【霞桜学園】

□第一章
26ページ/64ページ




(no side)


コンコン、と生徒会室の扉が叩かれた音が耳に届いた。
その音に間宮は顔を上げる。
井川が入室時にノックするわけないし、もしかして山下か。
そう言えば山下に風紀と生徒会に関係するある役職の話をされなくなったけれど、あれは決まったのだろうか。
そんなことを考えながら、入れと許可する。
すると控え目に開かれた扉から現れたのは、生徒会会計の大塚尚輝だった。
間宮はその姿を一瞥して書類に目を落とす。


「井川なら居ないぞ」
「あ……」


間宮の言葉に大塚は短い声を出す。
間宮の声に嫌味ったらしい棘も表情に負の感情はなく、ただ単純に『教えて』あげただけという事実しかなかった。
それもそのはず、間宮は大塚が井川を探しに来たとしか思っていないのだから。
それがありありと伝わって来て、大塚は身体を竦ませる。
書類から目を上げない生徒会長の机の上には書類が山のように乗っているのに対して、自分たちの机には何も乗っていない。
大塚は震える唇を噛み締めて、一歩一歩生徒会室への足を踏み入れた。
怖い、だけど頑張るって自分で決めた。
大塚が自分の目の前に立った気配に気付いて、間宮はもう一度顔を上げる。


「どうし…」
「ごめ、んなさい…っ!!」
「は?」


何やら深刻そうな表情をしていたかと思えば突然頭を下げた大塚に、間宮は目を瞬かせた。


「ごめん、なさい、会長…俺、…俺、ずっと仕事、しなくて…」
「……」
「会長、会長、に、全部、押し付け…ひどいこと…も…」


久し振りに近くで見た間宮の顔には明らかな疲れがあった。
当然だ、一人でこの学園を運営しているようなものなのだから。
簡単に許されることではないと分かっているけれど。
言わないと、伝わらない。
ぎゅっと頭を下げながら拳を握りしめる。
ぎしり、と間宮の座る椅子が軋む音がした。


「で?」
「え…?」
「仕事しなくて悪かった、俺に押し付けたにも関わらず悪評流して悪かった。それだけか?」
「…っ」
「謝罪は受け入れてやる、そこまで狭量じゃねぇしな。…で、お前はそれからどうしたいんだ」


間宮はすっと目を細めて椅子に頬杖をつく。
会長の、顔。
大塚と同学年の間宮裕貴の顔ではなく、霞桜学園生徒会長の顔だ。
ごくりと唾液を嚥下する。


「…たい」
「もっとハッキリ言え」
「っ、会計に、戻りたい…っ!! かいちょ、と、一緒に…仕事したい…っ」


ぐっと腹に力を入れて半ば叫ぶように思いの丈をぶつけた。
きっと自分は情けない顔をしているだろう。
自分の言葉を伝えてどうなるのか、相手の反応が怖い。
頑張ると言ったけれどそう簡単には変われない。
だけど、変わるために必要なことだから。
じ、と間宮と大塚は目を逸らさない。
お互いに真っ直ぐ見つめ合う。
そして。
間宮が、はぁと溜息を吐いた。


「戻りたいって何だ戻りたいって。お前はずっと生徒会会計だろうが」
「!!」
「俺と一緒に仕事したいなら今までみたいに頷くだけとか無言とか無反応とか許さねぇぞ」
「う、ん…っ」
「よくもサボってくれやがったな。この書類今日までだから、生徒会室にこもって終わらせろ」
「わかっ、た…!!」


ばさ、と渡された厚い紙の束を大塚はぎゅっと抱き締める。
以前ならきっと受け取りながらも眉根を寄せていたと思う。
でもこれは、生徒会会計として許された重さだ。


「ほらよ、コーヒー」
「あぁ、今回は睡眠薬入ってねぇよな?」
「睡眠薬が不満なら、俺が眠らせてやろうか?」
「お前が隣に寝てく…冗談だその血管浮くくらい強く握りしめてる拳を下ろせ」
「か、みやま…?!」


