【霞桜学園】

□第一章
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(書記兄side)



神山…神山、何でここに…っていうかゴミ…?
いや待って、それどころじゃない。


「司!! 何で司がここに入って来てるんだよ!!」
「…部屋間違えた、じゃあな」
「待てよ!! 司からも言ってくれ! 尚輝は親衛隊に騙されてるって!!」
「はぁ?」


面倒そうに顔を顰めて振り返る神山は優馬に目を向けた後会長に視線を移す。
会長は申し訳なさそうに眉を少し下げて肩を軽く竦めた。
もしかして、神山が来るから会長は優馬を追い出そうとしてた…?


「尚輝、ずっと親衛隊のせいで友達出来なかったのにまた親衛隊に騙されてるんだ! やりたくもない仕事もさせられてるし!」
「だから…俺は、自分で…」
「そういう風に言えって命令されてるんだろ! ちゃんと分かってるからな!」


にっかりと笑う優馬に、ナオっちはグッと唇を噛み締めてる。
その時神山から小さな舌打ちが聞こえたかと思えば、神山は生徒会室の中にズカズカ入った。


「部外者は生徒会室に入っちゃいけねぇんだろ。ついでにコイツも連れて出て行く」
「神山…」
「待てってば! まだ話は終わってない!!」
「大塚は自分の意思でここに居る。何が不満なんだよ」
「だって尚輝は騙されて…っ」
「悪い、言葉が足りなかった」


神山は優馬の台詞を遮ってナオっちを護るように優馬とナオっちの間に入る。


「お前にとって、何が不都合なんだ」
「……ッ!!」


ヒュッ、と優馬の口から息が引き攣れる音がした。
優馬が直ぐにいつもの大きな声で反論しないのにも驚いたけど、何よりその反応。
神山の言葉の何が、優馬をそんなにしたの…?


「ッ、司が! 司が裕貴と尚輝の近くに居るから駄目なんだ!! 司に騙されてるんだ! 暴力で脅してるんだろ!!」
「だったらどうした。これ以上喚くんなら、テメェも潰すぞ」
「…っ絶対、絶対取り返してやる!!」


キッ、と神山を睨んだ優馬は僕らを押しのけて生徒会室から走り去ってしまった。
あまりの状況に僕と海は追いかけることを忘れてた。
神山…という弱々しい声に振り返ると、ナオっちが神山に抱き付いてる。
え…ちょっ、危ないよナオっち?!
愕然とした僕だったけど、次いだ神山の行動に言葉を失った。
神山がポンポン、と優しくナオっちの頭を撫でたから。


「泣くな。よく頑張った」
「ぅん…ぐすっ」


全幅の信頼を抱いているかのようなナオっちの行動に応える神山。
信じられない、本当にこれがあの噂の神山司?
目が合っただけで病院送りとか、その筋の一人息子とか、霞桜最恐の不良と言われてる、あの神山?
でも実際に目の前に居るのは、ただの友達を励ます優しい人間だ。
その一方で、僕はどこか納得もしていた。
以前トイレの前で話した時、神山は辛そうなナオっちをどうにかしてやりたいと言っていた。
詳しくは分からないけど、神山は『どうにかして』やったんだ。
だからナオっちは親衛隊と仲良くなって、会計の仕事に戻って、きちんと喋るようになったんだ。
そこで僕がまず思ったのは…羨ましい、だった。
誰が、何が羨ましいのか分からないけど、漠然とそう思う。


「取り返してやる、だとよ」
「取り返すも何も、俺は井川のモノになった覚えはないんだがな」
「俺…神山の…」
「俺のモノとか誤解されるようなこと言うな馬鹿」


ぺしっと叩かれたナオっちはどこか照れたように口元に微かに笑みを浮かべる。
すると神山はくるりと振り返って、僕と真っ直ぐ目を合わせた。


「つーか、追い掛けなくて良いのか? 海」
「え…」


僕に向かって、海と言った。
僕は樋口空、双子の兄、海は隣に居る弟の方。
でも神山にとって、それは正解だった。
だって僕は神山に、『樋口海』と名乗ったんだから。
だけど僕以外にとって、それは間違いで。


「僕、神山にそんなこと言われる筋合いないんだけどなぁ」
「はぁ? 双子の片割れに言ってねぇよ。俺は海に…」
「だから、僕が海、樋口海。まぁ、間違えられるのはいつものことだけどー」
「…、どういう…」


ことだ、と続けられようとしていた神山の言葉は僕の顔を見て途切れた。
真っ青になった僕を見て、僕が嘘を言ったと気付いたようで。
違う、違う。
僕はきっと誰にも、優馬以外僕らのことを見分けられる人間なんて居ないと思って。
神山にだって当然、見分けられないと思って。
真っ直ぐに、『僕』を見てくれるなんて思ってなくて。
騙そうなんて意地汚いこと思ってなかった。
そんな言い訳は口から出てこなかった。
神山の顔が、侮蔑のような軽蔑のような…いや。
ただ、興味を失せた冷たい表情になったから。


「ちょっと…空? 顔色ヤバいよ…? 大丈夫?」
「ぁ…、僕…」
「…間宮、俺はもう帰る。ちゃんと仕事しろよ」
「あぁ。…悪かったな、悪役みてぇなことさせて」
「別に。またな」
「か、神山…!」


スタスタと扉の方に…僕らの方に歩いて来た神山に、思わず声を掛けてしまった。
どうにかして弁解しないとと焦った僕は、向けられた視線に肩を震わせる。


「テメェらも、来たなら少しくらい仕事しろよ──双子」


『僕』じゃなく、『空と海』に向けられた言葉。
せっかく、せっかく『樋口空』個人を見てくれる人間に会えたのに。
僕は取り返しのつかないことをしてしまったと、この時ようやく気付いた。
ふい、とそれ以上僕を見ずに生徒会室を出て行った神山の背中を、僕はただただ呆然と立ち尽くして見送ることしか出来なかった。



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