【柳原学園】

□第六章
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(no side)



「あっ、竜二ー」


おーい、と手を振るのは風紀副委員長の綾部だった。
綾部は歩いて来る御子柴の元にやや小走りで近寄る。
そして歩きながら口を開いた。


「なんだ」
「いや、それがさー、ユーリ会長いないみたいなんだよねー」
「……悪い、俺が月岡と二人にならせなければ…」
「でも麗斗クン曰く、月岡クンは普通に帰ったらしくて」


後夜祭もたけなわ、既に柳原学園の生徒、教職員たちは各々で閉会式までを楽しんでいた。
そろそろ閉会式を、となった時、誰も悠里を見ていないことに気付いたのだ。
それから色々と聞き込みをしていて、最後に会ったのは月岡だという所までは辿れた。
しかしそれ以降が分からない。
月岡も何をしているのか、連絡が取れないそうだ。
何故か急に海外に行くことになったらしく、その準備をしているのかもしれないと麗斗は言っていた。


「どうしよう竜二、閉会式はどうにかなるとして、どこにいるのか…」
「アイツは寮に帰らせた」
「え」


悠里を探す話し合いをするため一堂に会していた綾部と生徒会役員たちは、その言葉に目を瞬かせる。


「どういうことですか、御子柴委員長。悠里に何か…?」
「白髪頭と別れた後から具合が悪くなって、生徒会室で休憩してたらしい」
「えっ、悠ちゃん、大丈夫なの!?」
「疲れただけだろ。倒れられても面倒だったから、寮に帰した」


御子柴にそう明かされて、心配なものの居場所が分かって皆安堵の表情を浮かべた。


「閉会式は俺がする。風紀委員長だ、不足はねぇだろ」
「なるほどね、りょうかーい」
「……直ぐに麗斗に伝えなければ。今も捜してくれている」
「まったく、人騒がせな生徒会長様ですよほんと」
「悠ちゃんに電話…」
「寝ているかもしれません。また休みが明けた明後日にしましょう、啓介」


そうして各々が閉会式の準備へと向かう。
その場には綾部と御子柴が残った。
綾部は頭の後ろで手を組んで、へらへらと笑みを浮かべる。


「それにしても良かったー。また何かに巻き込まれたかと思ったよー」
「…そうだな」
「ユーリ会長と後夜祭楽しめなかったのは残念だけど、準備期間我らが委員長サマのフォローもしてもらったし恩返ししとかないとねー」
「…あぁ」
「あとさー」


突然綾部が、御子柴の肩を掴んだ。


「何があったの、竜二」
「何の話だ」


何があったと問う綾部の表情に、へらへらとした笑みは一切なく。
きっと限られた相手にしか見せない、真剣な表情を浮かべていた。


「最近様子がおかしかったけど、今が一番おかしい。何があった」
「何もねぇよ」
「いつもの竜二なら、恩返しって言われて素直に返事するわけないじゃん」


変な所で鎌掛けやがって。
御子柴はチッと舌打ちをして、身を翻し足を進める。
綾部は御子柴を追うように続いた。


「ユーリ会長とまた喧嘩でもした?」
「してねぇよ」
「まさかユーリ会長が月岡クンと付き合うことになったとか…!?」
「違ぇ」
「なに、じゃあユーリ会長に泣かれでもした?」
「なんでアイツ関連しかねぇんだよ」
「竜二が心乱すのなんか、ユーリ会長関連しかないからだよ」


まるで逃げるように御子柴は後夜祭で盛り上がっている場所から離れ、木々が鬱蒼としている場所へ入って行く。
質問を重ねながら綾部もその背を追った。


「竜二」
「しつけぇな、テメェも。何かしたわけでもされたわけでもねぇ」
「なら…」
「ただ話を聞いただけだ。あの白髪頭にコクられて振ったって話を」


御子柴がとうとう足を止め、木に背中を預ける。
綾部もそれに倣い足を止め、御子柴に向き合った。
御子柴の言葉を受けて、綾部は片眉を上げる。


「告白されて振った? ユーリ会長が?」
「いつもアイツが学園でもやってることだろ。その話しか聞いてねぇよ」
「ふーん…」


何でそんな話になったのとか、具合悪い相手に何の話させてんのとか。
ツッコもうと思えばツッコめたけれど。
多分そこじゃない。
その話の中で、竜二が心乱されることと言えば、なんだ。
何を聞けばこんな、怒りと、遣る瀬無さと、…悲しみを、抱える?
綾部は御子柴の表情を観察しながら、ふと、口に出した。


