彼らにラブソングを求めるのは無茶が過ぎる。

□南ちゃんは男の理想、ラムちゃんは男の夢
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吉原『ひのや』。

「というワケで、全蔵と付き合う事になったから」
店頭の席に座るさっちゃんが、隣に座っている月詠に素っ気なく報告した。
「ぬしら、そんな事になっていたんじゃな。それで、あの時日輪とあやつの事をききたがっていたのか。なるほど、合点がいきんした」
「冷静に分析しないでくんない?普通に恥ずかしいんだけど」
月詠がただただ納得と頷くので、さっちゃんは小さく呻く。
「だが珍しくずっと元気なかったじゃろう。少し心配してたんじゃ。上手くいったのなら良かった。すっかりいつもの猿飛じゃ」
「ツッキー…ありがとう」
邪気のない笑みを浮かべ月詠が言った。さっちゃんは、照れくささが交じりつつも嬉しそうに答える。
「ホント良かったですね、猿飛さん。一人だけカレシなしにならなくて済んで」
「私が除け者にされる前提で言うんじゃないわよ!同じ日に付き合い始めたんだから、アナタ達だってそのリスクはあったのよ!」
「皆同じタイミングでパートナーができるとは驚きだな」
「それは確かに」
話に入ってきたのはさっちゃんと月詠の後ろの席にいたお妙と九兵衛だ。彼女達も恋人が出来た事を、月詠に報告に来たのである。
「でも一番の驚きは九兵衛さんだわ。お見合いするするって口だけで、ずっとお妙さんにべったりだとばかり思っていたのに」
「口だけとはなんだ。侍に二言はない」
さっちゃんの言い分に、九兵衛が憮然と返した。
「私は土方さんからお見合いの話きいた時に、もしかしてーとは思っていたんだけど」
「凄いな、お妙。わっちは男女の機微はさっぱりじゃ。猿飛が全蔵の方に気持ちが傾いてるという事も、まったく気付かなかったが…」
「…ツッキー、私の事はいいのよ」
お妙が楽しそうに言い、月詠は生真面目に感心する。
「僕らは男女の仲というワケではないぞ、月詠殿」
「だが、お見合いしてお互い了承して付き合うんじゃろう」
「もう恋人っていうか婚約者よね?」
「そうだが…恋人として付き合うというより、僕の体質改善の特訓に付き合うというような意味合いだからな」
「なんだか、ややこしいわ…。九ちゃん、土方さんとその辺のすり合わせできてる?」
少しも迷いなく言う九兵衛。彼女の育った環境と事情について知っているとはいえ、三人はやはり戸惑ってしまう。
「土方とは出来ていると思うが…。どちらかと言うと父上や東城が誤解している気がするな」
「…そうでしょうね。というか、九ちゃん土方さんはカレシになったんだから呼び方変えたら?私もまだ慣れないけど、名前で呼ぶようにしたのよ」
「僕の事はいいんだ。お妙ちゃんはあのゴリラと何故?君にはもっと相応しい人が現れるかもしれないぞ、早まっちゃいけない」
九兵衛が前のめりとなり、お妙に訊いた。
「ホント、どうしてかしらね。顔も全然タイプじゃないし、公務員とはいえあのお人好しじゃ局長止まりで出世しなさそうだし、中身もストーカーだし」
「いきなり悪口なんだけど。良かったわね、ゴリラいなくて」
「でも、もうあの人がいないとつまらないんですもの」
そう言って、幸せそうにお妙が笑う。
「ヤダ、のろけじゃない」
さっちゃんは呆れた調子で言うも、笑っていた。月詠も微笑む。九兵衛はお妙が幸せそうなので寂しい気持ちを抑え込もうと頑張っていた。
「猿飛さんものろけてくれていいんですよ」
「アナタにはのろけたりしないわ、お妙さん」
からかうお妙。すかさずさっちゃんは言い返した。
「猿飛、僕らより日輪殿に報告しなくていいのか?世話になったのだろう?」
「え?あぁ、まぁ…」
「日輪なら今日は地上に出ておりんす。PTAの集まりだとか」
「あ、そうなの」
九兵衛が気付いて言うと、さっちゃんの勢いが止まる。すると、月詠が日輪の留守を伝えた。
「日輪さんいないのに、お店開けてていいんですか?」
「あぁ、日輪はリハビリや晴太の寺子屋の行事などで地上に行く事が増えたからな。身寄りがない元遊女を数人雇って店の事を任せているんじゃ」
「なるほど」
「日輪仕込みの団子の味は評判が良く店員が美女揃いという事もあり、ますます繁盛している」
「なおさら日輪さんが自由に行動しやすくなったんですね」
「そういう事じゃ」
四人が『ひのや』についての話をしているところへ、店員の女がタイミングよく団子とお茶を持ってくる。「ごゆっくりとどうぞ」と微笑む店員はなるほど器量良しだ。
「月詠様。ご友人がいらっしゃってるなら、銀様との事ご相談してはいかがですか?」
「は!?」
「日輪様が月詠様は何も言わないけど、銀様と何かあったんだろうと心配なさっておいででしたよ」
「そうなのか?月詠殿」
「あ、いやー」
「皆様、月詠様はお立場上吉原の女(わたくしたち)には話にくいようですから、どうぞ力になってくださいませ」
言いたいだけ言うと、店員は他の客の注文を取りに行ってしまった。
「どうせ銀時が無神経な事を言ったのだろう?僕からも注意しよう。教えてくれ」
「もうダメになってるの?仕方ないわね。彼氏交換しましょ」
「猿飛さんはどさくさ紛れに何を言っているんですか?」
バキューム三人組が月詠に事情を話すように迫る。月詠は勘弁してくれと首を振った。
「違うんじゃ!銀時は悪くない。わっちがー」
口を滑らせたと気付き月詠が言葉を途切れさせる。しかし、すでに興味を持ってしまったお妙達が見逃してくれるはずもなかった。
「ツッキー、不倫はダメよ?」
「何処から不倫出てきた?」
「違うわ。銀さんが何かして怒ってるのよ。そうでしょ?月詠さん」
「…」
彼女達がこの調子では話さないワケにもいかないと、月詠は観念した。

