【霞桜学園】

□第一章
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そんな俺の反応に、やはりと山下は呟く。
お坊っちゃま学校の生徒だから、一人の生徒の情報なんざ調べることは簡単ってわけだ。
調べるなんて真似は家同士の関係を悪化させる可能性があるから普通しないんだが、俺の親は医者ってだけだし、学園の危機だってんで山下も必死なんだろう。
しかし、確信めいていた山下もそれが事実だと肯定されて困惑しているようだ。


「君が、間宮の…」
「信じらんねぇなら信じねぇでも構わねーけど」
「いや、疑っているわけではない。ただ…風紀に世話になったことすらない君が何故暴力事件を、と疑問を抱いているだけだ」
「それも調べてんじゃねぇの?」
「…それは、そうなんだが」


眉根を寄せる山下に内心苦笑する。
どいつもこいつもお人好しだな、マジで。
俺は中学の時と同じことを、口にする。


「俺は不良どもが絡んできたからボッコボコにした。それが過剰防衛だってんなら、そうなんだろうよ。実際病院送りにしたし、その怪我の具合もヤバかったらしいしな」


その怪我の具合も調査済みなのか、山下は更に眉間にシワを寄せる。
今の俺の言葉は、ほとんど正しい。
ただ、一つだけ真実じゃない。
でもそれが嘘だと知っているのは、俺にボコられた不良どもと、俺だけだ。
そしてその不良どもは絶対に口を割らない。
それだけは、断言出来る。
だから山下も、誰も、どれだけ調べようが真実を知ることはない。


「安心しろ。俺は手を出されなきゃ何もしねぇ」
「手を出されたら直ぐ風紀に連絡してくれると尚良い」
「ンなことしてる間に俺がボコられるだろーが。つか、この学園で俺に喧嘩吹っ掛けるバカはいねぇだろ」
「しかし、万が一ということも…」


生真面目にぶつぶつと考え込む山下に内心安堵する。
間宮のように、深く探られなかった。
そして暴力事件を肯定されたにも関わらず、態度が変わらなかった。
まぁ、井川と生徒会の対応に忙しくて、今の時点では俺は一応無害認定されてるんだろう。
すると考え込んでいた山下が、何かを思い付いたように突然ハッと顔を上げて、俺をガン見してきた。


「…何だよ」
「神山…神山か…しかし…、いや、問題は…ない、のか。むしろ…」
「おい、何ブツブツ言ってやがる。ハッキリしねぇのが俺は一番嫌いなんだよ」
「あぁ、すまない。…君に一つ、提案がある」
「あ?」


山下はキラリと眼鏡に光を反射させ、口を開いた。
そして山下が口にしたその『提案』に、俺は思わずポカンとしてしまう。
山下は眼鏡のブリッジを上げた。


「俺が間宮にしに来た例の件の話というのが、この話だったんだ。受けてくれないか、神山。これなら君も動きやすくなるだろう?」
「いや…有り得ねぇだろ、それ。第一、学園が納得するはずがねぇ」
「そんなもの俺が何とかする。学園は今切羽詰まってるからな。頷かせるのは容易い」


言い切りやがった…。
台詞が悪役チックに聞こえるのは俺だけか?
それでも渋る俺に、得意顔だった山下が真剣な表情になる。


「…真面目な話、適任者が少ない上に、あの転校生のせいでこれを受けてくれる者がいない。だから更に会長の負担が大きくなっている」


間宮の負担。
さっきの目の下に浮かぶ隈が思い出された。
間宮がいくら有能だからと言っても、まだ高二。
一人で何でもやるのにも限界がある。
…別に、間宮が心配ってわけじゃねーけど。
俺はふいっと顔を逸らして口を開く。


「…分かった。やれば良いんだろ、やれば」
「本当か!!」


会長の負担、とか言いながら、風紀委員長の負担も大きくなってるっぽいな。
でも自分のことを引き合いに出さなかったのには好感が持てる。
でも受けるには、条件を出させてもらうぜ?


「ただし、俺がソレを受けたことを知る人間を最小限にしろ」
「了解した。こちらとしても、そちらの方がやりやすい」
「あと…俺が間宮の憧れてる生徒会長だってのは絶対に誰にも言うな」


そう言うと、山下は目を瞬かせた。


「間宮はやはり、知らないのか」
「憧れの生徒会長が俺だと分かってみろよ。やる気無くして、霞桜は更に荒れるぞ」
「言うつもりは元から無かったが…きっと君がそうだと知っても、間宮は受け入れてくれると思うぞ」
「何を根拠に」


バカも休み休み言えとの視線を受けたにも関わらず、山下は言った。


「君は間宮の、特別のようだから」


では『提案』については俺に任せてくれ、と言い置いて山下は生徒会室から出ていった。
そして残された俺は思うのだ。

間宮の特別って何のことだ、と。



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