【終わらない物語】

□【雪月花】第一章
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新月の晩の闇の中で、月が咲いたのをこの目で見た。
黒服のフードを被ったソイツは闇の中に溶け込んでいるはずなのに、俺の目には道を照らす光に見えた。
俺を追っていた族共を舞うように沈めたソイツは、ストンと足を地に着けて俺を見ずに去ろうとした。


「待て」


俺の声にソイツは足を止める。
それでも振り返ろうとしないソイツに構うことなく俺はその背に言葉を投げ掛けた。


「テメェは誰だ」


するとソイツはゆっくりと振り返り、フードを目深に被り直した。


「──名乗るほどの、者じゃない」


俺は内心目を見開く。
身長は俺より小さいとは思っていたが、声も若い。
確実にコイツは年下だ。
にも関わらず物怖じしない堂々とした言の葉。
俺は誰もが恐れるような鋭い目付きでソイツを見た。


「俺には名乗れないとでも言いてぇのか」
「俺はアンタを助けたつもりもないし、邪魔をしたつもりもない。アンタは偶々居合わせた他人だ。それに……いや、良い」
「言え」
「…はぁ。…個人的に〈天狼〉の総長に名を知られたくないってのもある」


〈天狼〉──俺が率いるこの街で有名な族の名だ。
総長であるが故に、他の族に追われていた。
まさか三つの族が同盟を組んでまで〈天狼〉を……俺を潰しに掛かるとは思わなかったから油断していた。


「……知ってたのか」
「俺には優秀な仲間がいるもんで」


にっ、と口元が上がるのが見えた。
どこか誇らしげで先程までの淡々とした喋り方とは違い、年相応に見えた──コイツが何歳かなんて知らないが。


「──キ、どこに行きやがった、ツキ!!」


ふと、遠くで声が聞こえた。
その怒声に似た声色にフードの男は肩を竦める。


「っやべ、ユキ怒ってんじゃん。じゃあな、〈天狼〉総長」
「このまま帰すと思ってんのかテメェ」
「さぁ? 他人に引き止められる筋合いないけどな。あぁ、お礼参りに俺捜そうったって無駄だぜ? 俺たちは今日街を出る。この街での最後の夜、なかなか良いモンだった」
「おい……っ!!」


アイツはそう言うと、身軽に身を翻して闇夜に溶けた。
俺は追うこともせず、その闇を見つめる。
他人? お礼参り? 無駄?
───上等だ。
〈天狼〉の総長だと知りながらあの平然とした態度。
久々に、背筋が震えた。
獲物を見つけた高揚で。


「──ッリュウ、大丈夫ですか?!」
「うっわ、これ全部総長がやったんスか?」
「「…リュウ、どうかしたの? なんだかスッゴく、楽しそうっ」」


足止めの他の族を潰したのか、ようやく俺に追い付いた〈天狼〉幹部の四人。


「……おい、お前ら。ツキとユキで何を連想する?」


四人の言葉に返さずに尋ねた俺に、副総長は呆れたように息を吐く。


「…心配した此方が馬鹿でしたね。…ツキとユキ、ですか」
「月は夜で、雪は冬ッスね」
「バッカだなー」
「リュウがそんな意味で」
「「訊くワケないじゃん」」
「双子だからってハモるの止めてくんないスか。イラッとするんで」
「「ひっどいなー」」
「リュウが言うツキとユキとは…もしかして〈雪月〉のことですか」
「……〈雪月〉?」


副総長は双子と後輩のやり取りに苦笑しながら俺に告げる。
それを聞いた双子が先んじて説明し出した。


「〈雪月〉ってゆーのはねぇ」
「夜に通じる二人のコンビの名前だよ」
「確か『静かに雪は降り積もり、気高く月は咲き誇る』って二人にヤられた不良が詠んだらしいッスよ」
「「きゃはははっ!! ポエマー!!」」
「不良辞めて詩人になったらしいッス、ソイツ」


爆笑する双子や無駄な不良情報を口にする後輩を余所に俺の口の端が上がるのを感じた。
気高く月は咲き誇る──成る程、言い得て妙な表現だ。
アイツは確かに、咲いていた。


「──ツキを、捜せ」


その命令にピタリと笑いを止めた双子に、口を閉ざす後輩。
そして気配を鋭くさせた副総長。


「安否は」
「話せる状態のままだ。あまり殴るな」
「ってことは、敵ではないんスね」
「じゃあじゃあそのツキって子はぁ」
「リュウの」
「「お気に入り?」」


顔を覗き込んでくる双子に俺は無言を返した。
しかしそれだけで伝わるのが〈天狼〉幹部。
ふ〜ん、そう、とにんまりと笑う双子に、了解ッス、と敬礼する後輩。
そして既に計画と情報整理を始めている副総長。


「テメェら。こいつら徹底的に潰しておけ」
『──…はい、総長』


俺が暗闇に向かって言の葉を放つと、わらわらと現れた〈天狼〉たちがツキに沈まされた族の方へと歩き出す。



──月は必ず俺の手に。
逃げられると、思うなよ。



そうして俺は背後で鈍い音と怒声が聞こえる中、暗い道へと足を進めた。



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