【霞桜学園】

□第一章
62ページ/64ページ




(no side)



「間宮?」
「…なんだ?」
「いや、何だじゃねぇよ」


井川が去ってからもいつものように生徒会は動いていた。
大塚は予算の相談をしに職員室へ、空と海は定期的に行われている親衛隊との会談へ。
戸高は「少し用事がありまして」と生徒会室から出て行ってしまった。
神山にしか分からないが、あのニヤけていた顔から言って多分まともな用事じゃない。
よって生徒会室には、間宮と神山だけが残っていた。
神山は山下に、特風としてなるべく生徒会室に常駐していてくれと頼まれている。
特風は風紀委員長に直属しており、そのため断る理由が特になかった神山はその言い付け通り生徒会室に常駐し、時には風紀との連絡係を買って出ていた。


「今、がくって頭なったろ」
「…なってねぇ」
「お前すげぇ眠いだろ」
「ねむくねぇ…」
「そのひらがな喋り直してからもう一回言ってみろ、ばぁか」


そう言っている間にも、間宮はうつらうつらとしている。
一人で生徒会を回していた頃に神山が睡眠薬を盛ったことはあるが、勿論今回は盛っていない。
神山は息を吐いて間宮の席へ近付く。


「一回仮眠室で寝て来い。アイツらには俺が言っておいてやるから」
「問題ねぇ」
「効率落ちてんだよ」
「…だが、あいつらが動いてんのに」
「それ言うならお前一人に生徒会回させてたあいつらはどうなるんだ」


きっと井川の件がひと段落して安心したのだろう。
一気に疲れが来たのだ。
しかし神山の言葉にも、間宮はどうにかして眠気を覚まそうと頭を振って頷こうとしない。
そこで神山は、間宮に向けるものとしては珍しい、にっこりとした笑みを見せた。
それを見て、間宮は背筋をぞわぁっとさせる。


「間宮。俺に殴られて強制的にベッドに行くのと、自分で行くの、どっちが良い?」
「…仕事」
「前者だな」
「待て待て。……、…殴られずに、神山に仮眠室に連れて行ってもらう」
「そんな選択肢は…」
「じゃないと、仕事するぞ」


お前はワーカーホリックか、というツッコミ待ちなのだろうか。
仕事するぞ、とは斬新な脅しである。
どうやら間宮はそれ以上譲歩しないようだと悟った神山は、諦めたように頷いた。


「分かった。ほら、行くぞ。連れて行くって、姫抱きでもすれば良いのか」
「止めろ。…隣に付き添ってくれるだけで良い」
「はいはい」


神山の冗談に真顔で返すくらい、間宮は眠いらしい。
立ち上がった間宮の傍に付き添って、生徒会室に設置されている仮眠室に向かう。
そして仮眠室の扉を、生徒会専用のカードキーで開け、二人で中に入った。
ベッドは三台、その中の一番奥のベッドに間宮は座る。


「三十分後か一時間後か、そこらへんに起こしてやるから、ちゃんと…」
「神山、ここ」
「は?」
「ここ、座れ」


ぽすぽす、と間宮が叩くのは自分の隣。


「何で」
「お前と喋りたい」
「いや、寝ろよ」
「…お前、他の奴らと関わってたから俺とあんま喋れなかっただろ」


だから、俺も喋りたい、と真っ直ぐに見詰められれば神山も無碍には出来ない。
神山は赤い髪をわしゃわしゃと掻いて、どさりと間宮の隣に座った。


「少しだけだぞ」
「お前、俺には素っ気ねぇな」
「眠そうなお前を気遣ってるつもりだけど?」
「そりゃ、ありがたい」


ふっと軽く笑う間宮に、神山も口元を緩める。
穏やかに笑う間宮は、久し振りだ。


「…はー、流石に疲れた」
「だろうな」
「あの時は、この地獄みたいな日々が卒業まで続くのかと思ってた」
「あの時?」
「神山と会った時」


神山と間宮が会った時。
保健室の窓を挟んで、初めて喋った。
それを思い出して間宮は懐かしそうに目を細めたが、神山は声を上げる。


「そう言えばお前、ちゃんとあの写真消したんだろうな」
「……、何のことだ?」
「!! まだ消してなかったのか!?」
「何の話か俺には分からねぇな」
「花壇の、俺の写真!! それで言うこと聞くように俺を脅したクセにしらばっくれんな」


そもそもの始まりがそれだった。
花壇の花に笑い掛けた瞬間を保健室で休んでいた間宮に撮られ、それをネタに脅されていたのだ。
しかしデーダバックアップ済みということから、消すつもりはさらさらないことが分かるだろう。
間宮は開き直る。


