音素の破壊者

□歪んだ預言(みらい)
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液状化した大地の上

かろうじて人が立っていられる強度を持つ地面は、ティアの歌う譜歌によってそれを保ったまま落ちてきたものだった。

超振動の暴走によって気絶していたルークは、重たい瞼を開き、ゆらゆらと立ち上がる。


「ご主人様!よかったですの!」


ミュウの言葉をぼんやりと聞き流して辺りを見回すと、そこは先ほどまでいた場所とは全くと言っていいほどかけ離れたそれだった。


暗く淀んだ空に、液状化した大地。それらに加え地盤の隙間から噴き出す障気が、ルークたちの視界を悪くしていた。

信じられなかった。


ふと、どこからかか細い人の呻き声が聞こえた。


「誰かいるわ!」



声の方向に目をやると、落下した瓦礫の上で、父親らしき人の下敷きになり身動きの取れない少年がいた。


「父ちゃ……ん……。痛いよぅ……父ちゃ……」

「お待ちなさい!今助けます!」


少年を助けようとしたナタリアの腕を、ティアが掴む。


「駄目よ!この泥の海は障気を含んだ底なしの海。迂闊に入れば助からないわ」

「ではあの子をどうしますの!?」

「ここから治癒術をかけましょう。届くかも知れない」

「おい!まずいぞ!」


沈み始める瓦礫。その上にはまだ少年がいた。


「いかん!」



「母……ちゃん……助け……て……。父ちゃん……たす……け……」


……そして、少年は父親の遺体とともに沈んでしまった。

直後、ティアたちの立つ地面も揺らぎ始めた。


「ここも、壊れちゃうの!?」

「タルタロスに行きましょう。緊急用の浮標が作動して、この泥の上でも持ちこたえています」



―――――
甲板で待機していたルークたちの元に、タルタロス内を散策し、動くかどうかの確認をしていたジェイドが戻ってきた。


「何とか動きそうですね」

「魔界(クリフォト)にはユリアシティという街があるんです。多分ここから西になります。
とにかくそこを目指しましょう」

「詳しいようですね。この場を離れたらご説明をお願いしますよ」


『わかりました』と答えたティアは、一人足りないことに気づいた。


ジェイドと一緒にいたはずの青い髪の少年の姿が、どこにも見当たらないのだ。


「そういえば大佐……ファレンは…」

「先ほどまで一緒にいましたが、先遣隊の様子を見てくると言って、坑道に……」

「そんな!では、まさか…ファレンは崩落に…」

「……巻き込まれた可能性が高いでしょう。それにこれだけの規模の崩落です、生存している確率はほぼ皆無かと」

「……ファレン……」

「…彼の死を悼む暇はありません。今は一刻も早く……。……?」



ふと、視線を逸らしたジェイドが『艦の一部に氷が張っている』ということに気がついた。


「……まさか!」


ブーツの重い音を響かせ、彼は凍った箇所を確認しに走った。


「――――これは……!」


彼は目の前の光景を、自分の目を疑った。

何故なら、そこには氷付けになったファレンの姿があったからだ。

途端に彼は血相を変え、全員を呼び出した。


「大佐、何か見つけたのですか?」
「何ですの…?」
「どうした、ジェイド!?」
「…っ………!」

「…皆さん、あれを見てください」


ジェイドに促され、ルークたちは液状化した大地を除き込んだ。当然、先ほどジェイドが見た光景と同じものが目に入る。


「っあれは……!」
「ファレン!?」

「何てことなの…!」

「はぅあ!このままじゃ、ファレンヤバいんじゃ…」

「くっ……」


助けようにも、いつ沈むかわからない場所に行くわけには…。


「見たところ、あれは譜術で発生させた氷のようですね。わずかながら音素の流れを感じます」

「しかし、譜術となりゃ尚更…」

「普通は術者が死ねばその譜術も無効となるはずです。しかし、あれは形を保っている。それどころかすさまじい強度を誇るようですね」


『あの様子だと落下した衝撃にも耐えられる氷を形成したのでしょう』と、冷静な分析をガイに述べる。


「…ってことは……」


少なからず降りられる可能性がある。


「船内のものが何か使えるかも知れません。
アニス、ロープか何かを持ってきてください。あの氷にくくりつけて引きあげます」

「わかりましたぁっ」


彼に頼まれたアニスは、バタバタと慌ただしく船内に戻っていった。


「…ファレン………」


俺のせいで…あいつが……。

責任感が押し寄せ、押し潰されそうな思いでルークはそれを見ていた。


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