井川に俺は虚を突かれる。
間宮と大塚に関しては、井川自身生徒会室で仕事をしていたことを目撃している。
でも空や海、戸高に関しては井川を刺激しないように取り巻きを辞めたことを、戸高を中心に上手く誤魔化していたはずだ。
なのに今、井川は双子や戸高を間宮や大塚と同列にして語った。
いつから…いや、違う。
今考えなきゃいけねぇのは、…どうしてそれを自覚するに至ったか、だ。


「え…? 生徒会役員の皆様、お仕事に戻っただけじゃ…」
「あいつら取り巻きを…道理で最近全然見ないと…」


ストッパーになってるこの二人にくらい言っても良かったんじゃねぇの?
上手く隠れている戸高の方をチラリと見る。
まぁ、良い、そんなことよりも。
今の反応からこの二人は生徒会役員と井川の現状を知らなかった。
ということは、この二人から井川は聞いたわけじゃねぇ。
そもそもコイツは学園中を敵に回しているらしいから、助言を誰かから受けたとは考えにくい。
…でもちょっと待てよ、これじゃ…。
それらを踏まえて導き出された答えは、今までの『井川優馬』の根底を覆すもので。
井川はギリ、と歯を鳴らす。


「なんで…なんでなんでなんで!! 何で!! 皆俺のこと好きだって言ったクセに!! 司がっ、司のせいで…!!」
「…お前、本当に俺があいつらを暴力で脅してるって思ってんのか?」
「だって!! そうじゃないと…ッ!!」


『そうじゃないと』──あぁ、やっぱり。
こいつ、本当は。


「全部…」
「うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさい!! どうせ皆も、この学園の皆も!! 俺の本当の姿見たら戻って来てくれる!!」
「っ! 待…っ!!」
「邪魔するな!!」


突然走りだそうとした井川を引き留めようと井川の肩を掴もうとして──振り向きざまに裏拳を見舞われた。
咄嗟に避けた俺の顔に、井川は地面に手を付け土を握りそれを投げつけて来る。
瞬時に目を閉じたものの、少量の土が目に入った。
こいつ、目潰ししにかかりやがった…ッ。
生理的に流れる涙を無視し次に来る攻撃を予想して薄く開けた俺の目には、攻撃に移るどころかそこに立って歪に笑う井川の姿が映る。


「皆、俺のことが好きだってこれから見せてやるから。──…邪魔しちゃダメだぞ、司」
「っ井川!!」


声の方に手を伸ばすものの薄く開けた目では遠近感が掴めなくて。
遠くなっていく足音だけが耳に届いた。
俺は瞬時にすぅ、と息を大きく吸う。


「──戸高ァッ!!」
「っ神山!!」
「!? 副会長…っ?」
「いつから…」


俺の言い付け通り決して出てこなかった戸高は、俺の呼ぶ声に我慢の限界だとでもいうように俺に駆け寄って来た。
突然現れた戸高の姿に生徒と教師は声を出す。
戸高は俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫? 急いで目を洗わないと…っ」
「自分で出来る。それよりお前は井川を追え」
「でも…っ」
「俺は大丈夫だ。良いか、あいつは多分、今から変装を解く気だ」


ビン底眼鏡にモッサリヘアー。
その下に隠されている本当の姿。
それを俺と戸高は、見たことはなくても予想出来ていた。
俺が見たのはマリモみてぇな髪の下から一瞬見えたプラチナと翠の瞳。
そして戸高までも可愛い系、綺麗系だと言わしめた顔。
俺の言いたいことが分かり、思った以上に危機的な状況であると悟った戸高はスッと目を細くする。


「どうすれば良い?」
「追ってアイツが変装解くのを止めろ。生徒会親衛隊と連携しても良い。とにかく絶対に一人にするな」
「了解。先生、神山のことお願いします」
「お、おぅ」


戸高はそう言うと、タンッと軽く地を蹴って井川が去った方へ走った。
あの副会長様が走るなんて、と親衛隊以外の生徒たちを騒がせそうだがそこら辺は上手くフォローするだろう。
にしても井川の野郎、目潰し使いやがって。
裏拳の筋からしてある程度あいつも自衛出来る奴なのかもしれない。
クソ、見た目とあの性格に惑わされた。


「あ、あの、神山先輩。目薬使いますか?」
「…良いのか?」
「はい」


未だにゴロゴロする目に辟易していると、生徒からそう申し出があった。
コンタクト使用者だから目薬を常備しているのかと予想を付けて、その目薬を受け取り目にさす。
あー、…ん、マシになった。
パチパチと目を瞬かせて、ようやく目を開けられるようになった俺はその生徒に目薬を返す。


「ありがとう、助かった」
「い、いえっ!」
「…神山、今どういう状況なんだ?」
「呑気に説明してる暇はねぇ…が、一年と教師には手を借りることもあるかもしんねぇな」
「教師って…」


俺は岸谷だ、と呆れたような表情の教師改め岸谷。
僕は篠崎潤です、と一年も合わせて自己紹介してきた。
自己紹介を受けないと名前を呼ばないモットーだからそこは勘弁してもらうとして。
俺は井川たちを追う為に簡単に二人にも説明することにした。


「井川に関しては生徒会役員、生徒会親衛隊、風紀で対処しようと策を練っていたが、井川がとうとう行動を起こそうとしているから止めに入るつもりだ」
「詳しく…聞いている暇はないんだろうな」
「あぁ。あんたらは取り巻きではなくストッパーだということは俺たちの共通認識だから安心して良い」
「…僕たちは、何をすれば良いですか?」


話が早くて助かる。
俺は携帯を取り出して岸谷にも出すように促した。


「変な動きをしている奴や、一人で行動している井川を見かけたら俺に連絡してくれ」
「分かった。…お前、噂と全然違うな」
「その他大勢が何を言おうと俺には関係ねぇからな」


全部が全部嘘ってわけでもねぇし。
連絡先を交換したことを確認して携帯をポケットにしまう。
頼んだ、と井川たちを追おうとしたがその前に言いたいことがあったのを思い出した。


「お前らのこと、とやかく言うつもりはねぇけど」
「…?」
「一人で悩むより、二人で悩む方が断然良いと俺は思う」


岸谷と篠崎は直ぐに思い当たったのか、ハッとしてお互い顔を見合わせた。
気持ちを消せないんだったら、どうせ悩むんだったら。
誰かと一緒に悩んだ方がずっと力になるだろ。
まぁ、これ以上は馬に蹴られて死にたくはねぇから後は二人でどうにかしろ。
そうして俺は走り出した。


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