【霞桜学園】

□第一章
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(no side)



え、と困惑する双子と大塚を余所に腹を押さえる間宮を神山は見詰める。
そして。


「──失礼する。一枚未処理のプリントが風紀に提出されていたから持って…、樋口たちも戻って来たのか」
「あ、ヤマっち…」
「う、うん、迷惑かけてごめんね…」
「これから仕事をしてくれればそれで良い。…ところでこれはどういう…」


生徒会室に入って来たのは、風紀委員長の山下純一だった。
大塚とは既に顔を合わせていたが、双子まで戻って来ているとは知らなかった山下はそれに関して特に言及しなかった。
そもそも生徒会の管轄は間宮で、その間宮が許してここに居るのであるだろうから山下に言えることはただそれくらいだ。
それよりも、今のこの状況が気になる。
何だか変な空気であるし、床に座り込んだ神山と腹を押さえる間宮という摩訶不思議な図。
しかし山下も知っていた、間宮が神山に好意を抱いているということを。
そしてそこから導き出される答えはただ一つ。
山下は眼鏡のブリッジを上げて、とても残念そうな表情で間宮の肩に手を置いた。


「お前とはそれなりに長い付き合いだったが…とうとう風紀の世話になる時が来たか」
「違ぇよ勘違いすんな」
「何? 神山に手を出して反撃されたんじゃないのか」
「…いや、そこの双子が悪戯してきただけだ」
「お前ら…戻って来て早々にそれか」
「「えへへ、ごめんなさぁい」」


てへっと舌を出して謝る双子。
間宮はゆっくりと立ち上がって神山に手を差し出す。
神山はその手をじっと見て、何事もなかったようにその手を取った。


「悪かったな、疲れが溜まってたみたいで直ぐに動けなかった」
「いや、俺の方こそ蹴って悪かった」
「あぁ、間宮。疲れている所悪いが、少し込み入った話があるんだ。一緒に風紀室に来てくれないか」
「分かった。お前らも仕事さっさと終わらせろよ。神山も今日はいつでも帰って良い」
「「はぁい」」
「う、ん…」
「あぁ」


いってらっしゃーい、と空と海に見送られ、間宮と山下は生徒会室を出た。
暫く無言で誰も居ない廊下を歩いていると、山下が唐突に口を開く。


「…で、何があった?」
「連れ出したのはやっぱりそれ聞く為か」


はぁー、と間宮は珍しく深い溜息を吐いた。
山下たちは歩くスピードを落としながらも足を進める。


「そうだ。話はあることにはあるが、生徒会室でも出来るものだしな」
「…まぁ、助かった。お前が来なかったら…神山を襲ってた」


ピタリ、と足を止めて間宮に視線を向ける山下。
間宮も同じく足を止め、目元を片手で覆った。


「双子の悪戯で、神山を押し倒してしまってな」
「それは…お前ならいくらでも誤魔化せるだろう、間宮」
「なんつーか…神山不足で。誤魔化せなかった」
「神山不足? お前たちはほとんど一緒に居るだろう」


どうして生徒会室に入り浸ることになったのか二人とも頑として言おうとはしないから深くはツッコんでいない。
しかし山下が生徒会室を訪れるといつも神山が居るのは事実だ。
すると間宮は苦笑を浮かべた。


「尚輝と空と海、戻って来ただろ」
「あぁ、喜ばしいことだな」
「それ、神山が手を出したらしい。それで三人とも神山に懐いて事ある毎に抱き付いてんだ」
「お前も抱き付けば良いだろう」
「俺だけ拒否られる」


それは…と山下は何も言えない。
確かに神山は間宮にだけ辛辣であるように見える。
これは山下だけしか知らないことだが、神山は鷹宮中学の元生徒会長だ。
それはすなわち、間宮の憧れの対象である。
事実がどうあれ今の神山は霞桜学園最恐の赤髪不良と噂される男。
それに関して、神山が間宮に対して負い目を感じている可能性も捨てきれないのではないだろうか。
しかしそれを山下の口から告げるのは道理に適っていない。
それ故に、山下はより信憑性のありそうなことを口にした。


「お前が日頃からセクハラ紛いなことをしているからだろう」
「それ神山にも言われた。そんな感じで満足出来るほど触れてない中で、さっきの押し倒しだろ? …理性が切れかけた」
「お前は獣か」
「男は誰でも狼だろうが」


軽口の応酬をしつつ、歩きを再開する。


「…でも、さっきのはマズかった。神山を怯えさせた」
「怯え…って、あの神山が?」
「神山は高等部入学で俺が絡むまで一匹狼だった奴だ。性欲孕んだ目を真正面から見たことがあるわけがない。しかも俺、抱く気満々だったしな」
「それを隠すために日頃から冗談交じりのセクハラをして、それのせいで神山に避けられて、神山不足になって理性が切れかかりそうになる…見事な悪循環じゃないか」