給湯室から誰かが出て来たと思えば、赤い髪の不良がコーヒーを間宮の机に置いた。
大塚は神山の姿を見て目を見開く。
何で神山が間宮にコーヒーを作るなんて状況になっているのか。
そう言えば掃除をしていると言っていたけれど、そもそもどうしてそんなことに。
疑問が何個も頭に浮かんで神山を見詰めていた大塚を、神山は一瞥して間宮に目線を移した。


「今日は睡眠薬入れてねぇよ。だって会計が戻って来たんだから」
「俺の睡眠の為にも、尚輝には馬車馬の如く働いてもらわねぇとな」
「しっかりやれよ、生徒会役員」


生徒会役員、そう言った時神山の視線はしっかりと間宮と大塚の両方に向けられていた。
どこか笑みを含む表情に大塚の涙腺はとうとう決壊してしまう。


「うぅ…ぐずっ」
「は!? 何で泣くんだよ!!」
「うわ、コイツよく見たら目ぇ腫れてんぞ。間宮お前キツく言い過ぎたんじゃねぇの?」
「いやここに来た時から若干…って尚輝テメェ!!」


大塚が書類を机に置いたかと思えばがばっと神山に抱き付いたのを見て、間宮は勢いよく立ち上がった。
抱き付かれた神山は目をパチパチと瞬かせる。


「お、おい、会計?」
「かみ、やま…俺、なまえ…」
「いや俺、自己紹介しない奴の名前呼ばねぇ主義だから」
「おおつか、なおき…ぐすっ」
「そうか分かった、大塚だな。で、どうした」
「いつまで抱き締めてんだ仕事増されてぇのか」


間宮の顔が睡眠不足も手伝って凶悪なことになっているが、神山の肩に顔を埋めている大塚は気付かない。


「父さん、話し…」
「父さん?」
「俺、ちゃんと、大切に…っ」
「想われてたか、事情はよく分かんねぇけど良かったな」
「ちょっと待て何で通じてんだ。お前ら仲良しか、あん?」


ぴきぴきと青筋を立てている間宮。
さっきまでたどたどしかったもののちゃんと文章で喋っていたのに、神山に対しては単語だ。
しかもそれで何故か通じているこの二人に腹が立つ。
そんな間宮を大塚は神山の首に腕を回したまま顔を上げて見た。
いつも俺様と言われていた間宮はなりを潜めて高校生らしい表情になっている。


「おれ、と、神山、ともだ、ち」
「だから友達じゃねぇって」
「いい、俺、勝手に」
「勝手に思うってお前なぁ…」
「つーか神山!! お前俺がそんな風に抱き締めたら足踏んでくるクセに何で尚輝は良いんだよ!!」


え、と神山は大塚と間宮を見比べる。


「いやコイツ何か…犬、みたいな」
「犬!? 獣姦とかお前どんなプレ…ッ」
「そういうこと言うからだろ自覚しろこの色情魔!!」


ギャーギャーと喚き合う二人に、大塚はこてんと首を傾げた。


「かいちょ、と、神山、ともだ、ち?」
「よく聞いてくれたな。俺と神山は恋び…」
「顔見知りだな」
「顔見知り!? 友人ですらねぇのかよ!」
「お前、俺にあんなことしておいて、よくもまぁそんなふざけたこと言えるよな」


保健室の裏にあった花壇の花に笑いかけている所を激写され、言うこと聞かなかったら写真を拡散すると脅した間宮。
ちなみにその花壇に水遣りをしていたのは神山から離れないこの大塚だ。
大塚は二人を見て考える。
見た感じは友達同士、間宮は神山に好意を持っているらしい、だけど神山は顔見知りだと言っている、そして神山が言う『あんなこと』。
サッと大塚は青褪めて神山を抱き寄せて二人の間に入る。


「お前何のつも…」
「かいちょ…最低…」
「はぁ!?」
「神山、傷つけるの、だめ」


大塚の中で、俺様生徒会長が自分の恩人に良からぬことをしたという図が成り立った。
バチバチと火花を散らす間宮と大塚に、そろそろ仕事しろよと言った神山が大塚の誤解を知るのはもう少し先の話。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