【柳原学園】

□第三章
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「…で、キスした理由は?」
「だから、したかったからだっつってんだろうが」
「だから、何でしたかったんだって訊いてんだよ、俺は」
「だから、………」
「おい、志春?」


あの志春が、言い澱んだ。
お互い沈黙したけど、志春はイラついたように頭を掻いて開き直ったように叫んだ。


「だからっ、お前が好きなんだよ!」
「……は?」
「あー、くそっ。三十路手前の男が高校生に調子狂わされるとか、屈辱以外の何物でもねェぞ」


ぶつぶつと不満を述べる志春の顔をガン見する。
ふむ、つまり?
二十九歳独身の、外見ホストな保健医、柿崎志春先生は。
俺、松村悠里が好きだから、勢い余ってキスした、と。
そういうことですか?


「……松村お前、キスじゃなくて告白で顔赤くするってどういうことだ」


俺を見下ろす志春の顔が、呆れた表情に覆われる。
志春の言葉通り、俺はぶわぁぁぁっと顔に熱が集まるのを感じていた。
だ、って、好きって…っ。


「チワワから、いつも好きですオーラ出されてんじゃねェか」
「あ、あの子たちはっ、…俺に対しての憧れを、恋愛感情と混同してるのがほとんどだ」


勿論本気で好きになってくれてる子もいるだろう。
でもそんな中身の伴わない恋愛感情なんて、柳原学園を卒業して社会に出れば失われる、泡沫の夢だ。
でも社会に出ている目の前の男は、それでも尚、俺が好きだと告げてきた。


「つまり、俺の本気は伝わったってことだよなァ」
「あ、のさ、志春。分かったからいい加減どいてくんねぇか?」
「無理だな」
「は? って、おまっ、どこ触って…っ」
「我慢出来ねェ」


志春の手が膝下までのズボンの裾から入ってきて、するりと俺の太腿を撫でた。
その感触に、ゾクリと背筋が震える。


「ぁ…っま、待った!! それはシャレになんねぇから、前みたいに服の上から腰撫でるのとはワケが違うからっ」
「シャレじゃねェからな。言っただろ? お前が好きだって。好きな奴の生足見せられた男の気持ちになってみろ」
「指定の体操服なんだから仕方ねぇだろうが!! っ、ゃ…ん、…っ」


志春は唇で俺の鎖骨に触れた。
そしてぬるりとした感触。
ひんやりと空気に触れて、舐められたことを知らしめる。
御子柴に見られた時もされた、この行為。
でも状況が違いすぎる。


「っ、お、れを、襲って、何が楽しいんだよ!」
「全部」
「こ、こういうことは、可愛い子に対してだな…っ」
「……お前が好きだって言ってる俺に、他の奴抱けっつってんのか、お前は」
「っ、ちがっ」


とすん、と俺の胸に頭を落とした志春の肩は震えていた。
しまった…確かに今の発言は、志春の気持ちを踏みにじった。
でも、抱かれる側として扱われるのは初めてで、俺もワケ分かんなくなっちゃってるんだよ…っ。


「しは、る、違う、あの、俺、多分、お前が思うほどの人間じゃなくて、だから」
「…くくっ」
「……ん?」
「ふ、はははっ! お前がそんなにキョドるの初めて見た…くくっ」


こ…っいつ…傷付いたフリしてやがった…!!
もう良い、こんな奴に気を遣った俺がバカだった!!


「いい加減放せっつってんだろうが、ふざけんな!!」
「怒んなよ、松村ァ」
「怒るに決まってんだろ!? 第一…っ」


すぅ、っと息を吸い込んで、無意識に勢いで言い放つ。


「好きなら優しくしろよ!!」


その言葉に志春は目を瞬かせて。
にっこりと、笑った。


「そうか、分かった」
「! わ、分かってくれたのか、しは…」
「優しく触って、イかせてやるよ」
「違うっつーのッッ!!」


俺の言葉は虚しく散った。
志春の手が、かなり際どい所に触れる。
これはマジで貞操の危機だと思わず声をだそうとした瞬間。


「これはちょっと、いただけないよねー、志春ちゃん」


ベッドの四方を囲んでいたカーテンが開かれて。
その先に立っていたのは。


「……御子柴にしろお前にしろ、悉く邪魔してくれるよな、風紀はよォ」
「志春ちゃんが風紀乱すからじゃーん。で、大丈夫だったー? ユーリ会長」


にこりと笑った、風紀副委員長。
綾部和樹だった。



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