【柳原学園】

□第三章
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しかしそれも一瞬の出来事だったかのように、綾部はいつものようにへらっと笑った。


「それから、かっちゃんの大切な人は二人になったんだよ。親よりも、周りの奴らよりも、今まで抱いてきた誰よりも、りっちゃんとゆっちゃんが、何よりも優先すべきモノになった」
「ゆっちゃんのこと嫌ってたのにか?」
「だからー、省いたけど色々あったんだってばー。で、かっちゃんはりっちゃんとゆっちゃんを見守りましたってゆーお話…」
「…おい、待て綾部。最後すげぇ省いただろ」
「えー? 何で?」


いや、何か俺がBLにここまで入り込む必要があるのかとかいう疑問があるけど、ちょっとこれじゃスッキリしない。
まず、と俺は切り出す。


「りっちゃんとゆっちゃんを見守ったって、喧嘩してんのを見守ったのか? 二人仲悪いんだろ?」
「んー、なぁんかねー、嫌い嫌いもなんとやら、みたいな関係だと思うんだよねー、二人って。だから変に拗れないように見守るって感じ?」
「…? つまり、りっちゃんとゆっちゃんは実は好き合ってるってことか?」
「俺に訊かれてもねー…ユーリ会長になら分かるんじゃないのー?」


綾部しか読んでないんだから、俺が分かるわけないだろ。
まぁ良いや、そこら辺は詳しく描写されてなかったってことだろ。
かっちゃんが主人公みたいだしな。


「あと一つ、分からねぇんだが」
「なにー?」
「かっちゃんはゆっちゃんのこと、どういう意味で大切なんだ?」
「っ、ど、ういう、意味かなー?」
「いや、りっちゃんのことは仲間として大切なんだろ? なのにゆっちゃんに関しては言わなかっただろ、お前」


やっぱ進む道を作ってくれた恩があるから、大切なのかな。
なんて思っていると、ぽそりと何か聞こえた。
見れば綾部が膝の所で拳を握って何かを言ったようだった。
聞き返すと、綾部は再び口にする。


「……好き、なんだよ。かっちゃんはゆっちゃんが」
「仲間としてか?」
「男として、好きなんだよ、…ユーリ会長」


顔を上げた綾部の表情は真剣そのもので。
何故かドキリと胸が鳴った。
じっと見つめてくる綾部には、一切の戯れもなかった。
お互い見つめ合う状態だったけど、ふいっと綾部の方が目を逸らす。


「…これで納得したかなー? ユーリ会長」
「あ、あぁ、まぁ、興味深い、話だったとは思う」


のびーっと背筋を伸ばす綾部に、俺は先程の動悸を誤魔化すように頷いた。
なんか、びっくりした…。
でもなぁ…ちょっとまだ不満を感じる。


「つまりかっちゃんは、二人の為に身を引いてるってことか?」
「身を引くってゆーか、ゆっちゃんのこと好きだけど、りっちゃんも大切だから、二人を優先してたら…うん、身を引いてるのかなー…、結局のところ。何かご感想はありますかー?」


ご感想って…コイツ、俺をそっちの世界に連れていこうとしてないか?
いくらレイと同じになるからと言っても、その世界で過ごせる気がしない。
と言うか、俺様キャラとの両立が不可能だ。
でも、わざわざ俺に話すくらいだから、この話は綾部の好きな話なんだろう。
だったら、何か言うのが礼儀だよな。
風紀にはいつもお世話になってるしさ。


「まぁ、ゆっちゃんの気持ち何となく想像してみたんだが」
「…うん、何?」
「自分が言った通り、かっちゃんが本気で好きになった人に対して優しくなれてるってことは、嬉しいと感じてると、思う」
「そう、かな…そうなんだ、…そっかー。ゆっちゃんは嬉しいと、思ってくれてるんだねー」
「あくまでも俺の意見だ、勘違いすんな。でもなぁ…」


これ以上、言おうかどうか迷った。
だって、綾部はかっちゃん派らしいから。
でも言ってこそ俺様キャラかな、とその考えを言ってみた。


「二人を大切にするために身を引くのが、気に入らない」
「……え?」
「意味分かんねぇ。りっちゃんとゆっちゃんが大切だから、ゆっちゃんへの恋心に蓋してるってことだろ? バカじゃねーの」
「ばっ、バカって、何でだよっ!」
「俺なら我慢してもらってまで見守ってほしくねぇな。それに、かっちゃんは好きな人に進む道を示されたんだろ? なら最後まで自分の気持ちからも逃げずに、前に進めって話だろうが」


かっちゃんってビビってんじゃねーの? ってのが俺の感想。
大切な人だからこそ、臆病になる。
それは分からないでもない。
俺だって、レイが制裁されるとかお茶会で聞かされた時、怒ると同時に恐怖が湧いたしな。
でもさ、やっぱり。


「自分の気持ちには、正直に生きてほしいよな」


それは、俺の願望でもあるけれど。
その隠された気持ちを心に留めて綾部を見ると。
目を見開いて、呆然としていた。
……あれ、言いすぎた?
いや、もしかしたらこういう話の玄人さんから見ると、素人の俺は滑稽だったのかも。
うわー、恥ずかしすぎる。
もう話も終わったっぽいし、俺は生徒会室に戻らせてもらおう。
逃げるなって?
知るか、俺はかっちゃんじゃない!!


「俺は戻るぞ。口裏合わせは頼んだ」


そう言って、俺は指導部屋の扉を開けて風紀室から出て行った。



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