【柳原学園】

□第三章
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「…って感じで、まっつんの親衛隊隊長になったの。分かってくれたかしら、麗斗君?」


またオネェ口調に戻った花梨がレイに問う。
レイは微かに頷いた。


「何よりユウを護りたい…ってことですよね」
「そうね。だから親衛隊もしっかりまとめてみせるわよ」
「…分かりました。すみません、不躾なこと訊いて。弟として気になったもので」
「まっつん愛されちゃってるじゃな〜い。ウメにもそんな可愛いげがあれば…」
「俺が何? 姉さん」


唇を尖らせて拗ねる花梨の言葉を遮って現れたのは花梨の弟、新聞部一年、早乙女梅太だ。
新歓の告知記事を書いてもらって以来久し振りに会った早乙女は、フレーム無しのメガネで相変わらず頭が良さそうだった。
律儀に花梨を姉さん呼びして……って、ちょっと待て、何で早乙女がここにいる。
その視線が分かったのか、早乙女はこちらを向いた。


「お久し振りです、松村会長。初めまして、松村君。隊長の弟の早乙女梅太です。俺も会長親衛隊に入隊しました」
「へぇ、花梨先輩の。よろしく、早乙女君」
「…無理矢理入れたのか? 花梨」
「違うわよ。ウメが自分から言ってきたの。ねぇ?」
「はい。俺は姉さんに言われたからって、入りたくなかったら入りませんよ」


淡々と頷く早乙女に、眉根を寄せる。
いや…良いんだけどね、別に。
でも、どういう意図で入ったのか…うん、ここで訊くのはよそう。
兄の花梨の前で訊く勇気は俺にはない。
早乙女の言葉に、花梨は目を眇る。


「やっぱり可愛いげないわねぇ、ウメ。麗斗君を見習いなさい」
「俺に可愛いげあったら気持ち悪くない? 姉さん」
「……、…それもそうね」


少しの間の後、花梨は神妙に頷いた。
その俺とレイとは違う兄弟のやり取りに、レイは肩を震わせ俺は笑うのを堪えるために咳払いをする。
俺も声上げて笑いたい…っ。
でも兄弟って言っても色々違うんだな。
俺とレイは、二人きりの時だけだけどスキンシップが多い。
でも早乙女兄弟は淡々としてる、けど決してお互い嫌ってるワケじゃないのが分かる。
智也たちとか御子柴たちは兄弟とかいるのかな。
お互い家族的な話は一切しないからな…それには俺も助かってるんだけどさ。
俺の母さんがもう亡くなってるのをアイツらは知らないだろうし。
家族の話=会社の話ってのが柳原学園では成り立っちゃってるからな。
本当に友達でいたいんだったら家の話はしないのが吉、ってわけだ。


「でも麗斗君、もうすぐ親衛隊出来るんじゃない?」
「レイに?」
「俺は親衛隊なんていらないんだけどなぁ」
「でも松村君は、作っておいた方が良いと思う。……変な噂もあるし」
「…話せ、早乙女」


目を鋭くして俺は早乙女を見た。
早乙女は花梨を見て、次いでこちらを向いた。


「制裁の話が持ち上がってるらしいです」
「……何だと?」
「確かに松村君は人気がある。でも転校して早々生徒会役員と風紀委員のトップと仲良くなった松村君に、反発してる人たちもいるみたいです」
「誰だ」
「そこまではまだ……」
「さっさと探し出せ。この学校から締め出す」
「ちょ、ちょっと、まっつん?」
「レイに手ェ出しやがったら、家ごと潰してやる…っ」
「ま、松村会長…?」


ギリ…ッ、と歯を鳴らす俺に花梨と早乙女が呆然とし、空気が変わった俺に騒いでいた隊員たちも黙って怖々と此方に目を移している。
でもそんなこと知ったことじゃない。
制裁、だと? ふざけんな。
レイを傷付けるわけにはいかない。
レイまで、失うわけにはいかない。
レイまで居なくなったら、俺は……。
その時、ぽんと軽く肩に手が置かれた。
ハッとして顔を上げると、レイが眉を下げて微笑んでいた。