「別に良いだろ、誰にも見せねぇし」
「まだ俺のこと従わせるつもりか、テメェ」
「もう脅すつもりはねぇよ。どっちにしろ、お前はもう俺たちに関わらざるを得ない状況だしな。なぁ、特風様?」
「黙れ。脅すつもりがないなら、俺の写真持ってても意味ねぇじゃねぇか」
「お前の顔に癒されてんだよ」


はぁ? と心底意味不明だと言わんばかりの声に、間宮は肩を揺らして笑う。
疲れた時や一人の時、好きな人の姿に癒されたいと思うのは普通のことだ。
自分に向けられたものではないけれど、写真の神山の笑顔は本当に、優しいものなのだ。
しかし何を勘違いしたのか、神山は目を眇めて間宮を睨む。


「お前、俺の顔侮辱してんのか」
「してねぇよ。癒しだって言ってんだろ」
「だからそれ侮辱してんだろ?」
「なんでそういう思考回路になるんだよ、お前」


呆れたような間宮に神山は眉間のシワを深めたが、良いことを思い付いたとばかりに自分の携帯を取り出した。
そして間宮が構える暇もなく神山はそれを間宮に向け、パシャリと音を鳴らせる。
突然の行動に目を丸くしていると、神山は画面を見ながらしてやったりと笑った。


「タイトル、『くたびれた生徒会長』」
「…おい?」
「こんな覇気のねぇ生徒会長見たら、生徒たちも教師もお前を見る目、変わるだろうな」
「…お前」
「これバラ撒かれたくなかったら、俺の写真は絶対に誰にも見せるなよ?」


携帯を顎に添わせ、にっと口元を上げる神山に間宮の心臓はどくりと血を送り出す。
それを隠すように、間宮は俯いて目元を手で覆った。
可愛い。とんでもなく可愛すぎる。
神山は自らも脅しの材料を手に入れ対等になったつもりなのかもしれない。
しかし間宮にとっては自分の携帯には神山の写真があり、神山の携帯には自分の写真が保存されているというなんともご褒美展開であった。
お互いの写真を持っているなんて、なんか恋人同士っぽい。
こんな小さなことに歓喜する間宮を見れば生徒たちの恋が冷めそうではあるが、今ここには神山と間宮二人きりである。
そしてそれは更に間宮にとっては好都合な状況で、しかし懸命に自分を抑えていた。
今襲ったりすれば、神山に嫌われる。


「間宮?」
「……」
「…やっと寝る気になったか?」
「…そうだな」


目を覆ったままそれだけ返すと、間宮の隣から気配が遠くなった。
あぁ、もう行くのかと少しの寂寥感と安堵を覚える。
しかしなかなか扉の開く音がしない。
流石に怪訝に思った時、ふわり、と何かが頭に乗せられた。
そしてそれは優しく動き、間宮の頭を撫でる。
驚いて顔を上げると前に神山が立っていて、その表情に息を呑んだ。
あの、花壇の花に向けていたような、温かくて心をふんわりと抱いてくれるような笑み。


「よく頑張ったな。──お前が、霞桜の生徒会長で良かった」


そう言って、少し照れくさそうな表情を見た瞬間、間宮は撫でていた腕を引っ張った。


「な、…んっ、!?」


神山の声が、重なり合った間宮の唇に塞がれた。
目を見開く神山を一度視界に入れて、間宮は目を閉じる。
一瞬唇を離し、角度を変えて再び口付ける。
逃げようとする神山の腰を抱き、赤い髪に指を通した。
きゅっと閉じられた唇をやんわりと甘噛みすると、驚いたように神山が身を引こうとする。


「んっ、ぁ、まみ…んんっ」


間宮と名を呼び開いた口内に、舌を入れる。
ビクリと震える肩。
自分よりも低い身長、だけれど喧嘩は何倍も強い。
けれど今、神山の身体がとても小さく思えた。
歯列をなぞり逃げようとする舌を絡めとる。
聞いたこともないような高く掠れた声に興奮した。
濡れた音が部屋に響き、甘いものが脳を痺れさせる。


「…ん、……ぁ、おぃ…っ」
「かみ、ゃ、ま…」
「っんん…!! は、っお前、何やって…!!」


唇が離れ、少し掠れた声のまま間宮を怒鳴ろうとした神山は、そっと添えられた手に思わず言葉を切る。
大きな手が頬をなぞり、指がふにっと神山の唇を押した。
その間宮の瞳には、明らかな熱が揺らめいていて。
神山の背筋にぞくりと何かが走り抜けた。
あの時と、同じ。
双子がイタズラで間宮の背を押し、神山を巻き込んで倒れこんだ。
そして起き上がる時、間宮は見せたのだ。
今と同じ、"喰われる"と思わせる光を。
間宮は神山の耳元に唇を寄せる。


