【柳原学園】

□第二章
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(御子柴side)



「っ、松村!」
「……っ」


がしっ、と俺は松村の手を掴んだ。
はぁ、はぁ、はぁ、と二人の荒い呼吸が木々の中に溶けていく。
現役不良の俺と文武両道と名高い松村の追いかけっこは、互いに体力を削るものだった。
松村は俺の手を振り払おうとする。


「は、なせ…っ」
「その前にブレザー返せテメェ」
「…い、嫌だ」
「あ゛? …怒ってんのか」
「別に…怒ってねぇ」
「じゃあ何で逃げる」
「逃げてねぇ」
「逃げてんだろ、現在進行形で」


まだ被ったままの俺のブレザーで更に顔を隠して俯く松村に眉根を寄せる。
何で頑なに脱ごうとしねぇんだよ、コイツ。
辱めた腹いせにブレザーは返さないとでも言うつもりか。


「仕方ねぇだろうが、そういうルールだったんだからよ」
「だから怒ってないって言ってるだろ…っ」
「…取りあえず顔見せろ。表情分かんねぇとやりにくい」


怒ってようが嫌悪してようが、感情が分からないまんま喋るのは胸糞悪い。
しかし松村は黙って、ふいっと顔を背けた。
その瞬間俺の頭でプチンと何かが切れた。
ぐわしっ、と松村の頭をブレザー越しに鷲掴む。
俺は元々気が長い方じゃねーんだ。


「え…っ」
「いい加減にしやがれってんだよ!」
「うわっ」


俺の現役不良の名は伊達じゃねぇ。
無理矢理ブレザーを松村から引き剥がした。
フン、と鼻を鳴らしてブレザーを脇に挟めながら松村を目を眇めて見る。


「だいたいキスしてねぇ…だ、ろ…、……おい」
「……っ」


俺は松村の予想外の表情に言葉を切った。
真正面から見た松村の顔は怒りでも嫌悪でもなく──真っ赤、だった。
間抜けにも口を開けたままの俺に、松村は慌てたように俺に握られていない方の手で口元を隠す。


「み、見んな…っ」
「お前…」
「き、キスしてないのは分かってる。頬に、されたし…」
「じゃあ何でそんな真っ赤なんだよ…」
「び…」


──びっくり、しただけ、と。


羞恥で目に涙を溜めて幼い子供のように呟いた松村に。
ぞくり、と背筋が痺れた。
また、だ。
保健室で志春からコイツを助けた後寮で別れる時も、顔を赤くして俯く松村を見て衝動的に触りたく、なった。
空き教室で泣きそうな顔でへらっと笑ったコイツを慰めたいと、思った。
今も涙目で恥ずかしそうに顔を隠そうとするコイツを見て俺は──。


「だっ、だいたい、綾部が俺の相手するはずだったのにお前が…、……っ!?」


───松村を、抱き締めた。
突然のことに固まる松村の肩に顔をうずめる。
ふわりと鼻腔を擽る松村の匂い。
それは男臭いモンじゃなく、意外にも優しくて柔らかいモンだった。
俺様なコイツとは気が合わなくて中等部から喧嘩三昧。
なのに高二で俺は風紀委員長、松村は生徒会長になってその関係で色々やり取りするようになった。
その中で俺様じゃない一面も垣間見た。
その度に俺は…俺は?


「み、御子柴…? どうしたんだよ…」


松村が不安げな声で身じろぐ。
多分松村は、心底俺様なわけじゃねぇ。
こういう時俺が松村なら相手を殴る。
んで、ボコボコにした後ゴミ見るような目でそいつを見て、これからの生活オール無視だ。
『……そういう優しいとこを含めて、御子柴 竜二なんだってのも、思ってる』
空き教室でのコイツの言葉が頭をよぎる。


「…ははっ」
「な、何か怖ぇぞお前…」


とか言いながら突き飛ばそうともしない松村に、くつくつと笑えてきた。
どっちが、優しいんだか。
俺は松村をそっと離す。


「落ち着いたか、松村」
「は?」
「いや、しゃっくりの要領で驚かせたら落ち着くかと思ってな」
「な…っバカにしてんのかテメェ!!」
「ハッ。バ会長の分際で何吠えてんだ」


肩をすくめて身を翻す。
怒りだか羞恥だかで言葉を詰まらせる松村に、俺は短く告げた。


「───体が勝手に動いたんだよ」
「は? …っておい、御子柴っ」
「片付けに戻るぞ。俺と喧嘩してスッキリしたろ」


歩き出した俺の後ろを、軽く首を傾げながら不可解な顔でついて来る松村を肩越しに見て、俺は目を瞑った。


体が勝手に動いたんだよ。
和樹にキスされそうになったお前を見てたら。
はぁ、と息を吐くとバカにされたと思ったのかまた松村が喚いてきた。


あぁ、くそっ……。


そんな姿も可愛いと思ってしまうぐらい。


俺は松村が好きらしい────




◇◆◇第二章 完◇◆◇
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