【霞桜学園】

□第一章
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(山下 side)



「神山 司、か……」


風紀室に戻った俺は、神山が承諾した『提案』に関する書類を書いていた。
その書類に俺の筆跡で書かれた『神山司』の名前を眺める。

彼の名前はこの霞桜学園において、あまりにも有名だった。
今や最恐の赤髪不良と言われ恐れられているが、最初からそうだったわけではない。
まず最初に注目されたのは、外部入学という事実。
中高一貫で実力主義な霞桜の高等外部入学試験は、とてつもない難しさだと言われている。
それなのに、神山はそれを突破した。
二十三名受けて、ただ一人、神山だけが。
しかもこれは教師が俺にポロっと溢して内緒にしてくれと頼まれたのだが、神山はオール満点だったらしい。
そういうことがあって、神山は入学前から注目の的だった。

しかし迎えた入学式の日、俺たちは愕然とした。
神山司の席に、真っ赤な髪をした青年がポケットに手を突っ込んで足を組んで座っていたからだ。
しかも寄らば斬る、といった雰囲気を醸し出していて誰一人話し掛けることが出来なかった。
しかし俺たち風紀委員会があることからも分かるように、霞桜にもヤンチャな奴はいる。
そんな不良が、神山に喧嘩を吹っ掛けたらしい。
しかし風紀には届け出が来なかった。
何故なら、誰も怪我をしなかったからだ。
神山は、その不良たちを手を出さずに退けた。
その方法は、喧嘩を吹っ掛けた不良たちが頑として口を割らなかったので、知ることは出来なかったが。
そして神山は次の日から教室には来なくなった。

そんなことがあって、神山の噂が爆発的に広まった。
最初の期待の分、拍車が掛かった悪い噂が。
それは一年かけて確実に浸透していった。
神山は、風紀では微妙な対象だ。
悪い噂もあり、授業にも出ず、見た目も不良然としている。
それなのに順調に二年に進級していることからテストの成績は悪いわけではないことが分かる。
更に、授業中は学園内を徘徊して神山のテリトリーと言われている場所がいくつか出来ているが、足を踏み入れても神山から何かをされるわけではなく、生徒たちが自主的に避けているだけだ。
この客観的事実により、俺たち風紀は神山に接触出来なかった。

しかし、神山の問題を端に置かなければならない事態が発生した。
五月という中途半端な時期に転校してきた、井川優馬の存在だ。
井川はお世辞にも可愛いや綺麗といった誉め言葉を使えない容姿だ。
もじゃもじゃした髪に、ビン底眼鏡。
そしてあのマイク要らずな大声に、自分は正義だと言わんばかりの態度。
それだけだったら学園で浮くぐらいだっただろうに、何を間違ったか会長以外の生徒会役員が井川に惚れ込んでしまった。
生徒会役員には、かなりの規模の親衛隊が存在する。
隊長たちは話し合おうとしているのだが、下の隊員たちが先に暴走してしまった。
必然的に制裁対象となった井川だったが、その井川を守るために親衛隊にキツく当たるという血迷ったことを役員はやり始めた。
井川にこれ以上手を出すなら親衛隊を解散させるだの、親の会社の取引を無しにするだの。
火に油を注いでどうするんだと頭を抱えたことも一度や二度じゃない。
それでもやはり争いは絶えなくて、風紀は大忙しで休む暇もないくらいだ。

だが俺以上に辛いのは、井川に惚れなかった会長の間宮だろう。
井川が来るまでは、生徒会は有能だった。
そして、俺から見ても和やかだった。
双子の樋口書記たちのイタズラに大塚会計は無口ながらもオロオロとし、間宮会長はそのイタズラを煽り、それを笑顔なのにブリザードを背後に吹かせる戸高副会長がたしなめる。
俺も時々巻き込まれて、樋口たちの被害者になる時もあれば、戸高と共に止める役目も果たしていた。
俺は風紀委員長としても、俺個人としても、生徒会のことは気に入っていた。
それなのに、今や間宮一人で仕事をしているこの状況。
そして間宮のみが仕事をしていると知っている俺たちに声高々に叫ばれる、間宮はセフレと遊んでいる駄目な奴だという井川の言葉。
それも、共に仕事をしてきた戸高たちが吹き込んだ言葉だ。
そんなことをされても間宮は笑って、親衛隊隊長の曾根崎の手伝いも断って一人で全てやっている。
この異常な事態に、俺は風紀委員長として、友人として、間宮に何度もリコールを促した。
もう此方は準備出来ていて直ぐにでも実行出来るのに、間宮は頷かない。
まだ戻ってくると、信じている。
そんな間宮を貶めようとする役員にも、信じ続けて無理をする間宮にも、何も出来ない自分にも、腹が立って仕方がなかった。

しかしそんな中、一石が投じられた。
神山司だ。
風紀委員の報告を聞いただけだから詳しくは分からないが、何故か間宮と神山が共に食堂に来たらしい。
久々に見る間宮に興奮しながらも隣の神山に困惑していた生徒たちだったが、井川と役員たちが来て一気に食堂の雰囲気が悪くなった。
井川は整った容姿の人間を無意識に好んでいるようで、怖い噂で隠れてしまっているが容姿は普通以上に整っている神山は、早速井川に気に入られたらしい。
いつ神山が爆発するかハラハラすると同時に、神山が井川を殴りでもすれば儲けものと期待していた生徒が大半だっただろう。
だが、神山は期待を再び裏切った。
生徒会役員を一喝するという、良い意味での裏切りを。
いや、一喝と言うのは言い過ぎか。
『人の話や噂だけでしか判断しない野郎どもは黙ってろ』…そんなことを、言い放ったらしい。
そのまま神山と間宮は食堂を出て、驚くことに井川と役員たちも出ていった、ということだ。



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