【霞桜学園】

□第一章
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あーくっそ、イライラする。
荒く部屋を出た俺は日頃から恐れられる顔を更に凶悪にしながら早足で歩いていた。
何だあのクソ生徒会長、生意気言いやがって…!
護衛? 心配? どんだけテメェは甘いんだよ!!
そんなんだから一人で生徒会回すハメになんだろうが!!
何が一人で突っ走らないか心配だ。
お前だけには言われたくねぇわ。
間宮も多分、お家柄を踏まえるとそこそこ自衛出来るくらいには強いと思う。
でも相手は学園経営関係の親族がいるマリモだ。
そして間宮は生徒会長という立場もある。
そんな状況で立場のないただ最恐不良と言われてる俺の護衛をして何になる?
俺に護衛回す余裕あんなら自分優先しろっつの。


「マジで馬鹿、本気で馬鹿」


靴に履き替えて外に出る。
裏庭に行こうとも思ったが、そこでの生徒会役員もとい面倒事とのエンカウント率の高さを思い出し今日は学園の敷地の奥に向かうことにした。
裏庭と違って敷地の奥の手入れが行き届いてない感じが俺のお気に入りだ。
その道中、保健室とその前の花壇が目に入り無意識に眉根を寄せる。
俺が花壇の花に笑いかけたばかりにそこを間宮に激写されて、写真拡散されたくなかったら言うこと聞けって脅されて今に至ってんだよなぁ…。
花に話しかけるのはもう癖なんだよ。

中学の頃美化に努めてた生徒会は花の世話もしていて。
そん時に教えてもらったんだ。
『花に話かけると、花もちゃんと応えて綺麗に咲いてくれるんだぜー』と。
本当かという視線をもう一人に投げ掛けたら、真面目に頷き返されて実践してみた。
かみやん俺のこと信用してねーのかよっ、と頬を膨らませていたアイツの顔を思い出して忍び笑いを漏らす。
信用していた、信頼していた。
そうでなければお前らと袂を別った後もこの癖を繰り返しはしない。
にひひと笑うその顔と、真面目に見えて誰よりも天然だった顔を思い出すと、幾分か苛立ちが治まった。
しかし同時に幻滅した表情が浮かんで痛む胸を誤魔化すように視線を前に向け、ピタリと足を止める。
…何、やってんだアイツ。
数メートル先に見える木の影に身を隠し、どこぞを一心に見つめる不審者を見付けた。


「おい、何やってんだ不審者」
「失礼ですね、誰がふし…なぁんだ、神山じゃん」


声を掛けるとスッと背筋を伸ばして鋭い目付きを向けてきた不審者…もとい戸高は、相手が俺だと気付くと素に戻り笑いかけてきた。
その切り替えは長年の演技力と言わざるを得ない。


「で? 潔癖王子の副会長様はンな所で何やってんだ」
「副会長様なんて…是非ともゲス顔でお願いします。あぁ、その引いた表情も良いね!」


げしっと軽く戸高を蹴ってやると、ごめんごめんと笑う。
やっぱコイツMかよ…。
ほら見てみなよ、と戸高が指差す方を見て俺はげんなりとした。
そこには一人の生徒と教師らしき大人、そして…井川が、居た。


「あれが優馬の取り巻き…に見せ掛けたストッパー。優馬と同級生の篠崎潤、二人の担任、岸谷孝治」
「マジかよ…」


面倒事とのエンカウントを避けるためにこんな奥の方に来たっつーのに、面倒事の代名詞みたいな奴と出会ってしまった。
戸高は興奮したように話す。


「あれが俺のお気に入りカプの一つだよ!」
「あぁ、あれが…」
「両片想いの篠崎君と先生、そこに立ちはだかるアンチ王道転入生の優馬…はぁん…サイコー…萌え…」


駄目だコイツ、早く何とかしないと。
にしても…あいつら何やってんだ?