「神山、俺は──…」
「…っ」


囁かれる低い声に、ぎゅっと目を瞑る。
しかしいつまで経っても次の句は告げられず、そろりと目を開け身じろぐと、ぐらりと間宮の身体が揺れた。


「おい…!?」


どさりとベッドに倒れこんだ間宮。
神山がそっと顔を覗くと、すぅすぅと目を閉じ胸を上下させていた。
その姿に呆然として、神山はガクリと床に膝をついて頭を抱えた。


「お前…、寝るとか…」


それはないだろ、と思い掛けて、いやいやと頭を振る。
まだ変な雰囲気に呑まれている。
寝て良かったのだ、そうでなければ何をされていたか分からない。
神山はベッドに肘を置き、すやすやと眠る間宮の鼻をつまんだ。
んん…、と顔を顰める間宮に、ふはっと神山は笑う。


「お疲れ、間宮」


神山は間宮を綺麗にベッドに寝かせてやり、仮眠室から出た。
生徒会室には既に戸高が戻って来ており、仮眠室から神山が出てきたことにパッと顔を明るくする。


「間宮は? 間宮と中に入ったんだよね!?」
「中で寝てる。お前、直ぐに素になるのな」
「だって神山しか居ないしー。で? 何かありました!?」
「何かって?」
「も〜、萌え萌えきゅんきゅんな展開だって、言わせないでよー」


きゃっきゃと何も言っていないのに自らの妄想で楽しむ腐男子戸高。
しかしいつもなら頭を叩かれるか尻を蹴られるのに、神山は何もしてこない。
あれ? と首を傾げて神山は黙って仮眠室に目を向けていた。


「…ん? え。もしかして本当に何か…」
「…さぁ? どうだろうな」
「えっ、ちょっ、えぇ!? 待って、その話を詳しく!!」


尚も言い募ろうとした戸高だったが、生徒会室に戻って来た双子と大塚の三人の姿に、さっと副会長に戻る。
しかしチラッチラッと視線を神山に向けている所を見ると、完全に演じきれていない。


「あっれ〜? かいちょーは?」
「神山が寝かせたみたいです。神山が」
「何で二回言ったの、ふくかいちょー…」
「かいちょ、疲れて、る」
「みたいだな。…あ、そうだお前ら」


なにー? と各々自分の席に戻ろうとした生徒会役員たちは、神山が続けた言葉に固まった。


「寝ぼけた間宮には近付かねぇようにな。あいつ、寝ぼけたらキス魔になるっぽいから」
「…え?」
「俺は山下の所に報告行ってくるから、一時間しても起きなかったら起こしてやってくれ」
「待ってよ神山!!」
「今のどういう意味!? あ、ちょっと!!」


じゃあな、と生徒会室を出て行った赤色に四人は顔を見合わせた。




結局一時間もしない内に間宮はどこかスッキリした様子で仮眠室から出て来た。


「あ、かいちょーおはよー」
「元気になったみたいだねー」
「なぁ、めちゃくちゃ良い夢を見たんだが」
「どん、な?」
「神山にディープキスして喘がせる夢。すげぇ可愛かった」


神山の出て行く前に言っていた、キス魔という言葉。
そして今の間宮の言葉、それらが意味することはつまり。
それ多分夢じゃないよ間宮やったねキャッフー!! と興奮のまま叫びだしそうだった戸高は、再び開けられた扉に我に返る。
風紀室から戻って来た神山は、起きている間宮を見た。


「起きたのか」
「たった今な」
「俺に言うことは?」
「? あぁ、付き添ってくれてありがとな」


間宮はキスをしたことについて言及しない。
当然だ、何故なら間宮は夢だと思っているのだから。
しかし神山は、その間宮の反応で確信した、してしまった。
やはり間宮は寝ぼけたらキス魔になるのだ、と。
しかもその時の記憶を失ってしまうらしいと。
神山は頷き、間宮の肩に手を置いた。


「お前、本気で眠くなる前にちゃんと寝ろよ、危ねぇから」
「危ない? …あぁ、記入ミスとかか。そうだな、気を付ける」
「そうしろ」


こうして言葉を交わした後、二人は各々仕事に戻る。
そんな二人の様子を見て、全てを察した戸高たちは呆れたように半笑いを零した。
どうやらこの二人、似たもの同士らしい。
まだまだ進展しなさそうだと、四人は遠い目をした。
しかしそうしながらも、誰一人として本当のことを告げない。
この四人もまた、一方通行のようなこの関係を面白おかしく見ていたいのだ。
顔を見合わせて笑いあう四人の姿に、神山と間宮は首を傾げる。



その姿に更に笑いが込み上げ、とうとう霞桜学園生徒会に笑いが弾けた。





◇◆◇第一章≪霞桜生徒会編≫ 完◇◆◇
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