【柳原学園】

□第三章
1ページ/43ページ




「転校生、だと?」
「おー。今から正門まで迎えに行ってくれ、生徒会」


ずず、と音を鳴らして紅茶を啜るのは生徒会担当柿崎夏希だ。
ゴールデンウィークが明けて暫く経った頃、夏希が突然生徒会室に来てそう告げた。
五月半ばに転校生…何ともまぁ、微妙な時期に。
俺は生徒会長のハンコを書類に捺しながら片手間で口を開く。


「転校生の話なんざ生徒会に上がって来てねぇぞ」
「通常は一週間前には通告が来るはずですが…」
「おかしいね〜、その話」


智也が夏希に新しい紅茶を渡しながら首を傾げる。
酒じゃねーんだからンなガブガブ飲むなよ夏希…。
でも啓介の言う通り、今いきなり迎えに行ってくれって言うのはおかしい。
一週間前に生徒会担当から生徒会に転校生に関する資料が渡されるはずなのに。


「……裏口、か?」
「時期も微妙ですし、暴力事件起こして退学になったその筋の馬鹿とかじゃないんですか」
「つまり〜、ヤの付く自由業の御子息ってこと〜?」
「その可能性もあるってだけですけど」


その筋の御子息…そ、そんな奴の迎えになんて行きたくない!
でも危ない役目を皆に押し付けるのも心苦しいし…。
すると桃矢が立ち上がった。


「……俺が、行く」
「桃矢が?」
「貴方なら剣道の腕前も申し分無いですしね」
「でも桃ちゃん、今から剣道部顧問に会わなきゃいけないんでしょ〜?」
「……そうだが、生徒会では俺しか…」
「ちょい待てお前ら」
「…ンだよ、夏希」


ひょいと手を挙げて俺らの会話を止めたのは夏希だ。
今から迎えに行けって言ったのは夏希なのに何で止めるんだよ、桃矢のこの自己犠牲精神を!
夏希は首を擦りながら微妙な表情をしている。


「あー…転校生ってのは別にその筋の奴じゃねぇよ? それだけは確かだ」
「? 何故そのようなことが言えるのですか?」
「いやぁ……実は、一週間前に理事長からちゃんと転校生のこと聞いてたんだよ」
「…はぁ? じゃあ何で俺らにこんな直前まで言わなかったんだよ」


俺が問うと夏希はカチャリと眼鏡を上げてキリッと。


「言うの忘れてたんだ」
「またかこのクソ教師…ッ!!」


何が堂々と忘れてた、だ。
そのテキトーさのせいで俺は志春にセクハラされたってのに…。
はぁ、と俺はハンコを一旦置いて夏希に手を出す。


「おら、転校生の資料さっさと出しやがれ。忘れたとは言わさねぇぞ」
「ふっ…お前はまだまだ甘いな、松村。そんなことは言わねぇよ」
「何せ転校生のことを言うために生徒会室にまでご足労したんですからね、夏希先生は」


智也の言葉にそりゃそうかと納得しかけた時、夏希は不敵に笑って。


「なくした」
「もう教師辞めたらどーですか」


間髪入れず発揮された俊太の毒舌に、いやーと堪えていない風に夏希は頭を掻いた。
俊太、よく言った。
きっと生徒会役員全員の言葉を代弁したはず。
智也が珍しく苦笑して書類を置く。


「私が行きます」
「じゃ、頼んだぞ工藤」


夏希は誤魔化すように爽やかな笑みで智也の肩を二、三度叩いた。
他の生徒ならその笑みで全て許すんだろうけど、残念ながら俺らには効かないぞ。
まぁ、はっきり失敗を告白する姿勢は評価してるけどさ。


「じゃあ俺は仕事に戻る」
「……俺も、剣道部顧問に会ってくる。すぐに終わるはずだ」
「私も正門まで転校生を迎えに行ってきますね」


そう言って夏希、桃矢、智也は出ていった。
まったく、人騒がせな教師だな。
俺はハンコ捺しを、俊太は書類整理を再開した。
そしてクッキーを食べるのを再開した啓介はふと呟く。


「そう言えば、結局転校生の名前も分からなかったね〜」


あ、と口に出そうだった声を押し留める。
夏希、言い忘れて行きやがった…。
それに気付かなかった俺たちも、いつの間にか夏希に毒されていたのかもしれないな。
これから気を付けよう、と俺は思ったのに。

その転校生に俺は『俺様生徒会長』を崩すほど衝撃を受けることになる。



.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