【柳原学園】

□第三章
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(no side)


残された綾部のもとに、留守番の委員が指導部屋を覗き込む。


「俺はどうしたら良いんですか?」
「……俺が、ユーリ会長の身体測定に同行したってことにしておいて」
「了解です。……綾部先輩、冬の寒い時期に殴ってすみませんでした」
「何、盗み聞きー? 趣味悪いよ、竹中」


綾部はふっ、と笑ってその留守番の委員……冬の寒い時期に、抱いてくれと二度目の懇願をしてきた竹中を見た。
竹中はそれに答えることはせず、悠里が出て行った方に視線を移す。


「松村会長があんな鈍い人だとは思いませんでした。なんであそこまで話されて、自分と委員長と綾部先輩の話だってのに気付かないんですか」


さっきまでしていた話は全て、綾部の中等部での話だった。
かっちゃんは綾部和樹、りっちゃんは御子柴竜二。
そしてゆっちゃんは、松村悠里だ。
修羅場からいろいろあって和解し、今や風紀として共に働いている一年生の竹中に、綾部は面白そうに肩を震わせた。


「さぁねぇ? ユーリ会長にとってはただの日常だったんじゃないのー? それにあの時俺、前髪下ろしてガラ悪くしてたから」


いつもは上げてる前髪も、下ろしたらかなりの長さになる。
多分悠里はあの時、綾部の顔がほとんどまともに見えていなかったはずだ。


「それに俺は、バレなくて良かったよ」
「告白しましたもんね」
「……もう盗み聞きは止めようねー、竹中クン」


まぁ、勢い余って告白してしまった自分が悪い。
というか、志春に襲われている悠里を目撃したことで思った以上に焦っていたらしい。
結局、気付かれることはなかったけれど。


「綾部先輩にも下半身ゆるっゆるって噂あるのに、今は全然ヤってないって事実を鑑みれば分かりそうなんですがねぇ」
「余計なこと言うなよー、竹中」
「言いませんよ。俺は暗い影背負ったネガティブな昔の綾部先輩が好きだったんであって、一途で明るいポジティブ寄りの今の綾部先輩には全く興味ありません」
「キミはそういう子だったよねー……」


なんとも残念な性癖の子だった。


「おい、そこで何やってやがんだ」


そこに、偉そうな口振りの親友が指導部屋にやって来た。
竹中は頭を軽く下げて仕事に戻る。
綾部は眉根を寄せている御子柴に、へらりと笑いかけた。


「やっほー、竜二」
「じゃねぇよ。和樹お前、見回りサボっただろ。お前の担当場所の報告を他の奴がしてきたぞ」
「サボってたんじゃなくって、ユーリ会長の身体測定に同行してたんだってー」
「……松村の?」


松村。
ずっとバ会長としか呼んでいなかった御子柴が、いつの間にか苗字で呼び出した。
いや、いつの間にか、じゃない。
新歓の時から、だ。
きっと何かあったんだろう。
もしかしたら、自覚でもしたんだろうか。


「……何も、なかったか?」
「いやー、志春ちゃんにヤられそうになってびっくりしたよねー」
「は!? …アイツ、また松村に手ェ出しやがったのか…っ」
「どうしたー? 嘘に決まってるじゃーん」
「ッ、テメェ…!!」


嘘じゃないんだけどねー、とこそっと舌を出す。
というか、やっぱり前にも同じようなことがあったのか。
本当に、志春は本能に正直だ。
───自分の気持ちには、正直に生きてほしいよな。
ふと、悠里の言葉が頭に響いた。


「……竜二」
「あぁ? ……どうした、和樹」


様子の違いに気付いて、御子柴は綾部の前の、先程まで悠里が座っていたソファに座って話を聞く態勢を取った。
こういう気遣いが出来るのも、御子柴の良いところだ。
そんな御子柴も、大切にしたい。
だから。


「───頼むから、早く捕まえてくれないかなー……」
「和樹……?」


生徒会の奴らよりも、目の前の御子柴よりも、ずっと早くから自覚して、当事者たちには悟らせることなく積もり続けたこの想いは。
これからも、へらへらとした笑みに隠して傍観者として生きていく。

悠里と共に過ごせる生徒会役員に対する嫉妬も。
キスをして太腿に触れていた志春への暴力的な思考も。
そんな思考以上に、体操服を着た悠里を見た瞬間に湧き起こった彼に対する欲情も。
今まで通り、悟らせない。

今回BLの話と偽って中等部の話をしたのは、自分の立ち位置とこの覚悟を確立させるためだった。
自分の気持ちに正直に生きてほしい、そんな好きな人の願いには。
今の自分は応えられない。


「でもさー、竜二」
「…何だ」


応えられないと。

『最後まで自分の気持ちからも逃げずに、前に進めって話だろうが』

思って、いた。


「もしも付け込む隙があったなら、……ぐいぐい行ってみようかなってぐらいは思い始めて来ちゃったよねー」


ご本人様に言われちゃったらねぇ。
あくまでも、悠里と目の前の親友が優先だ。
でも隙が出来たなら、自分で行くのも悪くない。
御子柴は呆れたように息を吐く。


「ほんとにテメェは、時々自己完結しながら喋るよな」
「ごめんね竜二ー」


やっぱり今の綾部先輩は全くタイプじゃない、なんていう竹中の呟きが聞こえてきて。
綾部は更に、笑みを深くした。



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