恋物語
□【第三章】潮風漂う外を飛ぶ鴎と
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「ここは」
確か私は、小汚い路地で気を失った筈なんだけど……?
とても広くて綺麗なお部屋、温かくてふっかふかのベッド。
ピンとした新品のような着物。
「ここはどこだーー⁉︎」
思わず声を上げてしまった。
でもでもでも、それってしょうがなくね‼︎⁉︎
路地で寝て起きたらこんな綺麗な場所にいるんだよ⁉︎
し ょ う が な く ね ‼︎‼︎⁉︎?
「おや、起きたのか。調子はどうだい?」
ふと、入り口の扉が開き、男の人の声が鼓膜を震わせた。
「あ、貴方が私を助けてくださったのですか…⁉︎」
「助けただなんて大袈裟な…僕は当然のことをしたまでだよ」
赤毛の、長髪の男の人。
容姿端麗とはこのことを言うのか、と言うほどの美形男子だった。
なんだか急に緊張してきた…。
「あ、その、ありがとうございます‼︎こんな、新品の着物や広いお部屋……!!!」
私が慌てて頭を下げると、その美形さんはくすっと笑った。
「いいや、気にする必要はない。僕がしたくてやった事なのだから。
僕は森鴎外。お前は何という名だ?」
森鴎外……?
聞いたことある名前な気がするけれど…思い出せない。
「あ、私は木暮那緒です。
本当、ありがとうございました」
「ふむ…良い名だ」
微笑みを称えてそんな事を言われてしまうと、流石に誰でも照れてしまう。
それにしても、私、自分の名前は覚えているみたい………。
逆に言うと、自分の名前と芽衣ちゃんの事、過去から来た事しかわからない。
その他が全く思い出せない……。
「ああ、そういえば。
お前はどうしてあのような場所に倒れていたのだい?
こんな若い娘が無防備だと、何をされるか分かったものではないぞ?」
うっ……‼︎
鴎外さんに痛いところを聞かれてしまった。
これは、正直に話すべきなのかな?
正直に話して、変な人だと思われないかな?
まぁ、とっさにいい嘘も思いつきやしないのだから、正直に話すという選択コマンドしかないのだけれど。
そして私は、自分が分かっていることを全て、洗いざらい話した。
「…成る程。お前は用は、記憶喪失のようなものなのだな」
記憶喪失……そうなのかな?
だって、名前や芽衣ちゃんのことは覚えているのに?
「でも何にせよ、キーパーソンとなるのはその奇術師だろう」
「あ、それは私も思ってます……唯一私の事を知ってそうな人ですし…」
あの変なお兄さん。
そういえば、名前聞いてなかったな……。
「恐らく、日比谷公園に現れる奇術師となると、考えられるのは松旭斎天一だろう」
「しょ、松旭斎?」
なんだか、とてもムツカシイ名前のお兄さんだったのですか⁉︎
あのふざけた感じのが⁉︎
鴎外さん曰く、松旭斎天一は、ある時突然日比谷公園に現れた天才奇術師らしく、かなり高い評価を得ているらしい。
けれど、神出鬼没な奴だとか。
「まぁ今いろいろ考えてもしょうがないだろう。
とりあえず今日はゆっくり休みなさい。今何か飲み物と夕餉を運んでくるから大人しく待っていろ」
「あ、え⁉︎ あ、ありがとうございます、何から何まで…‼︎」
「明日は朝、もう一人の居候に挨拶してから この付近を見て回ればいい。何か思い出すかもしれないのだからな」
「は、はい」
……鴎外さんは、とても世話焼きなお兄さんでした。
私は鴎外さんに、命を救われました。
そして、これを機に、私の生活は不思議な方向へと転がっていくのでした………。