***

数日前、吉原に新装開店した店のオープン期間の手伝いの依頼を万事屋が受けた。依頼自体は何の問題もなく完了して、最終日に打ち上げと称した宴会となったのだった。
月詠の酒癖の悪さを考慮し、日輪の顔が利く遊廓の座敷を用意していたので皆遠慮なく酒を飲んだ。月詠は久しぶりの銀時との飲みが楽しくかなり酒が進み、宴会はすっかり彼女の独壇場となる。すると、店主達は店の片付けが残っているから、百華達は見廻り等があるから、日輪と晴太は明日は寺子屋があるから、新八と神楽はお登勢に預けている定春の迎えがあるから、という名目で各々退室というか逃げ去って行った。残ったのは月詠と銀時だけ。上機嫌の月詠に吐くまで飲まされた銀時は床に転がって夢うつつの様子だった。
「銀時〜。寝るのは早ぇぞ。朝まで飲むって言っただろぉ?」
「ん〜、ちょっとだけ休憩させて…」
「みんな帰ったんだよ。私に一人飲みしてろってか?ん?銀時ィ」
「うー、5分…8…10時間くらい寝かせて」
「本格的に寝る気じゃねぇかァァァ!」
月詠は、ほぼ寝ている銀時の胸ぐらを掴み無理やり彼の上体を起こす。それからちょっとしたいたずら心が湧き酒を口移しで飲ませた。これには驚いたらしく銀時は目をしばたたかせる。
「は?お前…え?」
その彼の反応と自分が主導権を握っている状況に、月詠は満足して笑みをこぼす。そして困惑している銀時に構わず、月詠は彼の首に腕を回すと唇を重ねた。あまり慣れていない月詠の口づけは触れるだけのものだ。しばらくそれを続けていると、銀時がしびれを切らしたらしく、月詠の唇を食み深い口づけに変わる。銀時の腕が月詠の腰に回り、身体がより密着した。
「…月詠」
唇が離れ、銀時が優しく月詠の名を呼ぶ。
「ふ…銀時」
月詠も名を呼び甘く微笑んだ。

***

「その後寝落ちたらしく、気がついたら朝だった」
「いや、なんで!?流れは完全にR-18突入する勢いだったけどォォォ?」
月詠が項垂れながら事の顛末を話すと、勢いよくさっちゃんがツッコんだ。
「落ち着け、猿飛。この作品を書いてる作者が色っぽい話を書けない事は皆しっている。R-18に突入するワケない事は解っていたはずだ」
何故か九兵衛は論点の違うところを分析して語る。
「誰がそんな心配すんよ!私が言ってるのはそういう事じゃないの!そこまでの雰囲気だったら普通は"する"でしょって言ってるの!せっかくの銀さんとの◯◯◯の機会をみすみす逃すなんて信じられない!私には一度も訪れなかったのに」
「猿飛に機会がなかったのは、ふざけたアプローチばかりだからだろう」
「くっ…九兵衛さんって意外にちゃんと見てんのね!」
さっちゃんは苛立ちを隠せていない。彼女のごもっともな言い分にますます月詠は落ち込んでいく。
「えっと、月詠さん。ところで銀さんはなんて言ってたんですか?」
ちょっと戸惑いつつも、お妙が訊ねた。
「あの朝…銀時は先に日輪が用意した朝食を食べておりんした。目の回りに隈を作り、ゲッソリしていて…『昨晩の事は気にしなくていい』とは言って…。ただもう数日経つと言うのに、気まずいままで…」
思い出しまた恥ずかしくなったのか、月詠は真っ赤な顔を自らの手で覆い隠した。
「吉原の女が旦那を放置して熟睡などあり得ないじゃろ?そもそも酔いに任せて、あんな行動をしてしまうなんて!恥じ入ってもう…」
「反省のしどころが月詠さんっぽいですね」
そう言ってお妙は苦笑いをこぼす。そこでさっちゃんが立ち上がり、月詠の眼前に人差し指を突きつけた。
「ちょっとツッキー!原作初期から登場した私を差し置いて、銀さんに選ばれたクセに"その程度"で気まずくなって別れるなんて冗談じゃないわ!」
「え?いや…」
「別れるなんて月詠さん一言も言ってませんよ。猿飛さん」
「だいたいいつも澄ました顔して本音を言わないから、そうなるんでしょ!人はね恋したら、おかしくなるものなの。だからツッキーも格好ばかりつけてないで、たまにはなりふり構わず行動してバカ見たり恥をさらせばいいんだわ!」
鼻息荒く言い切ったさっちゃんに、他の三人はしばし呆気に取られた。
「ぷっ」
「フフフ」
「笑ってんじゃないわよ!」
沈黙の後、九兵衛とお妙が吹き出し、照れくさそうにさっちゃんは言い放つ。月詠は今まで悩んでいたものがフッと軽くなった気がした。
「猿飛、お妙、九兵衛。ありがとう。ちゃんと銀時と話してみる」
「うん、それがいい」
「銀さんはちゃらんぽらんですけど、存外誠実ですからきっと大丈夫ですよ」
「まったく世話が焼けるわ…」
そうして三人の友の力強い言葉と笑顔に後押しされ、月詠はすぐにかぶき町へ向かった。
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