「彼は何で振られたの?」
「…あ?」
「だって夏休み、結構親密そうだったじゃん。一回付き合ってみようとか、ならなかったんだねー」


それは副会長の工藤相手にも言えることだけれど。
一回、とかそんな軟派な考え方はしないか。
そこまで考えて、綾部は御子柴が静かなことに気付く。
そしてその表情を見て、腑に落ちた。
これ、か。


「竜二、何を聞かされた」
「…松村の長男で、決められた婚約者と家庭を持つことになるから恋人を作る気はない、だと」
「それだけ?」


もっと、何か。
すると御子柴は、ぐぐ、と拳を握り、歯を食いしばった。
そして声を絞り出すように口を開く。


「アイツ、は」
「うん」
「……好きな奴がいるから、断った、と」


その答えに、綾部は愕然とした。
悠里が告白を断ってきたことは何回もある。
しかし、その断り文句を聞いたのは、初めてだ。
しかも。


「そう言ったの、ユーリ会長が」
「…あぁ」
「……竜二に?」
「あぁ」


よりにもよって、御子柴にそれを明かすとは。
…いや、御子柴、だからこそ?


「好きな奴って、誰?」
「聞けるわけねぇだろうが」
「そこまで踏み込んでおいて今更?」
「そこまで踏み込んだからだ」
「何があったか知らないけど、正直に話すためにわざわざ生徒会室まで会いにいったんじゃないの」
「俺は話した」
「ユーリ会長に好きだって言った?」


その言葉に、御子柴は目を見開いて綾部の顔を見つめた。
その表情に、綾部は呆れた表情を浮かべる。


「気付かないわけないでしょーが、腐男子の申し子のこの俺が」
「……」
「そんで、竜二も。…もう気付いてると思ってたけど」


御子柴は珍しく、綾部の視線から目を逸らす。
いつも俺様然として、自信に溢れているのに。
今はその影すらない。


「竜二がその想いを口にすれば、何かが変わったかもしれない」
「……」
「だって、そうでしょ? ユーリ会長は、…竜二の、ことが」
「──ッだから、言えねぇんだろうがッ!!」


ガァンッ、と。
渾身の力で叩かれた木が揺れ、少ない木の葉が舞い落ちる。
綾部は静かに、声を荒げた御子柴を見つめた。


「アイツが、アイツが例えそうだとして、俺に何が言える!? 好きな奴がいると、笑って、…っ泣いたアイツに、何が言える!?」


何度か、気付くチャンスはあった。
時々、顔を赤らめたり、照れたように、笑ったり。
声を、震わせたり、嫌われてなくて良かったと、安心したり。
触れると熱くなる顔とか。
抱き締めると速くなる鼓動とか。
もしかしたら、を何度も積み重ねて。
その度に否定して来た。
そんなわけがない、そんな風に想ってもらえるようなことをしてきてない。
初対面で邪魔だと言い、ことある毎に喧嘩をして。
嫌味も言った、馬鹿にしたこともある。
だから、そんなわけがないと。
思っていた、のに。
御子柴はぐしゃりと髪を握りつぶす。


「アイツが何に苦しんでたのか知ってる。アイツがまだ何か隠していることも想像がつく」
「…そっか」
「松村の長男だっていう理由も嘘じゃねぇ。どれだけ松村の責を重く感じているのかも、俺は知ってる」


修学旅行、予期せぬトラブルで倉庫の暗闇に残された。
そこで悠里は教えてくれたのだ。
松村の事を、弟の事を、母の事を、父親の事を。
知っていてほしいと。
教師でも、役員共でもなく、誰でもない、自分に。
今までの全ての否定を覆すような、向けられた信頼と…恋情、だった。