そうなんだよなぁ、と間宮は頭を掻いた。
間宮とて、相手が神山でなければさっさと抱いて終わらせている。
でも、と間宮は瞳を柔らかく優しげに細めた。
あの日、あの時。
噂だけしか知らなかった神山司という男が、あんな表情で、間宮の視界に入って来た瞬間。
恋に、落ちたのだ。
どうしようも愛おしく、抱きしめてやりたいという衝動が湧き上がったのは、後にも先にもきっと神山だけだ。
それからずっと密かに気に掛けていた。
しかし井川が転入してきて学園を荒らし、疲労困憊で保健室に逃げ込んで。
ふと外を見たら、そこにはこの学園には一人しかいない赤い髪が見えて。
花壇の花に笑い掛けるものだから、つい出来心で写メってしまった。
そしたら脅迫して神山を傍に置くという明らかに俺様暴君な所業をしてしまって現在に至る。
神山の間宮に対する好感度はきっと限りなく低い。
時折心配するような言葉を掛けてくれるのはひとえに神山司という人間が優しいからだ。
そんな彼を真綿で包むように抱きしめてやりたいと思う反面、神山と過ごす内に人間の三大欲求の一つがひどく主張し始めているのも事実。


「あー…なかせてぇ」
「それが泣かせたいのか啼かせたいのかどちらの字かは知らないが、俺が風紀委員長だということを忘れるなよ」
「分かってる。ここ暫くは右手が相手だ」
「ふっ、その場限りの相手を作らないと? 一途なことだな」


ガラリと風紀室の扉を開けた二人は、瞬時に生徒会長と風紀委員長の空気を作り出す。
突然入って来た間宮に目を見開く風紀委員だったが、騒ぐなとの山下の一言で静まった。


「少々話をする。部屋を一つ使うぞ」


そう言って、山下と間宮は風紀室の中にある一つの部屋に入る。
防音であるため取り調べに有効だ。
二人は椅子に座り顔を突き合わせる。


「で? 話って何だ」
「あぁ、まず生徒会と風紀に関係する例の役員。結構前に決まった」
「決まったのか。よく今の状況でやるっつったな、そいつ」
「お前の負担が大きいと言ったら渋々頷いてくれだぞ」


ふぅん、と興味無さげに相槌を打つ間宮。
それが神山だと知ったらどういう反応をするのだろうかと思いつつも、神山との約束故に口には出さない。
山下は眼鏡のブリッジ上げる。


「現状として、井川優馬を取り巻いていた大塚尚輝、樋口空、海は生徒会の仕事に戻った」
「井川はどうなってる」
「相変わらず親衛隊と争っている…が、その三名の親衛隊は井川から手を引いだようだ」
「俺も親衛隊と話し合った方が良いか?」
「いや、お前だけは止めた方が良い。これを言うとお前は嫌かもしれないが、井川はお前に好意を抱いているだろう」


そう告げると、間宮は頷く。


「みたいだな。俺は特に何も思ってねぇんだが」
「そんなお前が、井川と敵対している親衛隊と話してみろ。井川が更に荒れる」
「さっさと転校させれば良いだろ」
「どうやら井川は学校経営関係者の親族らしい」


それを聞いた瞬間、間宮が渋面になった。
道理でこの学園で好き勝手やれていると思った。


「だからこの事態を収めるには、井川自体を変えなければならない」
「出来るのか」
「今、井川の取り巻きは同じクラスの人気者と人気のある担任だ」
「どっちも人気者かよ…」
「しかしその二人はどうやら恋愛ではなくこれ以上被害が拡大しないようにしてくれているようだ」


それは生徒会や風紀、神山以外にも井川の脅威を抑えようとしてくれる存在がいるということか。


「しかしその二人でも太刀打ちできないのが、…生徒会副会長」
「慎也か…」
「大塚たちが居なくなってから戸高の動きが変わった。三人が居た時は、四六時中井川から離れなかったが、今では時折姿を消している」
「どこに行ってんだ?」
「分からない。直ぐに撒かれる」


あいつは忍者か、という間宮のツッコミに山下はぐりぐりと眉間を揉みほぐす。


「井川が授業を受けている時は勿論のこと、クラスメイトと井川、もしくは担任と井川が二人きりでいる時は干渉してこないらしい」
「…意図が分からねぇな」
「…間宮。俺から見た以前の生徒会は、少し自分勝手な奴が多かったが概ね良い関係を築けていたと思う」


ぽそりと呟かれた山下の言葉に間宮は少し目線を下げた。
確かに仕事を抱えていたが、生徒会室で過ごす時間は苦痛ではなかったはずだ。


「俺は風紀委員長としてこの荒れた学園をどうにかしたい。その為にリコールも促してきた。しかし…お前たちの友人として、全員で再び笑い合えたら良いとも思っているんだ」
「…そうだな」
「大塚と樋口兄弟が自分の元から離れたと井川が完全に認識した途端どうなるか分からない。…最後まで気張るぞ」
「あぁ、いろいろ頼む」


今更だ、と山下は小さく笑った。



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