【霞桜学園】

□第一章
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(no side)


音を立てて閉じた扉を見て、間宮は息を一つ吐き制服を整える。


「間宮様、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ねぇよ」


心配したような表情を浮かべる隊員たちにそう言葉を返す。
見れば立ち上がっている者がほとんどで、どうやら神山を実力行使で止めるか否か迷ったようだ。
座れとジェスチャーすると、隊員たちは各々顔を見合わせて静かに席に座り直す。


「助けられず、すみません…」
「いや、あそこで止めに入られたらややこしくなってただろ。良い判断だ」
「神山君、怒ってしまいましたね…」


曾根崎は口元に軽く手を当て考え込むように呟く。
そこには困惑八割、恐怖二割といった感情が浮かんでいた。
他の隊員はもっと恐怖の割合が大きいようだが。
間宮は頭をくしゃりと掻く。


「あいつもなー、…素直じゃねぇからな」
「え?」
「アイツが頑なに護衛を受けなかったのは、まぁ邪魔だってのも本当なんだろうが…」


それ以外に神山は何と言っていた?
──お前にこそ護衛が必要だ、そんなことを繰り返していたはずだ。
間宮は先程神山が出て行った扉に一瞬目を向けて苦笑する。


「多分アイツは、神山に護衛を回すなら俺の護衛をもっと強化しろって言いたかったんだろ」
「神山君が、ですか…?」
「アイツは怒りながら慰めたり、暴言吐きながら心配するような奴なんだよ」


本当に、素直じゃねぇんだ、と。
呟いた間宮の表情に、隊員たちは目を見張る。
しかしそれは一瞬で戻り、間宮は口を開いた。


「とりあえず、神山に護衛は付けねぇ。護衛潰す…のは本気じゃねぇかもしれねぇけど、今後一切関わらないってのは本気だろ」
「…、そうですね。それに情けないことですが、護衛をしたら潰すと言われて神山君に近付けるような隊員は…」


私も含めて居ないでしょう、と隠さずに告げる曾根崎。
この場で見栄を張ってもどうしようもない。
ならば親衛対象だろうが本音を言っておいた方が良い。
井川優馬の件については会長親衛隊だけの問題ではないのだから。


「俺と神山はなるべく一緒に居るようにする。お前らも俺の護衛しながら神山のことも一応見ておいてくれ」
「はい、分かりました」
「神山が今居なくなったら、生徒会にとってかなり痛手だからな…」


大塚も樋口兄弟も、戸高でさえ神山には懐いている。
いや、山下もだ。
そんな中神山が一切関わらなくなったら、一気にモチベーションが落ちて少し前の生徒会瓦解へ逆戻りだ。
それだけは避けたい。
間宮はそこまで考えて、いや、とその考えを否定した。
モチベーション、それも本当だけれど、それは『本音』ではない。


「…井川とは別件で、俺の親衛隊として俺を慕ってくれるお前らに、言いたいことが…言わなきゃならねぇことがある」


そう口にすると、隊員たちは皆更に姿勢を正す。
曾根崎は、いや、曾根崎だけではない。
今から間宮が何を言おうとしているのか、少なからず察しているような面持ちがちらほらと見える。
あぁ、流石俺のことを見続けていることはあるな、と。
間宮は内心誇らしく思う。
そしてそれと同時に、赤い髪の、不良らしからぬ不良を想い。


「──…俺は、神山が好きだ」


そう告げられたその言葉は、この空間に静かに、しかし確かに波紋を広げた。
息を詰める者、目を見開く者、あぁやはりと頷く者、顔を背ける者。
様々な反応がある中で、その集団を率いる曾根崎は真っ直ぐに間宮の顔を見返していた。


「…こうして私たちに告げるということは、友情ではなく…神山君に恋愛感情を抱いている、という解釈の方で正しいのでしょうね」
「あぁ。…悪いな」
「謝る必要は一切ありません。私たちは好きで貴方の許に居ます。貴方の感情を抑圧するなど私たちの本意ではない」


そう言いつつも、曾根崎は一度目を閉じ息を吐き呼吸を整える。
この場での二人のやり取りや、先程の神山は素直ではないと言う間宮の表情を見てなんとなくそうではないかと察していた。
だが本人の口から聞かされるまでは確信は出来なかった。
生徒会長の間宮と、最恐不良の神山。
何をどうしたらそのような感情を抱くというのか。


「…神山君は、最恐不良と言われつつも噂通りの人物ではなく、私たちの願いを叶えてくれたことからも悪い人ではないとは思います」
「そうだな」
「ですが…失礼ながら、どうして間宮様がその感情を抱くに至ったのかは理解しかねます」


決して神山に魅力がないと言っているわけではない。
噂に隠れてはいるが、神山の容姿は生徒会役員と並んでいても遜色ないほど整っている。
それに言葉は荒いが優しい面も見えた。
しかしあの生徒会長間宮裕貴が、恋愛感情を抱くに至る理由が分からない。
曾根崎の言葉を受けて不快になるかと思いきや、間宮は口の端を上げた。


「アイツの魅力は早々分かるもんじゃねぇからな」
「…? …間宮様、貴方はいつから…?」
「高校一年の割と初めから気になってはいた」


そんなに早く…!? と場がざわめく。


「まぁ、あれは本当に偶然だったんだろうが…ちょっとした場面に出くわしてな」
「場面…?」
「その時のアイツを見て…そうだな…」


──護ってやりたいと、思った。


そう呟いた間宮の表情に、これ以上何を言えようか。
お人好しではあるが根本的には俺様である間宮が、こんなに穏やかに笑っているのに。
親衛隊である自分たちがこれ以上、何を。


「…ならば、私たちはその想いを汲み、より一層神山君も護らなければなりませんね」


その言葉に間宮はフッと笑い。


「頼りにしている」


その言葉を最後に、間宮は部屋を出る。
残された親衛隊。
その中の一人が、小さく声を出す。


「頼りに、してるんだって。…僕ら、間宮様に頼りにされてるんだって」
「うん、…うん。じゃあ、間宮様の期待に、沿わないとね」
「間宮様の大切な人は、僕らで守るって、決めてたもんね」
「…ならば、今は泣きなさい。泣いて、今の想いを昇華して」


今一度、生徒会長親衛隊と成りましょう。


己らを率いる隊長の言葉に。
ぐずりぐすりとすすり泣く声が聞こえ始める。
その音は徐々に大きくなり。
皆々が思い思いに慕う気持ちを言葉にする。

好きだった、恋人になりたかった。
自分もあんな顔を向けてもらいたかった。
愛されたかった、羨ましい。

そんな想いを共有し、慰め合う。
悲哀と愛情に満ちたその言葉の中、一人。


「…本当に、好きでしたよ──裕貴」


中学時代、愛を模索していた間宮と、短い期間ではあったが唯一恋人関係を築いた曾根崎は。
隠していた本気の恋情を静かに吐露し。
一筋の涙を、流した。



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