【聖条学園】

□第二章
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(no side)



暗い暗い森の中。
木々が蔓延り空さえ覆うこの世界で、イレギュラーなことが起こっていた。


「…っ、そっから一歩でも動いたら、このガキどうなるか分かんねーぞ、ソラァッ!!」


一人の荒んだ顔の青年が、目の前に立つ青年──ソラに、そう喚いた。
ソラは内心舌打ちする。
ソラが率いる族グループ《ウラノス》の仲間に、卑劣な策略で攻撃してきた目の前の男をここまで追い詰めたのに……子供を人質に取られてしまった。
まさかこんな名も分からない森に子供がいるとは思わなかった。
入院用の服のようなものを着ている、白髪の十歳前後の男の子。
その森には合わない風体もさることながら、異様に見えたのはその表情。
無表情で、無感情。
いきなり出くわした男に人質に取られているのにも関わらず、その少年は静かに立っていた。
感情を読むのが得意だと自負しているソラにすら分からない。
しかしそんなことより、まずはこの状況をどうにかしなければ。


「……分かった、動かねーから、その少年を放してやってくれ」
「バカ言ってんじゃねぇッ! 放した途端襲ってくるつもりだろーが!」
「ンな卑怯な真似するわけねぇだろうが」


呆れたように肩を竦めたかったが、下手に刺激しないように止めた。
本来ならソラとこの男が同じ舞台に立つこと自体おかしいのだ。
夜の街で知らない者はいない《ウラノス》総長、ソラ。
仁義に厚く、卑劣な真似はしない、仲間がやられたら容赦はしない。
自身の能力も高く、仲間に慕われている。
だがその性格故に、人質を取られたら途端に弱くなる。
《ウラノス》のメンバーは簡単に人質に取られるような奴らではないが、もし取られたとしても幹部の一人が冷静で聡明な頭脳で作戦を立ててくれるから問題はない。
しかし今、傍には幹部どころか仲間一人居ない。
そしてソラには、見知らぬ少年であっても見捨てるという選択肢はなかった。
ソラは頭を掻く。
やっぱあいつらの言う通り、深追いするんじゃなかったな。
そんなことを考えるソラを見て、男は本当に動かないことを理解したのかニヤリと笑った。


「……おい、お前ら、やれ」
「は? ってオイオイ、まじでか…」


がさりという音と共に出てきたのは、人相の悪い青年たち。
どうやら向こうは一人ではなかったらしい。
しかもその顔触れに、ソラは乾いた笑いしか出てこなかった。
敵対チームの総長であるこの男と、そのチームの幹部四人。
こいつら意外と頭使ってんな、と場違いにも感心してしまった。
人質がいなければ、例えこいつら五人だろうが瞬殺なのだが現状では無理そうだった。
あー、後であいつらに怒られちまうな。
…無事に帰れればの話だが。


「動くなよ、ソラ。少しでも反抗しやがったら、このガキ殺す」
「……殺、す?」


そう男がソラに向けて言った瞬間、声が響いた。
声変わりが済んでいない声。
既に声変わりを終えた中三の自分達は有り得ない。
そんな声は、相変わらず無表情な少年から発せられていた。
突然声を出した少年に一瞬驚くが、安心させるように微笑みを浮かべる。


「巻き込んで悪い。でも心配すんな、少年。俺が動かなきゃ良い話だ」
「………」
「ハッ。いつまでその態度が貫けるか楽しみだぜ。…やっちまえ」
「っ、…!」


ドカッ、という鈍い音が響くと同時にソラの口から一筋血が流れる。
その血がポタリ、と。
地面の落ち葉に落ちた瞬間。


ガッ


鈍いのに鋭いと錯覚するような音が響いて。
その音源に集中したその視線の先には、白髪の少年と。
仰向けに倒れた敵対チームの総長が。

──何が、起こった?

呆然とする四人の幹部より先に正気に戻ったソラが、一瞬にして腹に一発ずつ拳をお見舞いする。
それでも倒れなかった一人の幹部に今度は蹴りをくらわしてやろうと足を動かした時、がっ、と音がしてずるりとソイツは地に伏した。
ソイツの背後に立っていたのは、白髪を後ろで細長く結んでいる、無表情な少年。
この少年が、総長と幹部一人を倒した。
その事実に不良としての高揚を感じながら、ソラは少年の目線に合わせてしゃがみこむ。


「お前、つえーな。助かった、サンキュ」
「………」


ソラの礼に反応しない少年に構わず、ソラは続ける。


「俺はソラって呼ばれてる。十五歳だ。お前は?」
「……、ぼく、…は……No.001…イチと、呼ばれています。歳は…多分、十一くらい、です…」


コホッ、と少年──イチが咳き込んだ。
声の掠れ具合から、普段声をあまり出していないことが窺えた。
No.001だの十一歳くらいという曖昧な表現にソラは何かを感じたが、それをおくびにも出さずイチの頭を撫でる。


「そうか。イチは、ここら辺に住んでんのか?」
「……ソラ、さん。早くこの森から…去った方が良いです。…この人たちを、連れて……見付かったら、殺されます、よ…」


そう無表情のまま忠告してきたイチに、ソラはピクリと眉を上げる。


「殺される? …誰に」
「………」


イチは用は済んだとばかりに踵を返し、森の奥へと足を進めようとした。
しかしソラはその小さな背中に言葉を投げ掛ける。


「イチ。また、ここに来い。待ってるからよ」
「……そんな暇は…ない…。僕には」


──やることが、ある、とイチは振り返らずに固く言って姿を消した。




これが《ウラノス》総長ソラと。
イチ──本名、如月蓮との出逢いだった。



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