「お前は入らなくて良いのか?」
「俺が入ったら、俺が取り巻き辞めた事を知らない子たちが騒いじゃうじゃん」


こいつも意外と考えてんだな。
視線の先で、井川が教師に何かを言って教師が首を横に振り、すると井川が更に教師に何かを言って、それを受けて教師と生徒が困惑したように顔を見合わせる、というようなことを繰り広げていた。


「何言ってんのか聞こえ…」
「何でだよっ!!」
「うっわ、来た来た。優馬の歩く拡声器節」


突然声を荒げた井川の声は先程と違って隠れて見ているこっちにまで届いた。
戸高お前、歩く拡声器って…まぁ、言い得て妙だな。
何が起こったのか聞き耳を立てるまでもなく井川の声が聞こえてくる。


「何でキスしてくんないんだよ!!」
「いや、キスってのは好きな奴とするもんだからな」
「孝治は俺のこと好きじゃないのかよ!」
「だから俺のことは先生って呼べって何度も…」
「孝治と俺の仲じゃんか!!」


井川の大声につられて教師の方も声が大きくなって聞きやすくなった。
つーか、あいつらどんな言い合いしてんだ。
教師の言うことは正しいと思うし、逆に教師のことまで呼び捨てにしてるとは思ってなかった。
ほんと礼儀がなってねぇガキだな。
すると話を聞いていた生徒が少し眉を下げて井川に笑い掛ける。


「優馬、キスって言うのは簡単にするものじゃないと僕も思うよ」
「でも慎也たちはいつもしてくれた!!」


その井川の台詞に生徒は笑顔のまま固まり、教師は頭が痛そうに手を額に当てた。
そして俺は隣の戸高を見る。
そこには冷や汗を流して目を泳がせまくっている戸高の姿があった。


「戸高お前…」
「いや、だってアンチ王道の生徒会役員はそういう感じなんだって!」
「だからって簡単にキスするとか…ねぇわ」
「くっ、唇にはそんなしてないから! 樋口たちも大塚も俺もほっぺにチューくらいだったから!」


ほっぺにチューとか可愛い言い方しても無駄だ。
ここでの問題は、『自分のお気に入りは自分に簡単にキスしてくれるものだ』という考えを井川に植え付けてしまったことにある。
ほんと面倒くせぇことしてくれやがったな、間宮を除く生徒会役員共が。
どうせ深く考えもせずやってたんだろ、目に浮かぶわクソが。


「なぁ、孝治!!」
「ま、待って優馬。…僕がしちゃダメかな?」
「な…っ!?」
「潤が? 何だよ、そんなに俺としたかっ…」
「駄目だ」


隣で、うっはー!! と押し殺した声に喜色を隠しもしない戸高の声が聞こえた。
コイツほんと…。
今、教師の代わりに名乗りを挙げた生徒の腕を、教師が掴んでキスするのを止めるという光景が広がっている。
あぁ、こういうのが腐男子が好きなやつなのかと納得してしまう俺が嫌だ…。
教師に腕を取られた生徒も井川も目を見開いた。


「せ、せんせ…」
「井川、俺としたいんだろ? ほら、さっさとするぞ」
「だっ、ダメです!! 先生、僕がしますから…っ」
「若者はそういうの大事にとっておけ」


そう言われた生徒の方が、ぐっと泣きそうな表情になった。
あー…、今のは駄目だろ。
戸高曰く、あの生徒と教師は好き合ってる。
生徒と教師ってだけでも壁があんのに、若者とか歳を意識させるようなことを言っちゃ駄目だ。
そりゃ傷付くだろ、例え相手を守るための言葉でも。
…まぁ、それは俺にも言えることなんだろうけどな。


「ったく…」
「神山? …行く気?」
「お前は来るなよ、ややこしくなる」


言外に肯定すれば、戸高はさっきまでの腐男子としての顔から、少し副会長寄りの顔つきになった。
お前のそういう切り替えの良さは評価してやるよ。
俺はガサリと落ち葉を踏みしめ三人の前に姿を現した。


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