【聖条学園】

□第二章
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(no side)


「あ、あの、母さん」
「なぁに?」
「葵は、どうしてますか?」


ぐずっ、と鼻をすすって蓮は訊いた。
聞き慣れない単語に、ソラは首を傾げる。


「アオイ?」
「僕の一つ下の弟です。如月葵」
「葵ちゃんは今、小学校に行ってるわ」
「あ、…そう、ですね……」


自分は年齢的には小学五年生なのだが、小学校というものに通ったことは当然ない。
知識的には高校レベルまで達している蓮だが、だからこそ普通のことを失念していた。


「葵くんも連れて来たかったんだけど、まずは僕らが、現状を把握しておかないとと思ってね」
「…じゃあ、貴志、は?」
「貴志くんも、蓮くんを見付ける為に頑張ってくれていたよ」


今度お礼言おうね、と言われて蓮は頷いた。
大手会社の息子なのに、仲良くしてもらっている佐伯貴志。
幼馴染みと呼べる彼にも、迷惑を掛けてしまったのだろう。
蓮は父の言葉にもう一度頷いた。


「では、警察側から経過を言わせてもらいます」


如月一家が落ち着いたのを見計らって、圭吾がそう切り出した。
なるべく深刻な雰囲気にならないように、蓮はベッドで両親の間に腰掛け、圭吾は少し離れたソファーに座っている。
ソラは父がそう言ったのを聞いて、パイプ椅子から立ち上がった。


「じゃあ俺は外に出とくぜ、親父」
「えっ」


成り行きで助けただけのソラは気を遣って病室から出ようとしたのだが、それに反応したのは蓮だった。
蓮の表情は不安に覆われている。
ソラはそれを目を瞬かせて見て、圭吾に尋ねる。


「……やっぱ居て良いか?」
「あー…まぁ、仕方ねぇな。構いませんか、如月さん」


勿論、と頷いた如月夫妻にソラは再びパイプ椅子に座る。
それを見て小さくホッと息をついた蓮をチラリと見て、圭吾は口を開いた。


「とりあえず、実験施設の研究員は全員逮捕した。愚息の友人は何名か負傷したようだが、目立った負傷じゃない。あと……蓮君が言っていたニィとサンは、無事保護されて、今蓮君と同じく両親と再会しているはずだ」
「っ、無事、だったん、ですね……」
「ただ…彼らの情報はこれ以上言えないことになっている」
「どういう…」
「彼ら居場所、本名、連絡先等々…。…上は、君たちがこれからも密接に関わることを良しとしていない」


圭吾の苦々しい顔でそう告げられた事実に、ソラは眉根を寄せる。


「そりゃ勝手じゃねぇか? 上層部がどういうつもりでそう言ってんのか知らねーけどよ」
「…良いです、それで」
「蓮?」
「あの子たちが無事ならそれだけで…。それに、僕らのような普通と違う人間が結束するのを怖がる理由も分かります。僕らは知りすぎたから。……警察は、この誘拐事件を内々に処理するつもりなんですね」


蓮は真っ直ぐに圭吾を見つめる。
少しの間沈黙が降り注ぐが、圭吾は観念したように頷いた。


「…あぁ、その通りだ」
「内々にって…子ども三人の誘拐事件だぜ? しかも蓮は六年間も、だ」
「研究員らは、かなりヤバいことをやってる。公にしたら世間が混乱するレベルだ」
「……そんなにヤバかったのか」


確かに自分と《ウラノス》幹部四人が相手取った黒服の男たちは銃を持っていたが、他にも色々やっていたのか。
そこで、視線が一点に集まった。
そんな人間たちに囲まれていた少年、蓮に。



「…蓮君、話してほしい。あそこで何があったのか、何をされたのか」
「………嫌、です」


蓮は一言、そう言った。
その答えに、皆虚を突かれた表情になる。
圭吾はハッとして、蓮の真意を窺うように目を細めた。


「…、何故?」
「圭吾さんには…警察には協力したいです。でも…母さんと父さんには、聞いてほしくありません」
「どうして、なのかな? 蓮くん」
「…辛い、から…です」
「蓮ちゃんが私たちに聞かれたら、辛いの?」


蓮は百合の問いに首を振って。


「聞いたら、きっと母さんたちが辛いから」


そう答えた。
どんな時も、他人を気遣っていた。
ソラに助けを求めた時だって結局、自分の為ではなくニィとサンの命が危なかったからだ。
その気遣いが両親にまで及んでいる。
十一歳の少年にも関わらず。
それは、能力とそれに伴う高度な理解力、そして。
実験施設での六年が形成したもの。
形成、されてしまったものだ。
その生活が如何様なものだったかは、蓮が語らないと分からない。
でも自分たちは親だから。


「───大丈夫。辛くても、私たちは知らなくちゃ」
「受け止めるのが、僕ら親の義務で、責任で、…愛情だと、思うから」
「だから話してくれないかな? 蓮ちゃん」


両親の真剣な眼差しを、じっと見返して、蓮はこくりと頷いた。


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