【霞桜学園】

□第一章
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(no side)


それから三日を掛けて、強姦未遂事件の取り調べを行なった。
三谷が提示したボイスレコーダーの音声と画像、動画という完璧な証拠に、強姦教唆した四人の生徒はその罪を認めざるを得なかった。
強姦は犯罪であり、本来ならば停学や退学処分もあり得たが、井川の意向によって関係者は全員実家謹慎という形に収まった。

教唆した四人の生徒に対して井川は実際に対面し、今までのことを謝罪した。
まさかあの井川とまともに話が出来るとは思わず、更に謝罪されれば困惑の方が勝り怒りはどこかへ飛んで行ってしまったようだった。

そして不良たちも、一回親にこってり絞られれば良いんだよと三谷は笑った。
三谷は証拠提出という解決への貢献をしたが、同時に不良たちのリーダーであることがプラスマイナス零になった。
それをきちんと理解しているのか、三谷は実家謹慎を受け入れた。
明けたら約束、覚えてろよと神山に告げて。

一般生徒への通達は、生徒会と生徒会親衛隊、風紀委員を中心に正式に行われた。
最後に目撃されたのが食堂での生徒会側と井川の衝突であったため、不満や不安が一般生徒を覆っていた。
しかし生徒会役員と生徒会親衛隊がきちんと連携しており、山下を始めとする風紀委員の誠実さに、取り敢えず様子を見ようという雰囲気になったようだ。
また、教師と井川のクラスが率先して悪い雰囲気の払拭に動いたのもプラスに働いていた。
これは井川の担任であった岸谷と、井川と共に居たクラスメイトの篠崎が動いたからに他ならない。
この二人も、立派に人気者なのである。


しかし一番の貢献者は、何と言っても神山であった。
そう、神山が特風──生徒会専任特別風紀委員であることが、公式に明かされたのである。
これにより、学園内の噂は一気に神山のことに塗り替えられた。

ただでさえ赤髪の最恐不良と名を馳せていたのに、いつの間にか間宮と共に行動する姿が見られるようになっていた。
その時点で、神山は生徒会長の番犬になったのではないかと囁かれていたのだ。
しかしそれを境に、生徒会役員が次々と生徒会の仕事に戻り、しかも神山に懐いている。
これはどうなっているんだと、井川に興味の無い者は当然、ある者も気になっていたのだ。

それがまさかの特風であると明かされた。
つまり神山は生徒会だけではなく風紀にも認められているということである。
しかも三年の不良トップの龍虎や三谷にも認められているらしいという、根も葉もぎっしり付いている事実が流された。
一体どこからだと思えば、戸高がニッコリと微笑んでいる。
どうやら、龍虎と神山のやり取りをカップルウォッチングしていた戸高が偶然見ていたらしい。
情報はこういう時に使うもんだよね、とサムズアップしていた。
恐るべし腐男子。

間宮は、神山がこうして注目を浴びることで何らかの不利益──例えば、制裁のようなものを被るのではないかと最後まで公表を反対していた。
しかし生徒会、風紀、不良から認められ、本人も馬鹿強いとなれば、手を出そうと考えること自体が愚行である。

しかし、それだけではなかった。
神山は未だに一般生徒と関わることは少ないが、生徒会などと関わることは多い。
その際に、何だかんだ言いながら最後まで付き合っている神山の姿に、本質を見極めようとする人間が増えて来たのだ。
そしてその結果、神山をじっくりと見てみれば、生徒会と並んでも遜色ない程整っている容姿に気付いてしまったのである。
戸高からニヤニヤとした表情でもたらされた情報によると、どうやら神山の親衛隊を作ろうという動きがあるらしい。
勘弁してほしいものである。


あの事件から三日、慌ただしい生活が戻って来た。
しかし間宮を始めとする生徒会役員も風紀委員も、前向きに努力している。
そしてひと段落した所に、生徒会室の扉が叩かれた。
間宮が入るようにと促すと、開いた扉から顔を覗かせたのは井川であった。
今日本家からの迎えが来るため、生徒会に挨拶に来たのだ。
中には役員全員と神山が揃っていて、特に神山の姿を見ると井川はホッと安心したような表情を浮かべる。


「今日からだったな。実家謹慎」
「うん。頑張ってくる」
「あははっ、そんな前向きな実家謹慎初めて見たっ」
「よく分かんないけど、頑張ってね、優馬っ」
「ありがと、空、海」
「先輩」
「そ、空先輩、海先輩」


井川の事情は、山下と神山の二人の中に留められた。
皆も、二人がそう判断したのなら従うという意思を見せ、井川がこうして変わった理由を深く聞こうとはしなかった。


「良い教育してますね、神山」
「顔ニヤけてんぞ、戸高」
「それは失礼しました」
「俺…ゆうま、戻ってくるまで、もっと喋れるよう、がんば、る」
「おう!! 尚輝、先輩のペースで頑張れ!! 俺も頑張る」