「それが突然、態度が変わった。元に戻ったどころじゃねぇ、中等部の頃より最悪だ」
「俺たちも変に思ってたよ、それは」
「やっぱり違ったのかと、…倉庫でやらかした自覚はある。だからそれで嫌われたのかと思った」


嫌われてなくて良かったと笑うアイツに、キスをしようとした。
あまりにも、愛おしくて。
里中や島崎が捜しに来なければ、何をしていたか分からない。
それで怖がらせて、嫌われたかと思っていた。
だからイライラして、八つ当たりみたいな情けないこともした。
でも、分かった。
さっき、笑って、泣きながら告げられたことで、分かった。
先程の激情が嘘のように消え、御子柴は顔を覆った。


「──アイツは…松村は。俺のことが、好きだ」
「うん」
「俺も、アイツが、…好きだ」


分かってしまった。
それでも。


「アイツに告げた所で、アイツを今以上に苦しめるだけだ」


さっきの生徒会室でのことを思い出す。
きっとアイツも、もしかしたら、と。
もしかしたら自分のことを好きかもしれないと、思い至ったように見えた。
それでも返って来たのは、震える抱擁と、肩に染みる涙だけ。
つまり、そういうことだ。
御子柴は木にもたれかかり、ずるずると座り込む。


「…何でどうも出来ねぇ。どうもしてやれねぇ。クソッ…好きな奴に何もしてやれねぇ自分が情けなくて、殺したくなる」
「…竜二……」


綾部は力なく座り込む御子柴に、ぐっと拳を握る。
黒揚羽だった自分を救って、この人たちのために生きようと決めた二人が、こんなにも苦しんでいる。
情けないのは、こっちだ。
どうすれば良い。
二人を救うには、どうすれば。


「こんな寒い、寂しい所にいたら風邪ひくよ、御子柴君、綾部君」
「!!」
「……坂口」


突然割り込んで来た声に、綾部は思わず臨戦態勢を取る。
そしてゆっくりと顔を上げた御子柴の呼名に、ようやく気付いた。


「い、委員長じゃん、びっくりしたー」
「ごめんね、そろそろ閉会式始まる時間だから、クラスメイト捜してたんだ」
「えっ、あっ、ほんとだ、ごめーん委員長」
「御子柴君も、戻ろう。閉会式の挨拶するんでしょう?」


手を差し出された御子柴は、すこし逡巡して、その手を取り立ち上がる。
それを見て、坂口は笑みを深めた。


「手を取ってくれたということは、これはもう、僕たち友達だよね竜二君」
「あ?」
「委員長の距離の詰め方エグイよー…」


今まで感じなかった寒さを感じ、綾部は腕を擦る。
当の御子柴は無視していたが、続いた言葉に足を止めた。


「友達だから、対価なしに教えてあげる。…大丈夫だよ」
「…何の話だ」
「悠里君の話」


二人の驚愕の表情を、坂口はいつもの笑顔で受け止める。
そして坂口は自分の胸に手を当てながら口を開いた。


「この文化祭で、悠里君を助けるために色んな人が裏で動いててね」
「助ける…裏で動いてたって…いつの間に…」
「悠里君は僕の友達だから。苦しんでるのは見たくなかったし」


そして坂口は綾部に視線を移す。


「そして綾部君は悠里君…と竜二君が苦しんでると苦しそうだし。あ、和樹君って呼んで良い?」
「お、お好きにドウゾー…」
「ありがとう。だけどもう、舞台は整った」


坂口はにこり、と、人差し指を立てて微笑んだ。


「竜二君、明日の午後、一人で校門の所に行ってみて」
「なんで…」
「どう転ぶかは分からないけど。その時間、その場所に君が必要なんだよ」


後悔したくないのなら、と。
何の根拠もないその言葉。
しかし御子柴は、坂口を真っ直ぐに見据えた。
それを返事だと受け取った坂口は、じゃあ閉会式に行こうかと、身を翻す。
綾部はいつもの表情に戻った御子柴を見てほっとしたように息を吐き。
それに気付いた御子柴が、頭を優しく小突く。
相棒なりの不器用な感謝だと、綾部は笑って閉会式へと向かった。




こうして波乱の文化祭は。
風紀副委員長の言葉で、幕を閉じた。




◇◆◇第六章 完◇◆◇
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