【柳原学園中等部】

□第三章
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柳原学園について俺から少し説明させてもらおう。
柳原学園は中高一貫全寮制の男子校で、家が金持ちな奴らが通うお坊ちゃま学校だ。
思春期を男に囲まれて過ごすもんだがら、必然的に恋愛のベクトルが同性へと向かう。
そしてそんな生徒たちに人気のある奴が、生徒会役員に選ばれるわけだ。
だから現在の生徒会五名も皆華やかな雰囲気を持っている。

…なんてことを心の中で思いながら、綾部は壇上で新入生への祝辞を述べている男を見上げた。


(あれが、九条咲良……)


柳原学園高等部三年、九条咲良。
大手食品メーカーの御曹司。
黒い短髪で体格は良い方。
顔から真面目さが窺え硬い印象を受けるが、喋ると明朗闊達で人の好さが分かる。
二年連続生徒会長に任命された異例さ。
二年生で当然のように生徒会長になり、早々にその権力で一番の問題であった親衛隊の制度を整えた。
それもこれも中等部から続く勢力延ばしと学園改革の根回しのおかげである。
その一助となっているのが御子柴の所謂『学園の馬鹿討伐』であった。

そして生徒会副会長の三年、清水遼一。
九条咲良が光だとすれば、清水遼一は影。
目立たず、九条のサポートに徹している。
…が、ああ見えて一番厄介なのが彼ではないかと、綾部は睨んでいた。
加えて、書記の野本紘一、会計の佐原湊、庶務の川井純也。
三名は二年で、九条咲良に心酔、最早信仰しているもののその有能さは見て分かる。

そんな五名の生徒会役員をトップに据えている柳原学園高等部。
その生徒会役員と何かと比べられる、ある意味対等なのが風紀委員。
その風紀委員を現在束ねているのは、三年の風紀委員長、篠原隼人。
綾部より少し短い黒い髪、体格はそこそこ。
暗い雰囲気で黒ぶち眼鏡。
人が嫌いで毒舌家、副委員長すら据えていない変人。
パソコンに向かっているのがお似合いな容姿をしている、が。
この九条と清水、篠原の現在三年のトリオが学園の改革を成し遂げたと言っても過言ではない。
現に九条が表立っているとは言え、御子柴はどちらかと言えば篠原の指示に従って中等部の頃から動いていた。
綾部はこの三人の下ではなく御子柴に協力しているというスタンスであるが、その意地ですら利用されている気がする。


「──という言葉をもって、祝辞とさせて頂きます。…どうか楽しい学園生活を。俺たちはいつでも君たちの力になるからな」


ニッ、と祝辞中の真面目な表情はどこへやら、人の好さそうな笑みを浮かべた九条に黄色い声が上がる。
その黄色い声の主は当然男子生徒だ。


「あれが『王道学園』の『スパダリ』ってやつなのかなー、ねぇ竜二」
「俺が知るか」


柳原学園高等部の入学式が終わり、綾部は御子柴と共にいた。
綾部は御子柴に問いながらスマホで何かを調べ始める。


「あー、スパダリって、高学歴高身長高収入、性格よし顔よし家事育児にも協力的って概念なのかー。なら九条先輩はスパダリ候補?」
「…去年くらいから呪文みてぇなの唱え始めて、一体なんなんだ」


ほら、とスマホの検索を見せると御子柴は興味ないとそれを押しのける。
押しのけられた綾部は、ちぇ〜、と唇を尖らせながら答えた。


「俺ちょっと自分の感情がイマイチ分かんないことがあってー」
「…まぁ、テメェは疎い所があるかもな」
「漫画とか本とか、いろんな事例があるから読みまくってたんだけど」


そしたら出会っちゃったんだよねー、と綾部はニンマリと笑った。


「何に」
「BL、所謂ボーイズラブというやつに!」


綾部は興奮したように手を合わせどこぞを見上げる。


「男同士の恋愛を主に描いているジャンルで、最初勉強のつもりで読んでたら、なんか、こう、胸がときめく自分がいて!」
「ときめくって、お前…」
「まだハマったばかりだから、単語とか定義とか分かんないことが多いんだけど、男同士故の葛藤とか、必然性とか、もう最高すぎて!」


竜二もどう!? と顔を輝かせて薦めてくる相棒に、御子柴は顔を引き攣らせながら一歩退く。


「興味ねぇ、っつーか…黒揚羽のテメェはどこ行った…?」
「どこにも行ってない。ただこのキャラも二年続ければ立派に俺の一部だよねー」


いつかの彼女を真似して始めたこの拙い演技も、いつの間にかこれも自分であると言えるまでに昇華した。
金髪君、と呼んできた彼女をただ真似しているだけでは、こうはならないだろう。


「こういうジャンルが好きな男を、腐ってる男子で腐男子って呼ぶんだってー」
「じゃあテメェは腐れ似非チャラ男か」
「概ね間違ってはないんだけど、すげー暴言吐かれた気分ー」
「だいたい、恋愛漫画読むのは感情の勉強で分かるとして、なんで野郎同士の…」


突然、ざわり、と空気が変わった。
黄色い声が聞こえ、皆が浮足立っているような。
御子柴は反射的に目付きを鋭くする。
そしてその黄色い声がこちらに近付いてきて。
その中心の人物が御子柴と綾部の前に現れた瞬間、御子柴は盛大に舌打ちした。


「…相変わらずテメェは俺の通行の邪魔しやがって。暇なのか?」
「それはこっちの台詞だ」


バチバチと火花を散らす二人。
その二人を見て、綾部はあちゃ〜、と額に手を当て苦笑する。
どうしてこうも犬猿の仲になってしまったのか。
松村悠里。
本人の自覚なく、一人の人間に進む道を示した男。
片や逃げ道を示してくれた現相棒。
二人共自分にとって特別な存在には違いないのだが、この二人の仲が致命的に悪い。
目が合っただけでバトルが始まってしまう。


「ま、まぁまぁ、落ち着きなよ二人共ー。入学早々喧嘩は良くないかなー」
「コイツが俺の進行の邪魔すんのが悪ぃ」
「お前の方が俺の前に現れてんだろ。お前がどけ」
「ぁあ?」
「あん?」


ガンの付け合いが始まった。
しかしここまで仲が悪くとも手が出たことはない。
九条達に言われているから、というのもあるだろうが、御子柴はこういう所が硬派なのだ。
不良以外に手は出さない。
ここまで仲が悪いということは、ある意味御子柴にとって松村悠里は特別な相手。
それは逆も然り。
色々な感情が複雑に渦巻きながらも、綾部はどうしようかなー、と考えていると。


「こんにちは。一体どうしたの?」
「! 花梨。一年の所まで来たのか」
「勿論。入学おめでとう、まっつん」
「あぁ。ありがとう、花梨」


この二人の間に入り込む姿。
高等部二年、早乙女花梨。
いつかの逃げていた可憐な容姿から成長期を経て、外見は男らしく、しかし更に美しくなった。
外見もだが、内面も。



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