短編
□カタチ
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最近宮前さんがおかしい。
ずっとぼーっとしてる。
ぼーっとしてるのはいつもなんだけど、なんかそういうんじゃない。
最近はよく一点をずっと見つめてる。
でも、目が死んでる。
話しかけても、何度も呼ばないと反応しない。
実際、今だって話してるけど、絶対聞いてない。
「ねぇ、宮前さん」
「…」
「宮前さーん」
「…」
「宮前!!」
「はい!!!」
「聞いてましたか今の話」
「あ、ご、ごめん。聞いてなかった」
「もーしっかりしてくださいよ」
「分かってるって。仕事ではちゃんとスイッチ入れるから」
そうほほ笑んで言っていたけど、すぐまた目が死んだ。
で、一点を見つめ始める。ほんとに仕事大丈夫かな…。
でも宣言通り、仕事はすべて順調にこなしていった。
おかしいと思っていたのはただの思い違いで、いつも通りなのかなと考えていた矢先に、宮前さんはまた不安にさせてくれた。
「ねぇりおん」
「なんですか?」
「ちょっと、先帰るわ」
「へ?」
「今日は用事、あるんだ」
「え、あ、、はい」
「じゃ、お疲れ」
「お、お疲れ様です」
何だろう今の。
別にいつも一緒に帰ってるわけでもないのに、わざわざ報告してくるなんて。
そんなに用事があることを誰かに言いたいのかな?
やっぱり変だ。
今度こそ問い詰めないと…。
* * *
そうして、次に会ったのは公演の時。
始まる前はあまり時間がなかったし、もしかしたら短時間じゃ話せない大事かもしんないと思って聞かなかった。
でも当の本人は公演を大事にしてるからか、オフの時とは別人みたいにはっちゃけてた。
ふと気づくと、公演も終わりを告げていた。
「宮前さん」
「ん?なに」
「今日は時間ありますか?」
「えー今日は…」
「話があるんですけど」
「どういう話?」
「真剣な話」
「…分かった」
別に真剣な話じゃないけどさ、こうでも言わないと逃げそうな気がしたから。
でも、万が一ってこともあるから、一番最後に出口をでた。
外は想像以上に寒くて、冬が近づいてるんだなと実感する。
「んで、話って?」
「なんか…」
「?」
「最近、なんかおかしいですよ」
「え? どこが?」
「いっつも目が死んでるし、ぼーっとしてるし…」
「あんまり自分では言いたくないけどさ、ぼーっとしてんのはいつもでしょ?」
「いや、そういうんじゃなくて!」
こういう鈍感なとこは、いつも通りなんだけどな…。
でも宮前さんだし、ちゃんと言わなきゃわかってくれないよね。
そう思って宮前さんのほうに体を向けようとしたら、ふいに近くにあった低木で指を切ってしまった。
「痛っ…」
人差し指からは血がどんどん溢れてくる。
何でこのタイミング?今から聞こうとしてんのに。
出てくる血に溜息を小さくはく。
すると、突然指が生暖かい感覚に襲われて思わず変な声が出た。
「………な、なに、してん、の?」
そう呟いた。
確かに聞こえているはずなのに。
彼女はりおんの指を舐めることをやめない。
混乱していて、どうすればいいか分からない。
何が、どーなってんの?
「宮、前、さん?」
消えそうなくらい小さい声で名を呼ぶと、指を離してゆっくりこっちを振り返った。
さっきまでいたはずなのに。
今もいるはずなのに―。
そこにいたのは、ただの宮前さんではない。
確かに表情も、普段より落ち着きがあるけど…。
いつもと全く違ったのは目を紅く燃やし、少し開いた口から長い2本の牙が顔をのぞかせていたところだった。
「ばれちゃった、か」
まいったな、と頭をかく姿は変わりないはずなのに。
目の前には、しっかりと宮前杏実が存在してるはずなのに。
吸血鬼、というだけでこんなにも別人に見えるなんて。
「これが、原因ですか?」
「え?」
「宮前さんが吸血鬼だから、最近おかしいんですか?」
「んー、、 半分合ってて半分違うかな」
「どういうことですか」
「ほんとはね…」
「?」
「愛する人の、りおんの血が欲しかったからだよ。
今までは欲を我慢できてたけど、もうそろそろ限界が来てる」
宮前さんの目が死んでたのは、他人の血だけでは満足できなくなったから。
ぼーっとしてたのは、どうやってりおんの血を得ようか考えてた、かららしい。
すっごく変な理由。
そういえば、いつかどこかで読んだ本に書いてあった。
『吸血鬼は日光に当たると死んでしまい、ニンニクも食べることができない』
全く当てはまっていないこの人がほんとに吸血鬼なの?
ていうか、いつから吸血鬼になったの?
どうやってなっちゃったの?
普通ならそんな疑問しか生まれないと思う。
だけど、なぜだろう。
目の前の紅い目を見つめていると、そんなことどうでもよくなってきた。
別にいいや。
もし噛まれて自分も同じ姿になったとしても。
すると、宮前さんが優しく腕で頭を包み込んでくれた。
「ねぇ、りおん」
「…いいですよ」
「…っえ?」
「りおんの血でいいのなら、宮前さんにいくらでもあげます」
「………後悔しない?」
「…はい」
「……わかった」
そう言い終えると、彼女の舌が首筋を這い、また変な声が出る。
まるで割れ物を扱うみたいに優しくなでるように、何度も何度も舐めてきた。
そして、最後に噛むところに一つキスを落として。
「りおん、愛してるよ」
気付けばすでに、牙が体に入ってきていた。
end,,,