【霞桜学園】

□第一章
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「改めて、俺は生徒会副会長の戸高慎也。役職じゃなくて名前で呼んでくれると嬉しい」
「じゃあ…戸高」
「ん、ありがとう。えっと…多分今から話す俺の事情は神山にとって理解しがたい話だと思う」


そう前置きして戸高は実は…と深刻そうに語り出した。


「…俺、腐男子なんだ」
「…あ?」
「うん、そんな反応だと思ってた! 腐男子ってのは、男同士のいちゃいちゃを見て萌える人種のことなんだけど」
「あ、あぁ…」


腐男子…初めて聞いたぞそんな言葉。
萌え、は分かる。
何か中学の時、生徒会に萌えるだのばっか言ってた女の後輩が居た。
ちなみにそいつは俺が生徒会長の時、副会長だった奴だ。
俺や当時の会計、書記の三人を見て鼻息荒くしてた気がする。
会計と書記の二人には気にしないで良いと言われてたが。


「その腐男子にとって、この霞桜学園は楽園なんだ! 中高一貫で男子校、しかもこんな隔絶された場所に建ってて男同士のいちゃいちゃ見放題!!」
「それで?」
「しかも今、生徒会役員のメンバーが最高。俺様生徒会長に、無口ワンコ会計、双子書記。腐ってる作品の中での王道キャラが揃ってた」
「王道…」
「間宮たちは高等部生徒会役員になると思ってたからね、目を付けてたんだ。でも…霞桜学園には、潔癖王子似非笑顔の副会長役がいなかったんだ…っ」


潔癖王子の似非笑顔、それはつまり、お前…。


「まさか自分で…しよう、とか…」
「ご明察! だから俺は決めた、よし、演技をしよう! と」
「テメェは馬鹿か?」
「真顔で貶されたんですけど!」


いや、だって…その萌えとやらのために、自分を偽ることを決めたんだろ?
そんな…俺も人のこと言えねぇけど、動機が動機だろ。
と言うことは、そもそも戸高の素が今のコレで、副会長としての戸高は演技だった、と?
…何て野郎だ。


「で、生徒会役員に選ばれて、これで王道転校生が来れば更に面白くなるぞと思ってたら…来たのはまさかの非王道転入生。荒れるなと悟ったね」
「非王道転入生とかだったらヤバいのか?」
「ヤバいも何も、まさしく今の状況ヤバいでしょ。優馬が中心となって学園荒らしまくってるじゃん」
「それは…そうだな」
「まぁでも、アンチも嫌いじゃないからやっぱ心躍ったよね。いったいどの脇カプが誕生するか…」


恍惚とした表情でどこぞを見つめている戸高に若干引いた。
二割くらい理解出来ない言葉があるんだが、深くはツッコまなくても大丈夫だろう。
と言うかあまりツッコみたくない。


「何自分は関係ありませんみたいな顔してんの?」
「は?」
「俺の一番注目株は君だよ、神山」
「…俺?」
「そ、神山。生徒会役員を次々に戻して…いや、心を救っていった。それに関しては本当に感謝してる。俺じゃ…副会長の俺じゃどうしようもなかった」


ありがとう、と真正面から戸高は言う。
救うとか、そんなこと考えていなかったが…コイツにはそう見えたのか。


「そして萌え方面では…まぁ、それは当人同士でってことで詳しくは言わないけど。あぁでももう一組、優馬のストッパーとして頑張ってる優馬のクラスメイトとその担任が良いカンジなんだよね」
「クラスメイトと、担任…?」
「そう!! 大塚とか樋口たちと優馬のアレコレ見れなくなったから、優馬と二人きりになるメリットはない。だから優馬と二人きりになりそうな時は他のカップルウォッチングに行ってたんだけどね」