「大丈夫だよ、ユウ。俺、こう見えて強いからさ。心配いらないよ」
「れい、と……」
「それに多分その人たち、俺がユウの弟って知らないんじゃないかな。どうにかして皆に知らせれば、そんな話なくなるよ」
「じゃあ、新聞部で取り上げましょうか。俺、新聞部だから」
「それは助かるな。ありがとう、早乙女君。…ってことだから、物騒なこと言うのは止めようね」


流石に家を潰すのは申し訳ないよ、と朗らかに笑うレイを見て、段々落ち着いてきた俺は長く息を吐いた。
……駄目だな、俺。
レイに迷惑掛けてどうするんだよ。
しっかりしないと。
俺はレイの兄貴なんだから。
俺は立ち上がって、親衛隊の皆を見渡した。
それだけで皆は姿勢を伸ばす。


「こいつは正真正銘、俺の弟だ。俺と話してるからって変な嫉妬してレイに手ェ出すんじゃねぇぞ」
「会長親衛隊に関してなら、大丈夫よ。アタシが既に言って聞かせてるから」
「だろうな。俺はそこに関してはテメェらを信頼してる。制裁なんて胸糞悪ぃ真似するような奴らじゃねぇってことはな。だからこれは俺の勝手な想いだ。……俺の大切なモンも、護ってくれ」
「「───はい……っっ!!」」


俺の願いに返って来たのは、力強い声だった。
まさかチワワ軍団からそんな男らしい使命感溢れる返事が得られるとは思ってなかったから、つい目を瞬かせてしまった。
花梨は紅茶を飲んで、口元に笑みを浮かべた。


「言ったでしょう? ──アタシたちは、貴方を護るためにいるって。それは、貴方の想いすらも護る、ってことなのよ」


俺は誤解していたのかもしれない。
そう思っているのは、花梨だけなんじゃないのかって。
隊員たちは、俺に憧れてるだけなんじゃなかって。
でも俺の親衛隊は、皆一方的な想いを抱いてるだけじゃなかったんだ。
それは今、俺の願いを聞いて嬉しそうに笑っている隊員たちの顔を見れば一目瞭然だった。


「───そっか」


良かった、今日お茶会に来て。
知れないままだったら、この子たちに失礼だった。


「……ユウ、その顔は駄目じゃない?」
「は? って、何でコイツら固まって……」
「さぁね。ユウ、そろそろ戻ろう」
「ん? あぁ、そうだな。じゃあな、また来る」


そう言って、俺はレイと共にその場から去った。




☆☆


(花梨side)


その後ろ姿をアタシとウメは複雑な表情で見送った。
……このお茶会で、悟っちゃったわ。


「つまりまっつんの重要な点は」
「良くも悪くも弟だってことだね、姉さん」


新歓の告知記事依頼の時に見せた笑顔も、さっきの家を潰すと静かに激怒したまっつんも。
弟として気になったもので、と聞いたアタシはまっつんに、愛されてるじゃないと返したけど。
どうやら、逆でもあったみたいね。
まぁ、俺様なまっつんが弟好きっていうのも意外性があってアタシとしては護りたいって想いが強くなったけれど。


「でもさ、最後の笑顔は」
「アタシたちに、向けたものでしょうね」


そっか、と去り際にまっつんはふわりと微笑んだ。
麗斗君の言う通り、あの顔は駄目よね。
本当に、可愛いんだもの。
くるり、とアタシは振り返って隊員たちを見た。
そして人差し指を口元に持って行って一言。


「───アタシたちだけの、秘密よ?」


返ってきたのは。
護る意志を更に宿した、力強い頷きだった。
ここにはまっつんの笑顔を見たからと変な行動を起こすようなおバカさんはいないけど、余所は分からないから注意しないとね。
恩とは別に、男としても彼を護りたいから。



そうしてお茶会は、幕を閉じた。



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