【柳原学園】

□第三章
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俺は少し気まずくて、視線を揺らす。


「…俺は口にしないだけで感謝してんだよ、お前らには」
「ま、松村会長、どうしたんですか? 熱でもあるんですか? 保健室…は駄目だ、志春先生が居る。寮に戻りますか、送ります」
「あの俊ちゃんが悠ちゃんを本気で心配してる…」
「……混乱しているな」


そう言うお前らも、おどおど身体を揺らしてんじゃねぇか。
何なんだよ、何か恥ずかしいだろ!
チラリと智也を見ると、智也も目を瞬かせてる。


「…俺だって、礼ぐらい言えるんだよ」
「…そのようですね。悠里が私たちに感謝しているなんて嬉しいです」
「っ、さっさと仕事しろ…っ」


智也の慈愛に満ちた瞳に、俺はつい叫んでしまった。
俺、志春の言う通りだった、鈍すぎだった。
何で今まで智也の気持ちに気付かなかったんだよ!
こんな分かりやすいのに!
俺は居たたまれなくて、企画書にペンを滑らせた。





悠里が生徒会担当の夏希の所へ企画書について話しに行った頃。
生徒会室には悠里以外の四人が各々仕事をしていた。


「…ねぇ、智ちゃん」
「何ですか? 啓介」


啓介が、ん〜、と伸びをして智也に声を掛けた。


「昨日のお願い、何て言ったの〜?」
「秘密です」
「…智ちゃんは、言ったの?」


何を、とは言わなかった。
しかしそれで通じてしまう、その言葉。
いつの間にか俊太と桃矢も手を止めているのが目に入って、智也は内心苦笑する。
そして智也は長い髪を耳に掛けて啓介の疑問に答えた。


「はい。伝えました」
「言った、んですか…工藤副会長…」
「フラれましたけどね」


その言葉に、三人は目を見開いた。
しかし智也は微笑みを浮かべて立ち上がる。


「でも、そのおかげで悠里は少し変わりました」
「……礼、か」
「どうして智ちゃんは…そんなに笑えるの?」
「考えてみて下さい。フラれはしましたが、好きな人が私の告白によって変わったんですよ?」


──この上ない、喜びでしょう?


その言葉に何かを考え込むように俯く三人を視界に入れて、智也は給湯室に入った。
お湯を沸かしながら、智也は目を伏せる。

辛くない、と言えば嘘になる。
でもこれで終わるわけではないし、むしろこれからという気分だ。
その証拠に、悠里は明らかに意識している。
それがどのような感情であっても。
しかもお礼まで言うようになるなんて、どれだけ愛らしいのだろうか。

知らず知らずに笑みを浮かべて、紅茶を淹れる。
香しい匂いに鼻腔をくすぐられるのを感じながら、智也は笑みを苦いものへと変えた。

悠里に告白をしたことで、他の生徒会役員も動き出すかもしれない。
悠里が誰を選ぶか分からないけれど、その相手が自分だったらと考えてしまう。
でも。

智也はそこで一旦思考を止めて、ティーカップを生徒会室に運ぶ。
桃矢と啓介と俊太の机に置いていくと、ガチャリと扉が開いて、夏希の所へ行っていた悠里が戻ってきた。
席に着いた悠里の机にも、ティーカップを乗せる。
するとティーカップを見詰めていた悠里は、顔を上げて。


「──ありがとう、智也」


微かに、笑みを浮かべた。
三人の息を呑む音を背中で感じながら、智也は嬉しそうに笑う。

好きだという気持ちは変わらない。
悠里が選ぶ相手が自分だったらとも考える。
でも。
私は友人としても、貴方を支えたいんです。
だから今でも充分、幸せなんですよ。
そう言っても、諦めるつもりは全くありませんけどね。

どういたしましてと返すと、照れているのを誤魔化すように悠里は紅茶を口にする。



私は変わらず貴方が大好きですよ、悠里────




◇◆◇第三章 完◇◆◇
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