ぐっ、と拳を掲げる井川は、もう我を押し通すことはない。
本来の井川は、そういう人間だったのだから。
それから井川は、仕事を続けている間宮に尋ねる。


「なぁなぁ、裕貴先輩」
「なんだ?」
「裕貴先輩って、好きな人にはどんな風に関わる?」
「何だ突然」
「今後のために教えてほしいなって」
「…好きな奴には、優しくしたい」
「尽くしたいとかは?」
「尽くす? 尽くすというか…護ってやりたいとは思うが」
「そっか〜」


それを聞いて満足したのか、井川は満足そうに笑みを浮かべた。
そして神山へ顔を向ける。


「だって」
「何で俺に言う?」
「俺が謹慎から明けたら進展してんのかな?」
「無理でしょうね」


クエスチョンマークを浮かべて首を傾げている神山の鈍感さはそれこそ神がかっている。
まともにアタックしたところで通じるかすら怪しい。
戸高と井川は、だよなーと頷き合っている。


「裕貴先輩、三谷先輩に気を付けた方が良いかもしれない」
「三谷…ってあの、主犯格か」
「あの人、司先輩のこと狙ってるっぽい」
「は!?」
「そう言えば、それらしきことを本人が言っている所を目撃した方も居るようですよ」


がたっと目を見開いて間宮は席を立つ。
ちゃっかりと情報を持っていた戸高にツッコむようなことはせず、神山はただ肩を竦めた。


「あれはアイツの冗談だって何回言えば良いんだ」
「でも謹慎明けたら飼ってって言ってたじゃんか」
「力を貸すってことだろ。変な言い方すんのが好きなんだよ」


こういう色恋沙汰に関して神山の言葉ほど信用出来ないものはない。
間宮が頭を抱える様子を、皆面白そうに眺めている。
しかし、はたと気付いて空は井川に視線を向けた。


「あのさ、優馬は良いの? かいちょーのこと…」
「あー…、俺、裕貴が好きっていうか、あんだけ人を好きになれる人に好きになってほしかっただけなんだ」
「そうなんだ」
「だから俺のこと好きになってもらいたいな、と思ってたけど…」


言葉を切って、井川は想い人であった間宮を見て微苦笑を浮かべた。
好きだったのは、神山を一途に想う間宮。


「裕貴先輩は今の方が良いから、諦めた」
「そっかぁ…」
「それに俺は今、司先輩のこと大好きだから!!」
「…ほぉ、俺に宣戦布告か井川」
「どうとでも捉えて良いよ」


にしし、と笑う井川に毒気が抜かれたように間宮は目を瞬かせ、ふっと笑った。


「俺に勝てるとでも?」
「てゆーか、裕貴先輩は俺に勝つんじゃなくて、司先輩に勝たなきゃ」
「…それが出来たら苦労しない」
「勝つ? 俺と喧嘩してぇのか? いつでも受けてやるよ」


ボキッと指の関節を鳴らした神山に、間宮は少し慌てて遠慮しておくと告げた。
それに皆は声を上げて笑い。
そして。
ひと息ついて、──井川は静かに笑った。


「…じゃあ、俺、行くから」
「井川、ちょっと待て」
「え?」


挨拶をしようとした井川を引き止め、神山は自分の首元に手を持って行った。
神山は首から輪になったものを取り、頭を抜く。
そしてそれを、井川の首に掛けてやった。


「これ貸しといてやる」
「これは…?」


井川が自分の首元に掛かったものを見つめる。
結われた麻紐に通されている、二つのシルバーリング。
そこにはそれぞれ、イニシャルが彫られていた。
どちらも、神山司を示す『K.T』ではない。
顔を上げた井川は、神山の顔を見て目を見開いた。
そこには、とても優しくてどこか寂しい表情が浮かんでいたからである。


「それは俺の…宝物、みたいなもんだ」
「え…そんなの貸してもらえないよ!」
「良いから、持っとけ。で、絶対に返しに来い」


お守り代わりだ、と姿勢を低くした神山。
そして神山の行動に、生徒会室の面々は絶句した。
神山はその二つのシルバーリングにそっと、口付けたのだ。
まつ毛の一本一本まで見える距離でこれをやられた井川は、瞬時に顔を真っ赤にさせた。
戸高は無音カメラで連写し、双子は手を握り合って「うわ〜…!!」と楽しそうな声を上げ、大塚は何故かあたふたしている。
そして間宮は、その神山の姿を、何を考えているのか分からない瞳で静かに見詰めていた。
シルバーリングから唇を離した神山は、顔を赤くさせている井川に怪訝な顔をする。


「顔赤くないか? 大丈夫か?」
「だっ…うぅ〜…だ、大丈夫…これ、ありがと。絶対に、返しに来るから」
「あぁ、頑張れよ」


ぽん、と頭を撫でられた井川は本当に嬉しそうな表情を浮かべて、頭を下げて生徒会室を去って行った。



こうして五月に転入してきた井川優馬を巡る慌ただしい日々は、ひと度、幕を閉じたのであった。



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