カップルウォッチングって…。
戸高曰く、今井川にくっついてるのは、クラスメイトと担任がいちゃいちゃ前の青い春な空気が堪らないからだとか。


「お前自分の欲望に忠実過ぎ。偽物っぽい笑顔の奥でそんなこと考えてたのか」
「腐る者、全ては萌えのために動くものなのです」
「悟った顔すんな馬鹿」


神山君は危険なんですよ、近付かないで下さい、なんて食堂で冷たく言っていた副会長が懐かしい。
つまり戸高は、その萌えとやらの為に井川と居たのであって、恋愛感情は最初からなかったということか。
そう尋ねると、戸高は頷いた。


「俺、どっちかと言えば神山みたいなのが好みだし」
「え」
「まぁそれは四分の三冗談だとして」
「ちょ…え、四分の一は?」
「あはは、神山が焦ってる、超新鮮。優馬は可愛いというか綺麗系だからねぇ、男成分がないと…。あ、勿論俺は神山とまみ…ンンッ、とにかく二人の幸せを願ってるから!」


俺とマミ? 真美? 麻美? 誰だマミって。
つーか、今コイツ、井川のこと可愛いっつったか?


「マリモが変装だって気付いてたのか」
「当然、ってか神山も気付いてたんだね。そりゃそうか、俺のも分かるくらいだし」
「…お前、これからどうするつもりだ?」


とりあえず、俺は気になることを訊いた。
生徒会をサボっていたのも萌えの為という、何とも言えない感情が湧き上がる理由。
そんなことで、間宮は独りで耐えていたのかと思うと。


「お前の欲のせいで、間宮が大変だったこと忘れてねぇだろうな」
「…うん、忘れないよ。だからこれから俺は生徒会に戻るつもり。神山にもバレたし、そろそろ潮時だと思ってたから」


戸高は立ち上がって背伸びをした。


「潔癖王子じゃなくて、爽やか王子時々オカン属性目指すよ」
「演技は続けるつもりかよ…」
「思ったより演技楽しくて。──…間宮は私を、許してくれるでしょうか」


ふと小さく呟かれた、副会長としての言葉。
それは演技、というにはあまりにもか細い声。
ったく…どいつもこいつもややこしい。
演技だ何だ言わずに、ただ不安だと口にすれば良いものを。
俺も立ち上がってバシッと背中を叩いてやった。
戸高は一度咳き込んで目を白黒させる。


「俺も一緒に行ってやる」
「え…」
「どうせ腐男子だとかいうことを全部告げるんじゃなくて、副会長として謝るんだろ?」
「流石に腐男子は言えないからね…」
「誰にでも隠したいことはある。その時支えてくれる誰かがいれば楽だろ」


演技が駄目だとか隠し事が悪いことだとか、俺は一切言うつもりはない。
隠さなければならないこともある。
それが他人にとってどれだけくだらないことだろうが、本人にとってはこの上ない価値だ。
それでも、誰かが事情を知って、支えてくれるのならどれだけ肩の荷が下りるか。
戸高は目を瞬かせて、眉を下げて照れたように微笑んだ。


「神山カッコいいわ」
「惚れんなよ」
「間宮に似て来たんじゃない?」
「…忘れろ」


間宮に似てるとか不覚すぎる。
最近ほとんど一緒に居るから、あいつの性格が移ったムカつく。
ムスッとしながら梯子を下りて屋上から出ようとした時、戸高に話しかけられた。


「ねぇ、神山」
「何だよ」
「どうして間宮と一緒に居ることになったの?」
「…言わねぇ」


えーっ、と不満足げに唇を尖らす戸高に俺は無言でデコピンしてやった。
間宮に脅されていることは俺にとって恥だから言わない、…本当にそれだけか?
最初こそ、そうだった、でも今は。


「…間宮の楽しそうな顔見るだけで安心するくらいには、気に入ってんだろうな」
「…ふふっ、そっか」


そっかそっか、とどこか嬉しげに頷く戸高。
生徒会役員も全員揃って、このまま良い方に向かって行ってくれればと柄にもなく願うくらいには、な。
じゃあ、付いて来てくれる? という戸高の言葉に俺は頷いて屋上を出た。



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